第7話 「それは兄さんの脳内で再生される幻聴だよね?」

「兄さん、ちょっと話聞いてほしいんだけどさ。」


 ゲーセンから帰るなり、リビングに入った俺に対して、有希は真面目な顔してそう言葉を投げかけた。


「どうした?」

「ついにドールに手を出したの?」

「は?」

「いや、ちょっとマンガ借りに部屋に入ったらさ、やたら高そうなドールハウスがあって・・・その中に変なフィギュアが布団入って寝てたんだけど・・・。」


 あー・・・そう解釈したか・・・。そりゃそうか、普通そう思うよな。


「あれはその・・・・・・」


 でも正直なことなんて言えるわけがない。神を自称する変な奴がやってきて、急にフィギュアを作り出したと思いきや、そこの意識を憑依させたとか・・・


「最新式のアンドロイドだよ。喋るんだ。すごいだろう?」


 ドール趣味は俺にはない。オタクではあるが、それにも手を出しているというのは、なんかこう、真の意味で終わりを迎えそうだったから、とっさに当たらずも遠からずなことを口走ってしまった。


「それは兄さんの脳内で再生される幻聴だよね?」

「待って?」

「わかったわかった。じゃあしゃべるようになったらみせてね(笑)」


 まったく信じてもらえなかった。そりゃそうだろう。逆の立場なら、またキモオタが変なこと言ってるよ、ってバカにするわ。

 はぁ、とため息ついて部屋に入ると、有希の言う通り、当の本人はベッドですやすや眠っていた。こいつ日中マジで何してんだろ?なんかむしゃくしゃしたから、すやすや眠るその顔にデコピンを食らわせてやった。硬い質感のフィギュアに打ち込んだ指先は、じんじん痺れて痛かった。


「びっくりした。急に大きな衝撃がきたもんだから・・・」

「すまん、痛かった?」

「いや、痛覚はないんだ。だからこのフィギュアの首がちぎれても問題なし。生首だけでもしゃべり続けるさ。」

「ゆっくりかよ・・・」

「―――?でもまあ、そうなったら動けなくなるから、さすがに憑依しなおしで面倒なので避けたいところだが。」


 てことは、こいつは実質この世界では不死身なのか・・・


「まあそれはわかった。ちなみに、お前が動き回れるのって有希とか叔父さんにばれていいの?」

「そうだな。できればばらしておいた方がいい。これからも、こんな感じで夜は会話することが増える。となると、話してても変に思われない理由が欲しい。」


 確かに、事情を知らなければ、俺は部屋で独り言叫ぶ頭のおかしいキモオタに見えてしまう。さすがにそれはいかん。


「よしきた。任せろ。」


 そう宣言すると、俺は竜崎をつまみ上げ、有希のもとに差し出した。意思疎通ができるフィギュアを実際目の当たりにして、さすがに面食らっていた。けれど、考えるのをやめたのか、一個体として扱うことにしたっぽかった。なお、叔父さんも同様の反応であった。理解が早くて助かるなあうちの家族は!


 その晩、竜崎に事の顛末を話したが、特別何か不可思議なことはなかった。「その調子で励むように」とだけコメント残して終了。なお、電話については今後もしてくるらしい。準備が整い次第、別の連絡手段を用意してくれるんだとさ。



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 6/11(木) 

 

 一足先に有希が出て行ってしまった。俺の準備が遅いから大抵有希は俺を置いていく。一緒に行くこと自体が稀である。ここ数日が異常だったのだ。いつもと変わらず家を出ると、その先には怜が待ち構えていた。きっと、“いつものこと”になるのだろう。

 

「おはよう。」

「おう、おはようっす。」

「あれ?もしかして待ってた?」

「――――竜崎さんからそろそろあなたが出てくるってきいてたから、それに合わせた形になるわね。」

「そ、そんな・・・オデのためにそこまで・・・」


大げさに喜ぶふりをしてやると、


「昨日の放課後のこととか確認する必要があるし。報連相は大切でしょ?あとその一人称キモイからやめた方がいいよ。」


あっけらかんに告げる怜の眼は笑っていなかった。そうか、俺との通学は仕事のうちなのか・・・そして息を吐くように辛らつな言葉を投げかけるじゃないか・・・。


「まあ――――恋愛フラグを十分に立てられていない今、あなたと二人っきりでいるのはあまり望ましくはないけど、背に腹は代えられないわ。むしろ、二人でいることをずっと隠したままこの関係を続けて、あとでばれて面倒ごとになるほうがよくない。家が隣だから登校も重なるし、話もするってレベルの関係性なら、周りに悪影響を出さないまま、込み入った話をすることができるでしょ?」


なるほど、と俺は相槌を打った。浮気発覚ってわけではないけど、いつかできる(かもしれない)彼女が、俺と怜が隠れて会っている、なんてことを知ると、絶対めんどくさいことになるのは、想像に難くない。


「じゃあ、学校行こっか。」

 

 こうして、俺らは、これから何度も行うであろう一緒の登校をするのであった。まあでも、目的は何であれ、待ち合わせをして(厳密にいえば待ち伏せだが)美少女と登校なんてリア充みたいだな・・・なんてことを胸に秘めていたが―――――――― 



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「――てことがあったんですよ~(泣)」

「それは災難だったね~。」

 

 放課後、俺はゲー研の部室内で、顧問の先生である梓先生に今朝の出来事を愚痴っていた。朝の俺は、俺は内心ウキウキしつつ、けれどそれを怜に悟られないように冷静に装いつつ学校へ向かっていた。そしたら静乃とばったり出くわして・・・通過儀礼のように俺をなじってきたら、怜もそれにのってきて俺をなじるから、結果、朝のウキウキタイムはただただ疲れる時間となってしまったのだ。 

 梓先生は身長が150cmくらいで小柄な女性で、柄谷よりも小さい。黒髪のミディアムボブに、淡い色で統一された私服。一見俺らと変わらない見た目だし、愛想と元気を振りまく身のふるまい。すべてひっくるめて、まさに奇跡の存在と呼べるだろう。そんなだから生徒からの人気が高い。しかし、あまりに俺らとの距離が近いように錯覚してしまうせいか、教師どころか大人の女性としてすらもあまり扱われていない。完全にマスコットか何かに思われてしまっている。ただ、梓先生の古典と現代文は非常にわかりやすいこともあり、彼女の授業では誰も内職をすることもなく、皆楽しく授業に参加している。可愛い小動物がわかりやすい授業をしているんだ。嫌いにならない生徒はいないだろう。そんな梓先生は割と頻繁に部室に来る。こんなゲームするかだらだらしゃべるか勉強するかしかしてないお気楽部活に来る理由があるのかと思うが、先生曰く一番落ち着ける場所がここらしい。まあ実際は、職員室が嫌いだからこっちで仕事してるだけらしい。たまに先生は愚痴をこぼすのだが、たいていがやれ若いから率先して雑務やれだのなんだの言うもんだから、みんな同情して何も言わなくなった。

 

「まあ結局、なんとか無視されるのは止めてもらいましたけど、それでも彼女らの視線が冷たくて冷たくて・・・ひどいと思いません?」

「・・・それは国広君に問題があったんじゃないの?私だって、軽く引いてるんだけど。」

「そ、そんなことは。」

「ぐぐもったってことは思い当たる節があるってことでしょ?」

「ぐぬぬ・・・」

 

 正直もうどうしようもない。何も言いえせなかったが、かまってほしかったのでダルがらみをつづけた。ちなみに、柄谷とハムは家庭用FLDをゴリゴリやっており、部長はDTMを立ち上げて作曲活動をしていた。部長は文化祭の時とか学校紹介映像のBGM作成に一役買っているらしく、今回もそれに関することだと思われる。正直すごい。ただ、大会で勝つって言ってたのにFLDやらんでいいの?とも思う。まあ、エンジョイ勢とガチ勢の中間なんて、こんなもんなのかな・・・。

 

 

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「じゃあ、今日はここでかいさーん!」

 

 部長の掛け声とともに、今日の作業が終わった。ちなみに、時刻は6時半。ハムは急ぎの用があるとかですでに帰ってしまったため、この部室の中には俺、柄谷、部長、そして梓先生が残っていた。

 

「じゃあ、帰ろうか。」

「ですね、テストも近いから勉強しないと…はぁ…」

「栞ちゃ~ん、それは悪魔のワードだよ。私なんて完全に忘れていたのに、思い出しちゃったじゃない。」


部長は柄谷の肩を小突いた。


「いやいや、高校のテストって大変なんじゃないですか?中学とは別物って聞きますけど・・・。」


そうか、柄谷高1だし、何気に初テストなんだ。びくびくするのもよくわかる。なつかしいぜ。初々しい高1の俺。


「そうだよ!私が直々に教えてるんだから、古典で赤点とったりしたら許さないからね!そもそも宮永さんは――――」

「梓ちゃんの教えるのうまいから、勉強たいしてしなくても授業だけでそこそこ点数とれちゃうんだよね~これが。」

「ほんとに?でへへ・・・」


 先生の説教が長くなりそうなのを見越してなのか、部長は先生をかるく持ち上げてやった。梓先生は非常に乗せられやすいため、ちょっとちやほやしてあげると、すぐ調子に乗ってしまうため、怒りをすっかり忘れてしまうのだ。学生の処世術としてすっかり広まってしまっている。


「いや、そこそこじゃなくてもっといい点とってよ!私が顧問してる部活の部長でしょ!宮永さんはやればすごくできるのにどうしてやらないかなー!」

「げ、今回は駄目だったか・・・。わかってるって!計画的に勉強しますよぉ~。来週の金曜だしね。」

「ぶ、部長?テストのこと今思い出したっていいませんでした??」

「柄谷、部長はテスト勉強やってない詐欺をする畜生なんだぞ。」

「そ、そんな・・・。」


柄谷は明らかに絶望していた。彼女は有希と仲良しなので、中学のころ、有希が家に呼んで勉強会してる時とかに混ざって、ちょくちょく彼女の勉強の様子を見てきた。この高校に入るのにかなり苦しんでいたのはよく覚えている。彼女が中三のころ、たまに受験相談に乗ってあげたのも懐かしい。だからこそ、彼女が努力家であるのはよくわかる。でも、そんな人ばかりではない。小さい頃の教育のたまものなのかわからないが、要領よく何でもできてしまう天才肌タイプもいる。部長がまさにその例だ。中学のころからたいして勉強もしていないのに、市内で二番目に偏差値の高いこの高校に入れてしまっている。そして高校に入ってからも、たいして勉強しないでそこそこの点を取り続けている。その事実を、去年のこの時期に知った俺は、今の柄谷と全く同じ反応をしたのだった。


「柄谷さん、この部長を参考にしちゃだめだよ。あの人は宇宙人だから。勉強苦しいなら国広君を参考にした方がいいよ。」

「先生・・・オデ・・・うれしいよ・・・。」


朝のようにわざとらしく喜んでみると、梓先生は、


「――――確かに、萩原さんと榊さんがいじってくるのもよくわかるね。その一人称は気持ち悪いからやめた方がいいよ。」


先生酷いよ・・・そんなにオデって駄目・・・?


「国広先輩は中学の時から勉強できてましたからね。あの時はお世話になりました。またお世話になる可能性大ですね。」

「柄谷・・・オデ・・・うれしいよ・・・。」

「先輩、さすがに擦りすぎです。」


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 帰宅後勉強計画を練っていた時、勢いよく扉が開かれた。もちろん、開けたのは有希だ。

 

「兄さん!ちょっと玄関に降りてきて!お客さんだよ!」

「・・・・・・?俺に?こんな時間に?」

「いや、兄さんにってわけじゃないけど、叔父さんが呼んで来いって言うからねぇ。つい最近引っ越してきた人が挨拶しに来たんだって。いつの間に来たんだろうね~。」

 

 ・・・・・・なるほど、あいつか。案の定、玄関では既に叔父さんと怜が何やら会話を始めていていた。

 

「おおっ、遼。やっと来たな。こいつが甥の遼だ。」

 

 俺は軽くお辞儀をした。すでに見知った仲であったので、初対面のふりをするのはなんか違和感を感じたが、しょうがないよね。

 

「あ、遼、教室以来ですね。」

 

 まさかの知り合いであることを隠さないという。てか、少しは動揺しろよ。あたかも最初から俺がここにいることを知ってたみたいだろ?叔父さんたちに勘付かれたら…

 

「おおなんだ、既に知り合いであったのか。」

「そうならそうと早く言ってよ。」

 

 そんな心配はいらなかった。

 

「引っ越し準備を手伝ってくれたんですよ。私、一人暮らしなので、男の人が協力してくれたのは非常に助かりました。」

「本当ですか!遼からそんな話は聞いてなかったので・・・まあ照れちゃってるんでしょうね。お嬢さん美人ですから。」

「本当にそう思います!これからよろしくお願いしますね!くれぐれも、兄さんのヘンタイ行為には気を付けてくださいね。」

「てめえらなんてこといってやがる!」

「肝に銘じておきます。――――と言いたいですけど、もう何度もされたので、そのたびにあしらってますよ。」


 なんて爆弾発言をしたもんだから、怜が帰った後の有希からのいじめは相当なものだった。あの苦痛の時間は、もう二度と味わいたくない・・・。

 

 

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 有希に中断された勉強計画を完成させると、俺は思むろにパソコンの電源を入れ、テレビの下の棚にしまわれていたアケコンを取り出した。待ちに待ったFLDタイムである。

 

「さて、みんなはインしてるかな~。」

 

 なお、竜崎が暇そうにパソコンの画面を見ていた。彼女づくりのサポートについてだが、毎日毎日作戦立てるのもお互い大変だし、節目節目で頑張ろう、ということに落ち着いた。なので竜崎は時間をつぶすことを余儀なくされていた。

 オンライン中のフレンド一覧をみると、<Carat>の表示だけがあった。これは柄谷のアカウント名だ。ちなみに、俺のユーザー名は<Norris>である。俺は彼女とグループ通話を始めた。

 

 《テスト勉強はしなくていいのか?》

 《いきなりびっくりした。ううぅ、息抜きなんですよ今は。そういう先輩だってゲームしてるくせに。》

 《俺はもう今日のやることは終えたんだよ。調子がいいからってたくさんやらない、悪いからって怠けない。コンスタントに計画的に取り組むのが一番だ。》

 《・・・みんながみんな、先輩のように精神が強くないんですよ―――――ちょっと待ってください?精神が強いからドMなんですか?それともドMだから精神が強いんですか?》

 《そんな卵が先か鳥が先かみたいな・・・・・・てかマゾちゃうし!そんな話はいいんだよ!対戦すっぞ。》

 《ですね~。レートそれともランダムにします?》

 《うん、息抜きなんだからランダムでよくね?ガチると引き際見失って明日に響きそうだ。》

 《変なとこでまじめですよね・・・でも了解です!》

 

 そうして柄谷とタッグで相手試合をしつづけて暫くたったころ、

 

 《今何連勝中だっけ?》

 《わかんないです・・・・・ただ、10回以上は間違いないかと。そろそろ眠くなってきたので、次でラストにしましょう。》

 

 画面に表示された新しい対戦相手のユーザー名は<nameless1><nameless2>と表示されていた。このゲームのアカウント作成時のデフォルト名である。おおかた、とりあえずゲーム買ってみたからオンライン潜ってみた系の人たちだろう。

 

 《これは・・・初心者ですかね?》

 《ラストにしては味気ないな・・・さらりと勝ってもう一回やるか。》

 《この試合が終わったら、勉強本気出しますよ!》

 

 なんて死亡フラグを立てまくったせいか、俺らの予想とは裏腹に、そして客観的に見れば当然のように、ボコボコにされて敗北した。明らかにプロの犯行としか思えなかった。俺らの攻撃はすべてガードされる、そして、攻撃に急ぐ俺らの隙をついてじわりじわりと体力を削っていく。1戦目、2戦目共々。

 プレイ後、柄谷とともに放心状態になった俺は、パソコンをそっと閉じて、天を仰いだ。その俺の横では、竜崎がけらけらとこちらを指さして笑っていた。不愉快だったので、デコピンしてやると、やつは3回転くらい後ろに転がっていった。それを見届けた後、俺はすぐさま布団に入って電気を消した。惨めな敗北感に包まれたまま、今日という日は終わりを告げたのであった。

 

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