第10話 エンシェントウルフってマジですか!?

「うーん」


 ミクスは腕を組んでいた。

 スライムの魔石を傷付けたのがこの傷痕を付けた主とは違うことに気が付いていたからだ。


 とは言えこの傷痕を付けたモンスターも気になった。

 これだけ強烈な魔力の断片を残すとなると、ただのモンスターでも不可能だ。


 それこそ冒険者でもかなりランクの高い人でなければ簡単に返り討ちに遭ってしまうだろう。

 とは言え、会いたいとは思わなかった。


「それにしても、如何してここに?」


 スライムが何故ここに連れて来てくれたのか分からなかった。

 可能性として、魔力の断片が強く残っていたので、感化されてやって来ただけかもしれなかった。


 しかしミクスには意味があると思った。

 このスライムは相当賢い部類だからだ。


「ちょっと考えようかな」


 とは言え選択肢はかなり狭まっていた。

 ミクスは学生時代、モンスターと戦ったこともあった。

 しかも冒険者登録も一応していたので、それなりに強いモンスターとも渡り合ってきた。


「もしかして戦った跡?」


 だからすぐにピンと来た。

 この傷痕、この魔力の断片はモンスターが生死を削りあって戦ったとしか思えなかった。


「ってことは……この辺りにまだ居るの?」


 ミクスはスライムに尋ねた。

 すると何処からともなく強烈な殺気を感じた。


「はっ!?」


 ミクスは顔を上げようとした。

 しかし強烈な殺気が槍のように飛んで来て、ミクスのことを威圧した。


「あはは……凄い殺気だ。でもそんなので私は動じないよ?」


 どうこんな修羅場を何度も潜り抜いてきた後だ。

 そんなミクスにこの程度の殺気など何でもなく、「あはは」と笑いながら顔を上げた。


 するとミクスは固まった。

 瞬きをすることもできず、逆に手を見開いた。


「ま、マジですか??」


 はてなが二つも浮かび上がった。

 そこにいたのは気高き青と白の毛に覆われた獣だった。


 四足歩行のモンスターだ。

 しかし随分と体が大きくて、ミクスなんかよりもずって大きかった。


「エンシェントウルフ。まさか出会えるなんて……モンスター学者なら失神しちゃうレベルだよ!」


 エンシェントウルフ。

 ミクスの目の前に現れたのは気高き流浪だった。


 伝説の狼とされるモンスターだ。

 その美しい毛並みと威光に多くの魔法使いが震え、神聖な存在として崇める人もいたそうだ。


 しかし数は昔から少なかった。

 高い魔力を持ち、心を許したものにしか従わないことから、多くの魔法使いが交流を図ろうとしたが失敗してきたらしいのだ。


「凄い。やっぱりカッコいい」


 立派な牙が生え揃っていた。

 鋭い眼がミクスのことを敵とみなしているのか、はたまたそうではないのか、見定めているように見えてしまった。


「うわぁ、私のこと警戒してるよ。如何しよう……私、モンスターの声解らないもんね」


 モンスターの声を解るようになる魔法をミクスは使えなかった。

 魔法使いは固有魔法を鍛えるので、他の魔法が疎かになってしまうのだ。


 それは例外はほとんどなく、全ての魔法が使える魔法使いなど存在しなかった。

 とは言え魔導書さえあれば、卓越した魔法使いなら魔法が使えた。

 

「まあ無いものは仕方ない。とは言えコミュニケーションが……って、うわぁ!」


 エンシェントウルフは吠えた。

 すると魔力が口に集まり、強烈なブレス攻撃が襲い掛かった。


 バキボキ!

 ドガガガガァ!


 周りの木々がたちまち折れてしまった。

 ミクスは額や顳顬こめかみから大粒の冷や汗を滲ませた。


 いきなり攻撃してくるとは、やけに気が立っていた。

 もしかすると普段人間が立ち入ることなどないので、怪しまれているのかもしれないが、流石にこれはやり過ぎだった。


「ちょっと笑って流せないね。エンシェントウルフ、私は貴方達に危害を加える気は無いんだよ?」


 ミクスは語り掛けた。

 しかしエンシェントウルフは聞く耳を取ってくれず、全身の毛を逆立てて硬化させた。


 エンシェントウルフが魔力を昂らせた時に見せる動きだ。

 こうなったらどう手がつけられないが、ミクスは近くの木に絡まっている蔦を軽く手繰り寄せた。


「どう、仕方ないなー」


 流石に倒してしまうのは良くなかった。

 そこで急ぎ《調合》を発動させて、蔦を加工した。


 その瞬間、エンシェントウルフが飛び交った。

 あっという間にミクスの顔を切り裂く距離にまで達していたが、ミクスは平然とした顔でバックステップを踏むと、作ったばかりの蔦製の網を投げ付けた。


「ほいっ!」


 エンシェントウルフは何かと思い錯乱した。

 しかし顔に蔦で作られ自然の網が纏わり付き、鬱陶しそうに剥がそうとした。


 しかし硬化した鋭い毛に絡み付いてしまった。

 こうなった以上は効果を解くしかないのだが、エンシェントウルフが硬化を解くと、今度はミクスの強烈な魔法攻撃が繰り出されるのだ。


「ガルルゥ!」

「威嚇しても無駄だよ。私の方が強いからね」


 ミクスは人差し指をエンシェントウルフの顔に近づけた。

 指にはナットのような形をした指輪がはめられていたが、細く伸ばした金が指輪の内側を覆っていた。


 ビリリ! と青白い閃光が走った。

 ミスクは殺してしまう気は無いのだが、これ以上暴れられても困ると思い脅しを掛けたのだ。


 しかしエンシェントウルフは全く引かなかった。

 けれどその目を見たミクスは首を捻った。

 敵意が無かった。むしろ何かを訴え掛けていた。


「何か言いたいことがあるの? 多分人間の言葉解るよね?」


 エンシェントウルフは人間の言葉が解るはずだ。

 しかし喋ってれる様子はなく、睨みを利かせていた。

 しかしスライムがピョコンピョコンと飛び跳ねてやって来た。


「もしかしてスライムが説明してくれるの?」


 ミクスはモンスター同士なら会話になると思った。

 スライムは何かを語り掛けるように訴えていたが、何が起こっているのかミクスには分からなかった。


 しかし話の最中、異変が起こった。

 急にバタンキューとなり、エンシェントウルフがダランとなって倒れてしまった。


「えっ、嘘っ!?」


 あまりの急展開だった。

 エンシェントウルフの体調を確認しようとしたミクスは異変に気がついてやれなかった事を後悔した。


 エンシェントウルフは怪我をしていた。 

 魔石にではなく、右腹が抉られて酷く損傷していたのだった。

 

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