第14話 「学生としての本懐は遂げてほしいなって。」
6/19(金)
テスト初日の日程が終了し、放課後を迎える。教室内が少しずつ騒がしくなっていく中、伊藤は虚ろな目を向けつつ、のそりのそりとこちらに近づいてきた。
「……なあ………遼……………どう、だった…………?」
「まあ、いつも通りだよ。いつも通り。可もなく不可もなく。文系科目しかなかったしね。」
この学校は二年次から文理に分けられる。俺のクラスは理系。だから、怜との勉強会の時も、理系科目にがっつり力を注いでいた。だから今日は前哨戦。本番は・・・成果が出るかどうかは、来週からだ。
「お前はっ……お前にとってのその点はっ・・・・・・・・・俺にとってはっ・・・・・・・・・・!うああああああああ!」
「ちなみに、怜たちはどうだったんだ?」
俺はぐにゃあと崩れていく伊藤を放置して、周りにいた怜や静乃に聞いてみた。
「ぼくもまあ可もなく不可もなく。」
「私は・・・どうなんでしょうね。また微妙な点を取る気がします。」
淡々と告げる静乃と、微妙な返答をする刹那。刹那はなぜかどれだけ勉強を頑張っても、平均点ちょい上くらい点を取ってしまう。この高校での平均点ちょい上なら、まあその辺の国立大は余裕で入れてしまうのだが、いかんせん刹那自身が納得していないので、難儀なものである。もっとも、刹那が家でどんな勉強をしているのかわからないので、本人談の「勉強頑張ってます!」がどれだけ信頼に足るものなのかは正直わからないのだが・・・。勉強会してた時は、普通そうだったんだけどなあ。――――なんて考えに耽っていたその時、まだ怜が一言も言葉を発していないことに気づいた。今日の科目は日本史と政治経済、そして英語。・・・神様が日本史ってわかるもんなのか?そういや、勉強会の時は英語と国語はやってたけど、日本史はやっていなかったような・・・。
「れ、怜?どうしたんだ?まさか伊藤みたいに答案が大事件だったのか?」
「―――日本史を取らない選択肢があったなら、どれほどよかったのだろうと、ひしひしと思っていたのよ。」
「前の学校ではやらなかったのですか?」
刹那が純粋に質問を投げかける。一方、俺の真面目な顔を見て、静乃は察したのか、神妙な顔つきになっていた。
「まあね・・・」
「おかしいですね。理系で文系科目を選ぶ場合、二年次はたいてい日本史か世界史、地理を選ぶと思います。このクラスは日本史選択の理系が集まっているはずです。じゃあなんで怜はこのクラスに転入したのでしょうね・・・。」
そうか、俺のサポートをするためにこのクラスに無理やり入ったから、日本史をやらざるを得なかったのか。国語や英語は言語だから別にいい。政経も日本の法律は暗記する必要があるが、しょせんそれまでで、高校から学ぶことが多い科目である以上、追いつくのはたやすい。けれど日本史については、小学校からの積み重ねがある。日本史を一から始めるのはさすがにキツすぎる。
「地理を最初とってたけど、合わなかったからこの学校では日本史にしようって思ったのよ。」
なんてことを怜は喋っていたが、これはおそらく嘘だろう。
「てことは・・・・・・もしかして・・・・・・俺は最下位脱出・・・・・・て、コト?」
「さすがにそれはない。」
静乃からのどぎつい言葉に、カイジは肩をすぼめていた。
「まあ大丈夫ですよ。赤点だったとしても、補習を受け、再テストすれば、なんとかなります。伊藤がその辺教えてくれますよ。慣れてますので。」
「ああっ・・・・・・!再テストこぼしたら留年だが・・・・・・まあそれはないさ・・・・・・!」
「留、年……」
その言葉を聞いた俺はハッとした。怜は年末までしかいられない。なん、俺が早々に彼女を作ってしまえば、その時点でこの世界とはおさらばだ。だから、赤点とって留年確定しようが、その先はない。この世界にどれだけ執着があるかはわからないが、少なくとも怜は俺に仕事感覚で接している。なら、早いとこ元の世界に帰りたいんじゃないか?早々に去りたい世界でどう思われようが、どうでもいい――――そう思っていたりするのだろうか。もやもやしてしまう。だが、その考えだと矛盾が生じる。どうでもいいと思うなら、もっと開き直ってもいいはずだ。ここまで元気がないのは変だ。あとで確認してみるか・・・。
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帰り道、最寄り駅で降りた俺、静乃、怜の三人で自宅へと向かっていた。
「怜、元気ないけどやっぱり日本史取れなくて悲しいの?」
「普段高得点を取っている身としては、取れないってわかっていても、取る必要がないってわかっていても、いざできない場面に直面すると、凹むわね・・・。」
・・・やっぱり、留年は眼中にはないのか。てか、静乃が裏事情を知っているってのは、きっと竜崎から聞いてるんだろうな。だから、失言とも思われる発言をしても気にしていない。静乃のほうをちらりと見ると、それ言っていいんだ。。。と言わんばかりの表情をしていた。―――――怜って、俺らと同じ年なんだよな?本来なら学園生活を送るはずだろうに、仕事のせいでろくに楽しめずにいる。もちろん、やっても意味のないことに時間をかけることは、一見無駄のように見える。けれど、そうした無駄を積み重ねることで、まわりまわって糧になることも、よく知っている。―――――おせっかいだとわかっていても、本来たどるべき道から外れた人を、俺は放っておけなかった。
「――――ならさ、真面目に日本史、勉強してみないか?」
「へ?ああうん。そりゃあもちろ――」
「ま じ め に だぞ?一緒にやるゾ。」
俺が強調してそう言うと、静乃がちょっと驚きながらこちらを見た。
「・・・やけに真剣ね?」
「―――転校のリミットが決まっていたとしても、学生としての本懐は遂げてほしいなって。」
直接的にいうのは憚れたので、遠回しな表現になったが、静乃も察して何も言わなかった。
「それはお節介だよ―――――」
「コイツは変に頑固でクソ真面目なとこあるからなあ。今の遼はクソ真面目モードっぽいから、何言ってももう聞かなさそ~。」
おい静乃、なんだよクソ真面目モードって。そんなこと言われると照れちまうじゃないのよ。
「・・・拒んでも、無駄なのよね?わかったわ。真面目に勉強しよう。」
「といっても、たぶん独学でやるのは大変だろうから、ぼくもちょっとは手伝うよ。」
「静乃が進んでこういうのに首を突っ込むのって珍しいな。」
「遼といっしょってのが、いろんな意味で不安だからね。」
「ひどいお・・・・・・」
そこでこの話はいったん打ち切られ、そのあとは静乃と別れるまでは他愛もない話をつづけた。俺がふざけると、二人は息を合わせて俺をなじってくる。これだよこれ。変に落ち着いているよりも、こうして元気よく反応してくれる方が、怜らしい。俺が犠牲になるだけでそれが達成できるなら、安いものだと、強く思ったのだった。
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