第13話 「遡行時刻を設定してください」

 騒動が沈静化したあと、部屋には俺と怜と竜崎を残すだけとなった。有希と叔父さんへの誤解は解けたとはいえ、怜には自分の裸を見せてしまった事実は消せない以上、いたたまれない気持ちはなくならなかった。

 

「―――まあ、ノックもしないでドアを開けた私も悪かったことだし。」

「怜はなんて優しくて、心の広い人なんだっ!」

 

 へこんだ俺に向けて、そんな優しい言葉をかけてくれるなんて、とびついちまうよ。条件反射で思わず口走ってしまったが、そんな俺を怜は冷ややかな目で、

 

「勘違いしないでよね。竜崎さんから頼まれた仕事をさっさと終わらせたいの。夜の干渉は竜崎さんの仕事なのに、事を急ぐからって夜まであなたに会いに来て・・・。わかる?ただでさえ気乗りしないのに、無理やりテンション上げて部屋に入ったらあんな汚物を見せられて・・・・・・そんな簡単に許してあげるとでも思っていたら、とんだおめでたい脳味噌ね。不愉快よ。発言には気を付けることね。」

 

 俺を、完膚なきまでに、言葉で叩き潰した。なんてエッジの鋭いアメとムチ。てか、怜って、俺に会うのがそんなに気乗りしないなんて・・・・・・・・こりゃ怜と冗談でも恋人になってくれなんて言えないな・・・。にしても、面と向かって距離を取られるとさすがにちょっと傷つくゾ・・・。

 絶望に浸っていた俺を地の底から呼び起こすかのように、竜崎は一つ、大きな咳払いをした。瞬間、怜は自分の使命を思い出したのか、『まあとりあえず話を始めるわよ。』と切り出した。

 

「竜崎さんから説明があったように、この差分回収装置さえあれば、過去の分岐点にとんで、展開を見ることができる。まあ物は試しよ。」

 

 そういって怜は、見慣れない外観のした小箱を開けた。中から取り出したのは、古フェイスのヘッドギアとコントローラーだった。怜に手渡されたあと、俺はおっかなびっくりこのヘルメットをかぶる。

 

「そんなにびくつく必要はないわ。別に電流が流れたりするわけでも、頭を圧縮するわけでもないんだから。――よし、被ったわね。じゃあこれがコントローラーだから。」

 

 そういって怜が手渡したコントローラーは、やりなれたゲーム機のそれと酷似していた。


「じゃあ真ん中のHOMEボタンを押して。あとはガイドに従って。」

 

 言われるがままボタンを押すと、HOMEボタンは光り、開け放された眼前がバイザーで一瞬で覆われた。そして、光は完全に遮断された。あたりはただただ闇であった。ほんの数秒前とのギャップに暫し動揺したが、眼前にあるウィンドウが表示され、動揺は収まった。

 

【遡行時刻を設定してください】

 

「遡行時刻?どういうこと?」

「さっき怜がいったように、この装置は過去の時間にさかのぼり、自分の行動をやり直すことができる。」

「マジ?タイムリープマシンじゃん!」

「いや、タイムリープとは別だ。遡るとはいっても、意識を過去に飛ばしているわけではない。あくまでもこれは再現でしかない。選ばなかった選択肢を追体験できるってだけ。一度起きてしまったことをやり直せるわけではない。自分が主人公のギャルゲーをしている、と説明すればわかりやすいかな?」

「なるほど、だから差分回収装置って言ってんのね。確かに、ギャルゲーなら、選択肢選んだらたいていスチルがあるもんな。」


 てことは、選ばなかった選択肢を確認することで、相手がどんな反応を取るのかどうかをトライアンドエラーで学んでいけというわけか・・・。確かにそりゃ便利だ。


「で?実際遡行時間ってどう設定すれば言いわけ?」

「適当でいいわよ。かなり巻き戻っても、選択肢まで時間をスキップできるから。」

「選択肢スキップも完備とか、やるじゃん神のサポートアイテム!」

「ただ、そうね・・・試しに今日の放課後開始まで巻き戻ってみたら?」


 俺は言われるがまま放課後の時間を入力し、『決定』のボタンをクリックするとゆっくりと周りが明るくなった。その光景は、非常に見慣れていた。ゲー研の部室だ。VRゲームさながらの再限度に、思わずうなってしまった。

 

【ハムがそういうなら・・・・じゃあ来週の水金で決定!】

 

 われらがゲー研部長、宮永龍華先輩のセリフもそのままだ。あたりを見渡すと、横には柄谷、ハムは椅子に座って勉強中。不思議なもんだな。間違いなく俺の記憶なのに、、一気に他人事のように思えてしまう。

 

【それで、次はタッグの出る順番を―――――――――――――】

【あ、あはは・・・結衣、いや、蘇芳会長ではあ、ありませんかぁ~。こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ~~・・・。】

【やはりいましたね。部活動停止期間中、無断で活動し、さらに部室のカギを許可なく持ち出して・・・反省文、しっかり書いてもらいますからね!】

【宮永、やはり非合法なことをしていたのか、まったく、貴方という人は――――――って、少年!?どうしてここに!?】

【こうなるから私はここに来たくなかったんですよ・・・。で、ええと・・・遼君たちは宮永先輩に呼ばれてここに来た、で――――よろしいですか?】

 

 コントローラーのスキップボタンを押すと、2倍速くらいで話が進んだ。まるで映画を見ている気持だった。で、あの時俺が思っていたことがそのまま選択肢として眼前に出てきた。


 A 「いや、みんなで相談して今日ここに集まったよ。」

 B 「いや、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんだ。」

 C 「ああ、俺たちは部長に拉致されてここに来させられたんだ!」

 

 ギャルゲなら、クイックセーブもできるはずっ!!と思って□ボタンを押すとメニューが表示された。セーブ、ロード、クイックセーブ、クイックロード、タイトルバック、本来ギャルゲにあるはずのすべてものが、そこにはあった。さっそくクイックセーブをして、選択肢の画面に戻った。あの時の俺はCを選んだので、試しにAを選ぶと・・・

 

【いや、みんなで相談して今日ここに集まったよ。】

【先輩っ!なに余計なこと言っているんですか!】

【そうだ。貴様は何を言っている?】

【国広・・・・・そうだよ!その通りだよ!これは私だけじゃなくて、みんなの問題なんだよね!なので反省文はこの四人の連名で許してくれない?】

 

 そこから先は、全員生徒会室に連行され、その場で反省文を書き、のちに解放された。柄谷と市営図書館で勉強するイベントは発生せず、帰宅して―――といった流れ。なるほど、この選択肢だと、部長の好感度は上がるけど、柄谷とのイベントは発生しないので、親交を深めることはできないわけだ。

 俺はクイックロードをし、Bの選択肢を選ぶ。

 

【いや、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんだ。】

【先輩・・・・・】


 柄谷と部長はあんぐりとしていて、ハムは不敵に笑っていた。


【・・・・・・なぜ、そんなことを?】

【テストより大切なことがあるからです。】

【・・・・・・そう、ですか。国広さん。了解しました。では生徒会室に来て、反省文を書いてください。】

【国広・・・君のことは決して忘れないよ・・・。】

【あと、たとえ命令したことであっても、龍華が鍵を盗み出したことには変わりないので、貴女も反省文は書いてください。】

【そ、そんなぁ!】


 部長が反省文から逃れる未来はなかったんだな・・・。刹那がハムに絡まれるのは変わらず起こっていた。なんてことを思っていたら、蘇芳会長がこちらに小声で話しかけてきた。


【さっきのアレ、龍華をかばうためのウソでしょう?】

【へ?いやぁそんなことは……】

【貴方はやけに冷静すぎなんです。とてもやらかした人の態度ではないですよ。でも、少し見直しました。正直に話していれば助かったのに、こんなテスト時期に嘘をついて罪を肩代わりしようとするなんて。やっぱり優しいんですね。だから、反省文は書かなくていいです。というか、もともとやってないのだから書く必要もありません。まあ、ああいってしまった以上。便宜上は一緒についてきてください。】


 その会長の笑みは、とてもきれいで、見とれてしまった。なお、そこから先は生徒会へ連行されたのち、その場で刹那とともに開放。ハムと三人で帰宅することとなった。・・・俺一人が犠牲になろうとすると、会長とのフラグが立つことに加え、刹那との帰宅イベントが発生していたのね・・・。てことは、


 Aを選べば宮永部長の好感度が上がり、

 Bを選べば蘇芳会長と刹那の好感度が上がり、

 Cを選べばみんなのヘイトを買うが、柄谷の好感度が上がる

 

 俺は人知れず、柄谷との親交を着々と深めていたわけか・・・。タイトルバックして、装置を止めた。バイザーが上がり、見慣れた天井が広がった。

 

「途中から黙り込んで、しっかりと世界に入り込んでいたね。どうだい?ためになるだろう?」

「正直圧巻だった。けど、これ、本当にこんな未来になってたの?」

「神の技術なら、そのくらい造作もないことだ。原理は説明できないが、まあ信じてくれ。」

 

 まあもとより説明されても理解できなだろうから、ここは素直に竜崎の言葉を信じることとした。・・・この装置は正直かなり使えるな。告白券なんかとは大違いだ。何度も過去を繰り返し、最適かつ自分が納得できる手段を、これで学んでいくんだ。そう硬く決意したのだった。なお、この装置にかなり没頭していたらしく、かなり時間がたっており、テスト勉強の時間は無くなってしまったのは言うまでもない。

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