第2話 「ごめんね、マゾにさせちゃって。」

 6/8(火)

 

 奇怪な夢と、まるで地続きであるかのように、俺は目を覚ました。いつもなら眠気が酷く、時間が何であれ布団にくるまっているのだが、そんな気が全く起こらない程度には、目が冴えていた。確かに俺は寝ていたはずだ。夢だってしっかり覚えて―――――

 なんてことを考えていると、アラームがいつものように鳴り始めた。即座にアラームを止め、ベッドから抜け出して大きく伸びをする。

 

 「兄さんあっさだよ~――って、なんで起きてるの!?」

 

 あまりに衝撃的だったのか、ブザーが手から零れ落ちた。カシャっとブザーが転げ落ちる音が、やけに反響しているように感じた。


 

 「え?なんで起きてんの?」


 あまりに衝撃的だったのか、箸が手から零れ落ちた。みんな俺を何だと思っているんだ・・・。


 「もしかして抜きすぎて昨夜は早く寝たのかい?」

 「シコってねえよ!」

 「嘘をつけい!絶賛発電中だからいつも眠りが深いんだろうが……俺は知ってるんだぞ、お前の部屋のごみ箱にはいつも大量のティッシュが…」

 「ねえよ!」

 

 だってシコティーは台所の生ごみに混ぜてるからな!

 


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 



 今日の天気は雨。しかも厄介なことに、小雨と本降りの中間くらいの、傘をさすかどうか迷うレベルの降水量だ。なお、有希は用事があるとかで颯爽と家を出て行った。なので、俺は一人で駅へと向かう。夢の件もあってげんなりしながら足を進めると、負のオーラを周りにまき散らす女生徒の後ろ姿が見えた。髪色が白いから、奴は静乃だろう。軽い挨拶を済ませた後、俺は静乃の隣に並んだ。

 

 「今日の天気は鬱になるよな~」

 「そう?晴れている日は暑さが鬱陶しいし、曇りの日はどんよりした感じがぼくのテンションを下げていく。でも雨にはそれがないじゃないか。しとしとと降り続く。なんとも風情があるじゃない?でも、遼に話しかけられたせいで一気に鬱になったわ。最悪。」

 「・・・どうして天気の話から俺の罵倒へとナチュラルにシフトしてるんだ・・・・・・」

 「ごめんって。てか、なんかいつもより暗くない?いつもならここでおちゃらけてきそうなもんなのに。」

 「や、昨日変な夢見てさ。なんか彼女作るか作らず死ぬか選べって変な男に説教される夢。」

 「それは夢の中の男に感謝しなよ。死なせてくれるんだから。」

 「できない前提で話が進んでいらっしゃる???」

 「じゃあ彼女作るの?作れるの?作る努力してるの?努力しなさ過ぎたせいで夢の中でまで説教を受けてるんでしょ?」

 「・・・正論は、時には人を傷つけるってことを、静乃は自覚したほうがいい。」

 「もちろん自覚してるよ。だからこうして正論をぶつけてるんじゃないか。」

 「アンタ鬼畜だよ。俺以外にしないほうがいいぞ。友達いなくなるぞ。」

 「友達にはこんなこと言わないよ。」

 「え?それって・・・」

 「返事くれるサンドバッグなんて、ぼくはなんてレアなものを見つけてしまったんだ。」

 「泣いていいか?」


 ぼやきながらも、俺は事の顛末をすべて静乃に話していた。この奇怪な夢の内容を、誰かに共有したかったのだ。静乃は最初こそ適当にあしらっていたものの、途中からやけに素直に俺の話を聞いていた。静乃は、真面目な話を茶化すほど性根が曲がってはいない。彼女の中で、俺のこの夢の話は真面目の部類に入ったのだろう。ひとしきり話し終わった後、静乃はなるほど、と相槌を打ち、そこからは押し黙ってしまった。地下鉄に乗って学校近くの最寄り駅で降りた後、重い口をようやく開いた。


 「・・・ちょっと考えてたんだけどさ。普通夢の内容ってこんなに覚えているものなの?少なくとも、ぼくには真似できないな。」


 静乃に指摘されて、ハッとしてしまった。確かに、夢の内容にしては、俺は覚えすぎている。なんであたかも実際に経験したことのように俺は詳細に説明ができた?あれは、ただの夢ではない?


 「まあ、明晰夢なんだろうけどさ。夢を夢と自覚しながら見る夢のこと。こういう場合、好きなように夢をコントロールするものなのだろうけど、遼は説教される夢をみたわけじゃん。そこが不思議だよなあ。夢って深層心理を表してるらしいじゃん。てことはさ、遼は―――――」


 静乃はしっかりと溜めをつくって、真面目な顔でこちらを見つめた。腐った眼に吸い込まれそうだ。 


 「――――――マゾなんだろうな。」

 「・・・マ、マゾちゃうわ!!」

 「だから遼は、自分のことを尻に敷いてくれる女王様を見つける必要があるな。」

 「だから違うって!」

 「そういうお店に行くしかないんじゃないの?大丈夫。高校卒業すれば行けるって。どうしてこんな男になってしまっ―――――――」


 静乃はまた押し黙った。手を顎に当て、考え込んでいるようだ。


 「これってもしかして、ぼくのせい・・・?それはなんか責任感じるな。ぼくが遼をいじめすぎたせいで、それが性癖となってしまったのか。ごめんね、マゾにさせちゃって。」


 どうして俺の周りには人の話を聞かない奴らばかり集まってくるんだ・・・


 「まあ真面目な話をするとね。いい機会なんじゃない?」

 「というと?」

 「真面目に彼女作ってみればって話。アオハルすればいいじゃん。いまからなら取り返せるんじゃないの?失われた青春。」

 「・・・それはブーメランなんじゃないの?静乃も人のこと言えなくね?」


 というと、彼女はにやり笑って、


 「作らないと作れないは、雲泥の差なんだよ。一緒にしないでくれる?」


 俺をまた嘲った。息をするように煽ってくるなこいつ。


 「そういうセリフは彼氏作ってやることやってから言ってほしいものだ。確か中学も高校もいなかったよな?」

 「女には秘密がいっぱいあるんだよ。まあいい。そのエージェントとか変な男がまた出てきたら教えてね。」


 クスクスと笑ってそういう静乃は、ちょっと可愛らしかったものの、それまで溜めていたヘイトのおかげで、しっかり相殺された。もとより信じてもらうつもりはなかったが、こうも馬鹿にされると、本当にエージェントなりがやってきてくれって思ってしまう。そして突きつけるんだ。それみたことかってね。



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 って思ったんだけど・・・・・・ 

 

「あなたが国広遼君ね?初めまして。私はさかきれい。『神のエージェント』として、あなたをサポートしに来た者よ」

 

 いざ本当に表れると、ちょっと対応に困っちゃうな・・・。

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