第15話 「妹の友達に手を出すなんて―――――」

 6/26(金)


 テストは全部で四日間。先週の金曜から始まり、今週の水曜まで。んで、木曜からは順次テストが返却されていく。文系科目については、特に可もなく不可もなく、いつも通りの点だった。そして本日ついに日本史が返された。日本史担当の男性教諭は正宗先生といい、愛想のいいアラサーおじさんで、表情をゆがませることが基本ないのだが、怜の答案を返す時だけは、顔が引きつっていた。―――まさか、一桁の点数をたたき出すとは、思ってもいなかったのだろう。なまじ、日本史の前の物理の授業では、満点をたたき出しており、担任の千歳先生もクラスのみんなもかなり驚いていた。なんでも、平均点が55点とテスト自体が難しめだったのにも関わらず、満点取ったただ一人が怜だったらしい。で、そんな歓声に包まれた数十分後に今度はどよめきに包まれるってのも、なかなか難儀なものである。俺は怜と約束したからな。近日行われる補修に向けて、一緒に頑張らねば。ただ、その前にはかたをつけておかなければならないことが2つある。まずは――――


「おう静乃、理系科目の合計いくらだった?まあ、今回は俺がぶっちぎっていそうだがなあ!」


 昼休みの食後、俺は真っ先に静乃に喧嘩を売りに行った。


「――――啖呵を切るのはいいけど、これでぼくより低かったら恥ずかしいね。」

「残念だがそうはならない。なぜなら、今回俺はかなり自信に満ち満ちているのだから。数学、英語、物理、化学でいいな?」


 静乃の返事も待たず、俺はどんどん話を進めていった。刹那と怜は呆れた顔でこちらを見ており、伊藤はただただぐにゃあとつぶれていた。もちろん、伊藤は赤点だった。曲がりなりにも厳しい受験戦争を勝ち抜いてきたはずなんだが・・・それで燃え尽きてしまうとこうなるのかと、いたたまれなくなるな。


「――――いい加減ノーレートで勝負するのも飽きてきたな。今回は、っていうことでいい?」


 ニヤニヤしながら静乃はそう俺に告げる。


「もちろん。何でもするっていったことを後悔させてやるぜ。」


 そうして開示された両者の点数は、以下の通りだった。


 俺 数学II 81、数B 79、英語 80、物理 84、化学 91、計415

 静乃 数学II 75、数B 75、英語 95、物理 69、化学 81、計395


「おっとっと、静乃さん、どうやら全然足りないようですねぇ~~~(笑)」


 俺が静乃を煽り散らかしても、静乃はスンっとしたままだった。なお、この科目の平均点を足し合わせると、合計で294点なので、静乃は上から数えたほうが早い位置にいるのは間違いない。ただ、それ以上に俺ができてたってコト。―――――――にしても、悔しくないのか?負けず嫌いだと思っていたけれど・・・。


「――――まあ、物理に手ごたえがなかったから、正直こうなる結果は予想してたよ。」

「あらあら、負け戦にあえて乗っかってあげるのって・・・もしかして静乃って俺に命令されたかったのかな???ちょっと特殊な性癖をお持ちですね~~~(笑)」

「遼君の口がいつも以上に回っていますね・・・。」


 刹那に呆れられているが、そんなことは気にしない。さて、どんなことをしてもらおうかな~~~って少し思考を巡らせてみても、特に何も思いつかなかった。それもそのはず、特に今、欲求がないからだ。


「あれだけ意気込んでいたのに、いざ命令する立場になると何も思いつかない。どうせそうなると思っていたよ。だって遼ってヘタレだもん。まあ、それはいいや。で、怜は何点だったのさ。?」

「ちょ、それは反則じゃないのか??だって―――――」

「ぼくはといったじゃないか。別にぼくと遼の二人だけの勝負とは一言も言っていない。」


 そ、そうきたか~~~~~余裕ぶっこいていたのはこれが理由か!こんなの誰も勝てないじゃないか!だって―――――


「―――――そうね。じゃあ私も見せてあげるわ。」

「怜、それはオーバーキルですよ・・・。」


 刹那がやれやれと手を額に当てていた。聞かなくてもわかる。こいつは理系科目すべてで満点をたたき出している。物理に限った話じゃない。完璧超人だよほんと。


「じゃ、二人とも私の言うことを聞くこと。そうねぇ・・・」


 怜は手を顎に当てて考え込むと、


「じゃあ、静乃は今度一緒に街に出かけましょ。まだ街中をちゃんと歩いたことないから、何がどこにあるのかを知っておきたいのよね。」


 罰、というにはあまりにも楽―――というか、これを罰と思う人はいないんじゃないかっていう提案だった。むしろ野郎にとってはご褒美にさえなり得るだろう。


「え?それがお願い?てっきりジュース買ってきてとかそんなんだと思ってた。遊びに行くくらい、お願いされなくても一緒に行くよ。ぼくも怜とちゃんと遊んだことなかったし。」

「あ、それなら私もいいですか?」

「もちろん、刹那も来てくれると嬉しいわ。日時は後で決めましょ。」


 やいのやいのと女子たちの中で話が進んでいく。当然俺と伊藤は蚊帳の外。というか、伊藤はこの一連の会話にすら入っておらず、真の意味で蚊帳の外だった。


「で、遼については――――いったん保留で。」

「保留ってありなの?」

「まあいいじゃない。貴重な命令権をパシリに使うなんてもったいないことはできないわ。―――――でもそうね、なるはやで決めるから。」


 怜はニヤッと笑いながらそう告げると、女子同士の会話に戻っていった。こりゃもう、俺の入るスキはないな。パシリやジュースといった単語が出てきたこともあり、無性に何か飲みたくなった俺は、自販機のある1階まで足を運ぶこととした。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 自販機まで行くと、そこには今にも飲み物を買おうとしている有希と柄谷がいた。どうやら有希が最初に買うようで、柄谷は有希待ちだったこともあり、


「あ!先輩!」


 柄谷はぱあっと笑顔をこちらに振りまいて駆け寄ってきた。可愛いじゃないの。なお、有希もこちらに気づいたが、すぐ目線を自販機に戻して、品物を選び始めた。


「聞いてくださいよ!おかげで物理基礎と化学基礎でかなりいい点とれちゃいました!」

「お、マジ?やったじゃん。まあでも、俺の力というよりは柄谷自身が苦しんで頑張った結果だと思うぜ。」

「それがですね?先週の水曜日に図書館で勉強したじゃないですか?その時化学で教えてもらったところがまるっと出たんですよ!もうびっくりです。」

「それでも、ちゃんとモノにしているあたり、柄谷の努力が垣間見えるから、やっぱり柄谷が頑張った結果だな。謙遜すんなって。」


 怜の家での勉強会しかり、部活帰り図書館勉強会しかり、こいつはなんだかんだ勉強に時間をしっかり割いていた。間近で見ていたんだ。――――――冷静になって思い返せば、自分の家以外で柄谷にしっかりと勉強教えたことってなかったな。中学は別に同じ部活ってわけではなかったし。有希が家に呼んだ時に話す程度の仲だったのに、気が付いたら同じ部活で時間を過ごし、家に帰ればオンラインでゲームをし、そして今回は二人だけで勉強するイベントまで―――――――あれ?なんだかんだ、俺って女の子と青春してるな?てか図書館での勉強に至ってはしれっとデートまがいなことしちまってるじゃん?ほわわ、意識すると恥ずかしくなってきたゾ・・・。


「―――――兄さん、今恥ずかしがるところあった・・・?」


 気が付いたらジュースを選び終わった有希が柄谷の後ろについていた。なんか勝手にもじもじし始めた俺をみて、不審に思い、出た言葉だろう。


「そういう意味不明なところが、いかにも先輩らしいですね・・・」


 有希も柄谷も見当違いなことを俺に言ってきたが、それを否定して真実を言う方が恥ずかしいので、黙りこくるしかなかった。だからこそ、その有希の言葉が真実味を帯びてしまった。


「――――ともあれ、これでようやく部活に打ち込めるな!柄谷!土曜は頑張るぞ!」

「・・・ですね!この前受けた雪辱を晴らしてやりましょう!」


 フンスと二人して意気投合して意気込む姿を、有希はやれやれといった風に一瞥した後に、自販機に目を向け、


「てか、栞ちゃん飲み物買わなくてよかったの?」

「・・・忘れてました。」


 とてとてと自販機に戻る柄谷。そして俺と話していたことで、別の人が自販機に並び始めていた。そうして順番待ちをしている柄谷を横目に、有希は買ったばかりのオレンジジュースを飲みながら、


「――――栞ちゃんが男性相手にこんなにテンション高いのって、初めて見たかも。」


 そうつぶやくのだった。


「てか、栞ちゃんと図書館で勉強会してたの?」

「まあ、成り行きで。」

「わ、デートじゃん。妹の友達に手を出すなんて―――――いや、キモータだからそんな度胸ないか・・・。善意百パーセントなんだろうなあ・・・。」

「よくわかってんじゃん。」


 前半部分を聞いたとき、相変わらず辛辣な奴だなとげんなりしたが、後半はちょっと意外なことを言うもんだからびっくりした。だけどおどけて、いつものように適当なことを言って場を流した。


「誇らしく言うことじゃないから。でもまあ、栞ちゃんゲーマーだし、時々そういうとこ出るから、案外お似合いなのかもね。」


 そう有希はつぶやいたあと、じゃ、と言って柄谷のところに戻っていった。俺も自販機で飲み物を買いに来たつもりだったが、踵を返して教室へと戻った。今の俺はおそらく複雑な顔をしていて、そんな状態で、柄谷に会うのは気恥ずかしかったからだ。柄谷との未来をこれまで想像してもうまくできなかったのに、直近の具体的なエピソードを思い出すと、それを皮切りにありありと想像できてしまった。ちょっとなんかあれば簡単に俺の心は揺れちまうのかよって思った。だけど、不思議と嫌な気分ではなかった。

 なお、その日の午後は部活でゲーセンに繰り出したが、俺と柄谷は全戦全勝をたたき出し、最高のコンディションを整えることができた。明日はいよいよ大会当日だ。ふがいない結果を出さないよう頑張ろう。

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