20
今後の人生が決まる大切な決断なので少し考えさせてください、と言って別れた。数時間考えている振りをした後で、夕方にラインを送って、秘書の話を受けた。
―私は花梨さんと違っていわゆる「普通」ですが、それでも問題ありませんか。
―もちろん大丈夫。これからよろしく。
これだけ見ればただのさわやかな仕事のやり取りだ。新しい人生が始まりそうな予感すらある。何かの拍子に晒された時のことを考えて、やましくない文面にしたけど、向こうも考えていることは同じらしい。意外と気が合うのかもしれない。
花梨のあの写真は魔除けに欲しいと言ってもらった。
梨々花の中の私のイメージは、同棲している彼氏からのDVに苦しんでいるというものだった。誤解されたままで別に支障が無かったので、私は何を言われても黙っていた。男の人に殴られるのって、嫌よね。梨々花は私の頬の腫れを見つめる度に辛そうな顔をして、あからさまに同情の目を向けた。同情を隠さないのがマナーだと思っているのだ。
梨々花を殴る男などいるのだろうか。世間は広いからいてもおかしくはない。でももしいたとしても、梨々花はその男を利用するだけだろう。それは本能をむき出しにして一時的に雄になっただけの惨めな存在で、彼女の神性を際立たせるだけの存在に過ぎないことを、周りに知らしめるための教材だろう。梨々花がなぜレズに目覚めたのか。何となく想像がつく。あの人の良さそうな社長との親子関係が、実際はひどくビジネスライクなものであったとしても、現代の大人の寓話として想像出来るのだ。
樹も梨々花の前だとそうなるのだろうか。ならないでと思うが、きっとなるだろう。彼は意外と面食いだから。今も、この瞬間も私を恨んでいるだろう、と思う。嫌いだ殺してやると言いながらも私のことを頭の片隅で考え続けている樹の野生動物のような生真面目さが私は今でも好きだ。これは恋人としての好きではない。私もそうなれたらどんな人生を送っていただろうかという空想に近いものだ。樹はいつまで恨み続けるつもりなのか。いつまで恨んでくれるつもりなのか。一生許さない、だったら嬉しいな。
樹はふざけるなと言うかもしれない。でも、樹だっていろんな人から恨まれているはずだ。その恨みを取るに足らないものとして切り捨てて、生きてきた結果作られたのが今の樹の個性の外枠。だったら私のことも同じようにすればいい。それで今まで平気だったんだから、私のことも早く見下して、今のままでずっと生きればいいの。
―最近、彼氏と別れました
―本当? 誰かいい人紹介しようか?
―大丈夫です。話したら楽になりました。
―それは良かったわ。また何かあったら相談してね。
梨々花にすべきことは報告であって相談ではない。でもこんなことを報告してしまうのは、私の心が多少なりとも動揺していたからなのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます