第10話 「俺とニセコイ始めちゃいます??」

 結局俺は何もしないことを選んだ。聞き耳立てるのも、上にどたどた乗りこむのも、あまり適切ではないんじゃないか。降りてきたところで、誠実に対応する方がいいのではないか、と思ったから。30分ほどたったころ、怜たちが仲良さそうに二階から降りてきた。

 

「お、長かったな。」

 

 有希は俺の顔を見ると、ひどく申し訳なさそうな顔をしていた。ちょっとそれは想定外だ。


「兄さんごめん、ただ消しゴム取りに潜っただけだったんでしょ?」

「あれね?まあそうね。俺も一声かけるべきだった。すまんね。」

「・・・素直に謝るのはちょっと想定外だ。開き直るのだとてっきり。」


 静乃が怪訝そうにこちらを見ていた。まあ、いつもの俺ならそうしていただろう。けれど、ここで開き直っても火に油を注ぐだけだと感じたから、やめたんだ。


「静乃のまたぐらにダイブしたのは事故だと主張はする。だが、その前の行動については俺にも落ち度があったからさ。」

「遼君どうしたの?縛られて流石に頭冷やされたの?」


 刹那も心配そうに俺をみる。あんたらの中で俺はどんな扱いなんだ。


「いや、さすがに縛るのはやりすぎでしょ・・・。悪ふざけも度が過ぎるんじゃないの?誰さ、縛ろうって言いだしたのは。」

「ごめん、それは私。」


 いや、怜が言ったんかい!お前は俺の味方だったんじゃないの???


「遼ってマゾって聞いてたから、気絶させちゃったお詫びとして縛ってあげたというか。」

「お詫びが拘束ってどういうこと???てかマゾじゃないって何回言ったらわかってくれるん????―――――まあいいよ。さて、じゃあ勉強の続きやる?俺はまだ2時間くらいしかできてないからやり足りないんだ。」


 なんてことを俺が言うと、怜が即レスしてきた。


「そうね、私は構わないわよ。でも遼と二人っきりで勉強はしたくないから、もう少し人が欲しいわね。」


 怜は俺に目配せをしていたのがわかった。――――そうか、ここで相手とより親密になれってことね?でも、こればっかりは相手のスケジュールとやる気次第なんだけど・・・。そう思いつつ周囲を見やる。真っ先に返答したのは静乃だった。


「ぼくはパス、今日やることやり切ったからね。刹那は?」

「私も今日は疲れたので帰りたいですね・・・。」


 柄谷は若干引きつつも口を開いた。


「――――先輩はさすがですね。それくらいの心意気でないと、高校ではやっていけないんでしょうけど・・・。」


 次に有希を見やると、案の定全力で首を振っていた。


「私はもうだめ。今日は時間こそそこそこかけたけど、密度濃かったからすごく疲れちゃった。」


 なるほど、柄谷以外は乗り気じゃない・・・ということか・・・。


「じゃあ栞はもうちょっと頑張りましょ?大丈夫、理科は遼が、数英は私が教えるわ。初テストで下の方に居たら嫌だもんね。遅くなっても帰りは遼が送ってくれるわよ。」


 ――――そうか!夜遅くまでってなると、そんなイベントも発生するのか!完全に忘れていた。


「・・・ですね!もうちょっと頑張ってみます。とりあえずおうちに連絡しますね。」


 そういって柄谷は、廊下に出て行った。よし、じゃあ柄谷との親交を深めるとしますか。俺はすっかり晴れやかな気持ちで、つらつらと言葉を重ねた。


「よし、そしたら今日はここで解散かな?いや~怜がきたことで理数科目の勉強がはかどったはかどった。これなら次のテストはクラス一位とれたりして。」


 皆が帰り支度をしている間、わははと笑っていると、ひとりだけ帰り支度をせず、不愉快そうに腕組みしてこちらを見ていた人がいた。静乃である。


「―――クラス一位ね、ずいぶん大きく出たね。」

「ん?ああそうね。それは盛ったかも。けど、前より順位は上がりそうだな~。」

「・・・・・・」

 

 そのとき、俺は察した。そういやこいつは、テストで俺に勝つか負けるかの順位にいつもいた。高校入ってからはテストの順位で争った時もあった。こいつは俺よりも優位に立ちたいと思っているはず。じゃなければ、俺を詰れないもんな。とすれば、俺がとるべき反応は―――


「あれ?静乃さんどうしたのかな?帰らなくていいの?やることやったんでしょ?俺はまだやることやってないから残るよ。でも、大いにレベルアップして、静乃に大差付けて勝っちゃっても恨まないでよね?」


 そう、こいつを煽ることだ。ニヤニヤしながらそう言うと、彼女は期待通りの反応をしてくれた。


「――――こいつにイキられるのは不愉快だから、ぼくも残ろう。栞ちゃんにとっても、知り合いが多い方がいいでしょ。」


 うーんしっかり栞のフォローをするって建前を付けてくるあたりが静乃だなあ。素直に言えないもんね?俺に負けたくないから残るってさ?


「さすが静乃です。でも私はそこまで頑張れないので帰ります。」

「栞ちゃんがんば。じゃね~」


 そんで、刹那と有希だけが帰宅した。なお、柄谷は電話から戻ってきた後、親御さんから許可が下りたと説明してくれた。残ったメンツで勉強会が再スタートするのであった。



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 まあそんなこんなで勉強会2回戦目がスタートしたわけだが、目的が勉強なもんだから、特に何かが起こるわけでもなく、ただ黙々とシャーペンを走らせるのみだった。ときどき柄谷が俺に物理化学の質問をするくらいしか、会話はなかった。わからないことがわかって、ぱあっとした顔を見るたびに、こいつ結構かわいいなって思うのだった。一方静乃は、わからない問題があったときに頬杖をついてじっと問題文を見つめることが割とあって、普段のレイプ目も相まってより鋭さを増したその眼光は、少々恐ろしくもあった。近所の小学生がみたら怖がられて近寄られないだろうなあ。怜はといえば、もうガリガリとペンを走らせる姿しか見せなかった。いやほんとなんなんだこいつは、完璧超人なのか?疲れを知らないのか?腐っても異世界人なのかあ。―――そういや、こいつの年齢聞いてないな?本当はいくつなんだ?俺らと同じ年にしか見えなかったから、同じクラスに編入してきたことに何の疑問も持たなかったが・・・実は謎技術でそうみえてるだけで、実はBBA説もある?だから点が取れるって?そういう理屈ですかそうですか・・・後で確認してみよう。


「――――さすがにちょっと疲れました・・・。」


 さらに2時間ほど経過して、柄谷の集中がついに底を尽きてしまい、机に突っ伏してしまった。途中、コンビニに行って飯買いに行ったりして息抜きしたが、さすがに夜10時を過ぎていることもあり、俺もへとへとだった。静乃を煽ったり、柄谷がいる手前、弱音は吐けなかったので、彼女の言葉はかなり助かった。


「いい時間だしさすがに終了にしようか。」

「・・・そうね。これより遅くなると、いくら連絡入れてても親御さんも心配するだろうし。」

「うん。じゃあ帰ろっか。ぼくも流石に疲れた・・・。肩も凝るし背中も痛いし・・・。」


 そういって静乃は背中をよじってボキボキと音を鳴らしていた。手を腰に当てるもんだから、シャツが固定されて胸がいつも以上に強調されていた。この女、スケベすぎる。ちなみに、柄谷は机に突っ伏しながらスマホをいじいじしていた。


「じゃあ遼、二人を送ってあげてね。」

「はいはいわかってるよ―――ん?二人?」

「ナチュラルにぼくのことを勘定から外していたな・・・まあ遼に送ってもらうまでもないほど、ここから家は近いからいいんだけどね。」


 静乃はため息をつき、柄谷はあわあわしながらこちらを見ていた。・・・柄谷だけ送るっていえば、贔屓していると宣言するようなものだから―――いや待てよ?確か・・・


「や、柄谷さ、一時解散するときに家に電話するって言ったじゃん?これまで俺の家で有希と遅くまで遊んだりしてたときに親御さんが迎えに来てた時もあったから、今回もそのパターンだったんじゃないかなって、俺は推理していたわけよ。あのときすでに迎えの連絡を要求してたんじゃないかなーって。だから、送る相手は静乃だけだと思っていたわけよ。」


 俺は口からとっさに思い付いた言い訳を並べる。でも事実なんじゃないかなとは思っている。というのも、柄谷ってそんなスマホいじる人じゃなかったから、勉強会が終わったと同時にスマホいじり始めるって、連絡以外考えられないのよね。


「先輩鋭いですね。実はそうなんです。おうちの人はここに来てくれるみたいで・・・。有希ちゃんの家と隣だから、場所も簡単ですし。でも、ちょっと先回りしすぎてキモイです。」

「ひどい・・・」

「なんでもいいわ。じゃ、静乃は遼と一緒に帰ること。そんなに遠くないっていうなら、それこそ遼にとってちょっと往復するくらい大した時間じゃないでしょ?静乃は美人だし、何かあったら怖いもの。ねえ遼?」


 怜からとんでもないキラーパスが俺に飛んできた。え?俺なんて答えればいいの?何が正解なんだ?


「――――夜道だと静乃の死んだ目はよく見えないから、シルエットだけで見たら確かに危ないかもなあ。うんうん。」

「・・・そこで美人といえないあたり、先輩ってヘタレですよね。」

「遼ったら照れちゃって・・・キモイやつめ。」

「そこは可愛いやつめっていうところじゃないの???」

「あはは、まあいっか。じゃあ送ってもらおうかな。たかだか歩いて10分くらいの距離だけどね。よろしくお願いしよう。」


 はは、と俺は乾いた笑いをこぼしながら、帰り支度を済ませて怜の家を静乃と二人で出たのだった。



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「怜って前言ってたエージェントなの?」

「え?なんて?」


 外に出て開口一番のセリフがそれだった。すっとぼけようとしたのだが、静乃がジト目でこちらを見ていたので、逃げることはやめた。


「アイスブレイクとかないのな。」

「聞こえてんじゃん。難聴系主人公はイケメンでも許されないんだぞ。ましてや遼なんて・・・」

「ちょっと、それ悪口だよね?ましてやって言った時点で悪口だよね???」

「で?どうなの?」

「また俺の反論はスルーかよ・・・まあそう思うのも無理はないよな。あまりに話ができすぎてるもんね。」

「なるほど、じゃあ彼女は遼の恋人作りのサポートをするわけだ。――――あんなに可愛いなら、遼の彼女もあの子でよくない?」


 そういわれてハッとした。たしかに、どうして俺が頑張る必要があるんだ?奴らの目的・・・俺に彼女を作らせるのが、弱者男性の怨念を晴らすことならば、。その関係の真偽はさておき、周囲が真だとさえ思っていれば、目的は達成できる。なら、怜がガールフレンド(仮)になりさえすれば、ひとまず解決なんじゃないの?


「―――どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。」

「遼は変なところでまじめだよね。ふだんふざけてばかりなのにさ。」


 やれやれという風に静乃は手を額に当てた。


「で、実際のとこどうなの?怜と付き合いたいと思うわけ?」

「それは―――――あって数日しかたってないからわかんないよ。そりゃ可愛いなとは思うけど・・・。可愛いと思う感情と、付き合いたいと思う感情は別っていうか。二次元キャラを可愛いとは思うけど、付き合いたいとかはまったく思わないし・・・」

「―――至極まっとうな意見でちょっと驚いた。」

「俺を何だと思っているんだ・・・」

「なるほどね――――――ねえ、確か彼女作らないと遼が死ぬか、周りが死ぬかなんだよね?」

「え?そうだけど・・・」


 そういわれてどもってしまう。俺はほとんど夢の話を静乃に喋っている。だが、周りが死ぬ、という点においてはぼかして喋っていた。そこまで言う必要はないと思っていたからだ。静乃も半分冗談だと思っていたから、追及をしなかったんだろう。でも、その話がすべて事実なると話は変わる。周りの人が死ぬ、という内容に、自分も関係している可能性を否定できないからだ。


「―――いや、そこまでは言ってなかったな。親かな?」


 言えるわけない。その中に静乃も入ってるよなんて。


「まあ俺が彼女を作ればいい話さ。ひとまず、その関係が仮でもいいのかどうかは聞いてみるよ。気づかせてくれてありがとう。やっぱり静乃は賢いな。」


 俺は無理やり話をさえぎった。そう、静乃は賢い。だからきっと事実にたどり着いてしまうだろう。だけど、その答え合わせを、俺の口からはしたくなかった。もし仮に恋人関係に恋心の有無が問われないのであれば、静乃の口から『一時的に恋人になってやる』なんて申し出があるかもしれない。命とプライドを天秤にかけたら、普通なら命に傾くだろう。けれど、俺はそれは嫌だ。もちろん、最終的にそんな結末になってしまうのならもう避けようがない。俺だって死にたくない。けれど、俺の口から答え合わせをしてしまうと、『死にたくないなら俺と付き合え』と脅迫につながりかねない。それだけは、俺のプライドが許せない。だから――――


「じゃあ俺とニセコイ始めちゃいます??」

「ぼくがそんなことするわけないじゃん。」


 俺はいつものおどけっぷりを発して、先回りして可能性をつぶすのだった。これで、静乃の口から変な申し出はなくなるだろう。


「はは、知ってるよそんなこと。でも、仮の関係なんてむなしくなるだけだし、どうせだったら本気で頑張ってみようかな。」

「お、そのいきだ。ぼくとしても、遼には死んでほしくないし、頑張ってね。応援してるから。」


 静乃はそう俺に言葉を投げた。街灯に対してちょうど逆光だったから、その表情こそ見えなかったが、声色から、単純に応援してくれてるだけだと察した。まあ、静乃と付き合えるかって言われても・・・別にただの友人の域を出ないし・・・まあナシかなあ。でもまあ、友人の恋を応援する枠に入ったから、彼女のルートは、半ば閉ざされたものだろうと、その時思ったのだった。

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