第12話 「時には見捨てる勇気も必要だ」

 6/17(水) 

 

 あの勉強会の後、何か特別なことが起こったのかといえば、そんなことはなかった。普通に登校して、授業を受けて、帰る。家に帰ってもテスト勉強にいそしむばかりで、とても彼女づくりを頑張れる状況ではなかった。そんな状況を怜も竜崎も理解していたのか、特に何もコメントはなかった。竜崎に関しては、俺が勧めたアマプラにどっぷりはまり、暇なときはずっと映画を見ていた。暇を持て余していた彼にとっては都合がよいだろう。

 それで、テスト終了まで特に何もないだろうと思っていたのだが、ゲー研ラインにて部長が『明日会議やるから放課後来られたし!』と発言したものだから、こうして俺は部室へと向かっているのだった。途中柄谷と合流して、いっしょに部室へと向かっていたとき、ふと柄谷が『今って部活動停止の期間中だから部室は入れないんじゃ・・・?』とつぶやいていた。その懸念はもっともだ。俺も半ば疑いながら扉に手をかけると、するりと開いた。そこにはすでに部長とハムが座っていたのだった。

 

「国広!栞ちゃん!ようやく来たね!時間もないし、さっそく月末のFLD大会に向けて対策練るよ!」

 

 部長はホワイトボードの前に立って黒マーカーのふたを開け、《FLD地区予選対策☆》とでかでかと書いた。部長が集合かけたとき、要件は何も言っていなかったが、どうせこの件しかないだろうと思っていたので、みんな要件については何も突っ込まなかった。でもタイミングについてはみんな思うところはあったのだろう。ハムも柄谷も顔は引きつっていた。それでもちゃんと集まるあたり、みんな偉いと思う。

 

「部長!国広隊員は一つ質問がしたいのであります!」

「よおし!どんと来い!」

「本来なら今は部活動停止の期間なのでは?てかどうやって部室を開け――――――」

「だまらっしゃああああい!」

「ひでぶっ!」

 

 手に持っていた黒マーカーを漫画とかでよく見るチョークとばしのようにこちらに額に飛ばし、額にクリーンヒットした。ホワイトボード用なので、ひとまず水性であることが救いだが、普通に痛かったゾ・・・。

 

「細かいことは気にしちゃだめさ!」

 

 親指立ててこちらにさわやかスマイルを部長は送ってきた。白い歯がキラリと光ったように見えた。・・・その無駄にさわやかなところが、ちょっといらいらするんだお!

 

「いや気になりますよ!鍵って確か梓先生が管理してますよね?」


 柄谷の追及には、部長は素直に口を開いた。俺と対応が明らかに違いすぎる。


「ああそれ?…・・・鍵はかかってなかったんだよ。大方、梓ちゃんが昼休み部室で時間つぶした後、カギをかけ忘れたんだろうねぇ、うん。」

「いや、なんなら昨日のうちに号令かけてたから、はなっから部室に入れる算段があったんじゃ――――」

「―――頭が良すぎるのも考えもんだねこりゃ・・・」 


 やれやれと額に手を当てる部長。やっぱりなんか裏でグレーなことやってんな・・・


「茶番は終わったか?ならさっさと本題に入ってくれ。正直言って今回の試験は大丈夫とは言い難い。少しの時間も惜しいのでな。」

 

 ハムは俺らと部長の言い争いに割って入った。ハムのほうに視線をやると、彼は手元の単語帳をじっと見ており、少しの時間も無駄にしないぞという思いがひしひしと伝わってきた。

 

「そだよ!本題に入りますか。」

 

 部長は俺に投げつけてきたマーカーとは別のマーカを取り出し、ホワイトボードに《戦略》と書き足した。

 

「国広と栞ちゃんはこの前野良試合でボコボコにされたってタレコミもらってるんで、無策で挑むのは駄目だと思うんだよね。」

「だ、誰からそんな話を・・・」


 部長の発言に、俺は思わず顔を引きつらせてしまった。なお、隣の柄谷は体をこわばらせていた。

 

「二人そろって・・・御愁傷様です・・・。」

 

 部長がこちらに慈愛の目、そう、例えるなら、書道で自信満々に書いて、それをドヤ顔でみせつけられて、正直に下手とも言えずとりあえず褒めておく、そんな時の表情だ。ちっとも心がこもっていない。

 

「慰めないでっ!悲しくなるからっ!そんなに憐れまないでよぉ!」

「いや先輩、まだあきらめるのは早いです!私たちはまだ本気を出していないだけ、ですよね!」

「ああ、そうだな柄谷!俺たちはまだまだやれる!あんなのは油断していただけだ!」

「具体的にはどうやって?」


 ハムの刺すような言葉に、思わず息をのんだ。今の俺には、正直返す言葉が思いつかなかった。

 

「ま、そういうのをみんなで考えていこうってのが今日の趣旨だよ。目標に対して手探りで進み、自分で最適化を図るのも悪くはないけど、その手法を使うには、時間も金も足りないよ。」


 部長の言うことはもっともだ。ふだんふざけたことばかりしてるしてるけど、たまに本意が透けて見えるときがある。現在の状況を把握して、最良の選択を取るという、効率の良い生き方をしているから、こういう発言がすらっと出るんだろうなと思った。


「確かに、家庭版はさておきゲーセンのほうは結構お金かかりますもんね・・・」

「そゆこと。そんじゃま、いつマキシムに乗り込んで練習するかを考えようか~。」

「あれ?戦術について考えるんじゃ・・・・・・?」


 キョトンとしている柄谷を横目に、部長はマーカーをキュッキュとどんどん走らせていた。


「何回ゲーセンに凸れるかがポイントよ。そこから逆算して、最適な戦術を練るんだよ!」

「なるほど、一理ある。」

「んで、テストは今週の金曜日から始まって、来週の水曜で終わる。土日はさむけど―――――――」

「私は土日NGだ。申し訳ないが、マキシムに行くのはテスト後でお願いしたい。」

「ハムがそういうなら・・・・じゃあ来週の水金で決定!」

 

 部長はホワイトボードに《水金突撃!》とでかでかと書いた。

 

「それで、次はタッグの出る順番を――――――――」

 

 その時、部室のドアが突然にあけられた。現れたのは蘇芳会長だ。

 

「あ、あはは・・・結衣、いや、蘇芳会長ではあ、ありませんかぁ~。こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ~~・・・。」

「やはりいましたね。部活動停止期間中、無断で活動し、さらに部室のカギを許可なく持ち出して・・・反省文、しっかり書いてもらいますからね!」

 

 部長は、額に汗をにじませ、目は泳ぎ、言葉も歯切れが悪くなっていた。てか、部長、鍵、盗み出してたんですか・・・


「宮永、やはり非合法なことをしていたのか、まったく、貴方という人は――――――って、少年!?どうしてここに!?」


 ハムが急に席から立ち上がり、目をギンギンに見開いて部室の外を見つめていた。少年、という言葉にピンときて、よく見てみると、蘇芳会長の後ろには刹那が控えていた。ハムは刹那のことをずっと少年と呼んでいる。どうやら幼少期のころに近所の公園でたまたま刹那と遊んだことがあるらしく、その際にずっと少年と呼んでいたらしい。小中の学区がギリギリ重なっていないことで、高校に入ってから再開したときにかなり驚いたとのこと。よくそんな一瞬の出来事をハムは覚えていたもんだと感心したのだが、その理由を聞いたら『ひとえに愛だ』と返された。少年姿に惚れたってことだよな?と思ったが、突っ込むとめんどくさいことになりそうだったから、やめた。なお、もちろん刹那はそんなことを覚えているわけもなく、ハムは自分に付きまとってくるうっとおしい男というカテゴライズになっている。


「こうなるから私はここに来たくなかったんですよ・・・。で、ええと・・・遼君たちは宮永先輩に呼ばれてここに来た、で――――よろしいですか?」

 

 刹那が俺たちに質問を投げかける。・・・なんとなく、何を言わんとしているのかわかった。おそらく、『もし自発的にここに来たというなら、反省文は君たちにも書かせますよ?』ということだ。もう部長の反省文確定は免れない。なら次は俺たちというわけだ。―――これは部長と共犯者になるか、それとも見捨てるか、小さくはあるけれど分岐点のようだ。日曜に竜崎から言われた行動を迷ったタイミングが、今まさに起こっている。選択肢を出すならば・・・ 

 

 A 「いや、みんなで相談して今日ここに集まったよ。」

 B 「いや、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんだ。」

 C 「ああ、俺たちは部長に拉致されてここに来させられたんだ!」

 

 ただ、テスト前に反省文作成なんて余計な時間はとられたくないから、部長を見捨てよう。さよなら部長、あなたのことは忘れない。

 

「ああ、俺たちは部長に拉致されてここに来させられたんだ!」

「ちょっ!国広っ!私を見捨てる気!?」

 

 部長は会長に向けていた視線を俺に向けた。目は明らかに血走っている。

 

「見捨てるも何も、俺は何も間違ったことを言っていませんが?」

「・・・だそうです。じゃあ生徒会室に来てもらいますよ!」

 

 会長は素早く部長の背後に回り襟首をつかんで引きづり、この場から立ち去り始めた。

 

「や、止めてぇ!行きたくないっ・・・行きたくないよ生徒会室にっ・・・・・・!もう反省文は書きたくないっ・・・!誰かっ、誰か助け――」

 

 遠ざかる部長と会長、やがて声は聞こえなくなった。残されたのは俺と柄谷、ハムと刹那。


「では皆さん、部室の鍵を閉めるので、外に出てください。」

 

 言われるがまま俺らは荷物をまとめ、部室を出た。鍵を閉めた後、刹那はこの場から立ち去ろうとした――――のだが、ハムが刹那の前に陣取ったことで、足を止めていた。


「少年、では一緒に帰るとしようか。」

「は?どうして私があなたと一緒に・・・」

「何を言う、同じ豊平区住みじゃあないか。」

「いや、私はこれからカギを返したり生徒会の用事があるんで、お先にどうぞ。」

「そのくらいの用事、待つことくらいやぶさかではないさ。」

「いや、そもそもタイミングが合ってもあなたと一緒に帰りたくないんですけど・・・」


 そそくさと足を速める刹那にハムはぴったりと付きまとっていた。刹那もかわいそうに。そしてハムもアプローチが激しすぎる。でもその積極性は見習うべきだよな・・・。


 俺と柄谷だけがぽつんと残された。嵐が去った後のように、あたりには静寂が広がっていた。

 

「にしても、さっきの先輩はなかなかでしたね。まさか部長をこうもあっさりと見捨てるなんて。」

「まあ確かに申し訳なくはある。だがな、柄谷、時には見捨てる勇気も必要だ。もし仮に部長と共犯者になろうとする。それなら俺ら3人は反省文をびっちり書かされるんだぞ?しかもテスト前であるのにもかかわらず。そうなりたかったのか?」

 

 俺と部長だけで罪をかぶる方法もあったのだが・・・・・・・これは黙っておこう。

 

「それは・・・嫌ですが。」

「全員が助かる方法なんてなかったんだ。最低一人は生贄となる。生贄にはなりたくないだろう?それを部長は・・・部長はっ!犠牲になってくれたんだっ・・・!」

「な、なるほど・・・部長さんは犠牲になってくれたんですね・・・。」

「そうだ柄谷、部長は俺たちを救ってくれたんだ。反省文という魔物から俺たちを。これは部長に感謝しないとならないな!」

「部長さん、ありがとうございます!」

 

 よし、洗脳完了。

 扱いやすい女で助かった。


「じゃあ俺たちも帰るか。」

「あ、あの、ちょっと待ってください。」

「何?どうした?」

「えっとその・・・実は・・・」

 

 何をもじもじしているのだろう――――――と柄谷を見ていたら、彼女の手元には参考書があった。

 なるほど、そういうことか。

 

「なにかわからない教科でもあったのか?」

「あ、そうです!ちょっと数学で分からない問題が・・・・・」

 

 怜の家でも頑張っていたしな。一生懸命努力する柄谷の思いには応えたいと思う。今すぐ帰らなければならないというわけでもないし。

 

「よし、どんと来い、俺に任せろ。市営の図書館でいい?」

「あ―――――――ありがとうございます!」

 

 柄谷は俺にぺこりとお辞儀をし、上がってきた顔には満面の笑みを浮かべていた。なかなかいい笑顔だな。そう素直に思った。

 


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 柄谷との勉強を終え、家についたのは7時であった。リビングでは有希が参考書を広げてテレビを見ながら勉強していた。内容はバラエティ番組。

 ながら勉強、俺はあまり得意ではないが、人によっては集中できるのだろう。中学の同級生なんて、歌いながら勉強してるやつとかいたしなあ。

 

「兄さん、お帰りなさい。部活はないのに遅かったね。」

 

 俺に気付いたらしく、有希はこちらに視線を向けず勉強しているまま出迎えてくれた。

 

「いや、正確にいえば部活はあったんだ。ただいろいろあったけど。まあその話題には触れないでくれるとありがたい。」

「ふうん。」

 

 これ以上離すこともなかったので、俺は自室に戻った。階段を上がっている最中、リビングから笑い声が聞こえてきた。

 ・・・駄目だ擁護できねえ。こりゃ有希の勉強は絶対、はかどらねえだろうな。部屋に着いたら、とりあえず一休みしたかったのでベッドにつっぷした。すると、枕元に気配を感じたので、目をやると竜崎が手を振っていた。

 

「日曜に話したサポートアイテム、準備ができたぞ。」

「え?マジ?」

「もうすぐ届くから、ちょっと待っていてくれ。」

 

 竜崎はそういうとベッドの上から降り、机の上に登った。気が付けば、竜崎が動き回れるように小さな階段やスロープが部屋のいたるところに取り付けられていた。ますます彼にとって過ごしやすい空間と化してきている。俺はうつぶせの状態からあおむけの状態になり。天井を見上げた。ゴワゴワとした感覚に違和感を覚え、自分の姿を見ると、まだ制服を着ていたことに気づいた。着替えるべく起き上がり、下着以外をすべて脱――――――――ごうといたところで声がかかった。

 

「お、おい君!何をしている!」

「何って着替えようとしてるんだけど?」

 

 俺はすでに学ランの上は脱ぎ、Yシャツのボタンに手をかけていた。竜崎がなぜかとめに入っているが、そんなことは気にせずボタンを外す。

 

「いやそれはわかる。だがちょっとまて、俺の話を聞け。」

「はいはい、着替えてから話を聞くからさー。」

 

 この時すでに、上半身は裸で、下半身はズボンのベルトを外しているところであった。ベルトを外し、ズボン、ソックスを脱いでパンツ一枚になった俺は、私服を取ろうとタンスに手をかけようとしたら、

 

「遼!待たせたわね!サポートの一つのをとど、け、に・・・」

 

 ドアは勢いよく開けられ、そこにはヘルメット型の装置を抱えた怜がいた。

 ・・・状況を整理しよう。

 今俺はパンツ一丁、しかもボクサーパンツだから、俺のムスコの形がくっきりしてしまっている。さらに、“入口にいるのが女性である”ことだ。しかも有希ならまだいい、まだ見慣れてるはずだ。だけど……そこにいるのは怜だ。

 一瞬時が止まったように思えた、いや、止まった。怜は扉を開けたその体制のまま硬直し、俺はタンスの引き出しを開けようとした姿勢のまま硬直していた。

 数秒の後、

  

「きゃ、きゃあああああああああああ!!!!!!!!!!」

  

 家じゅうに、怜の悲鳴が響き渡った。

 

「ば、馬鹿野郎!なんでこんなタイミングでやってくるんだ!しかもシチュエーションは普通逆だろ!男のヌードとか、誰得だよ!みんなは女の子のエロハプニングを望んでいるんだよ!」

「いやあぁぁぁぁ!こっちむかないでえぇぇぇぇ!!!!」

「ひでぶっ!」

 

 ヘルメットを抱えていない方の手で、俺に張り手をかましてきた。衝撃で後ろに転げてしまう。

 

「あああああんんた!よりにもよってなんで仰向けでM字開脚なのよぉ!正座しなさい正座ぁ!!」

「れ、怜さんどうしましたか!?・・・・・・って、兄さん!?」

「おうおうどうしたい怜ちゃん。そんなに悲鳴を上げ、て・・・おい遼。お前、何、やっているんだ?」

 

 怜の悲鳴を駆けつけて、叔父さんと有希が、俺の部屋に、きやがった・・・。

 

「だから言ったのに・・・素直に君が私の言うことを聞いていれば・・・」

 

 竜崎はやれやれといった風に額に手を当てている。

 ―――――状況を再確認しよう。

 俺は今パンツ一丁のまま床にへたり込み(M字開脚)、目の前の怜は顔を真っ赤にしてうずくまって、その後ろには、まるで汚物を見るかのように目が座っている有希、鬼の形相をした叔父さんが立っていた。なお、必死の弁解により、なんとか事態は収束に向かった。が、有希は『兄さんが変態なのはわかっていたけど、こうも直接的なセクハラをしてくるとは思ってなかった。』と吐き捨て、叔父さんからも軽蔑されてしまったことは言うまでもない。

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