第9話 山の中に獣の爪痕

 スライムを助けたミクスは頬杖を付いていた。

 まさか二度も助ける羽目になるとは思わなかったのだ。


 それと同時に変だと思った。

 スライムの魔石はミクスの魔力で強化されていた。


 存在感もアップしていたので襲われるはずがなかった。

 それでも襲われたということは、一言で表すと“ヤバい”という状況だった。


「スライム何て簡単に倒せちゃうモンスターか。そんなのごまんといるよ」


 正直モンスターの種類だけで見たら、可能性は幾らでもあった。

 しかし問題なのはミクス自信の魔力を練り込んでいたことだ。


 ミクスはそれなりに強い魔法使いだ。

 自分でも何となく理解はしているものの、それすら凌駕するモンスターがこの山の中に潜んでいるのかもしれないと思うと、鳥肌が立ってしまった。


「とは言えこの深い傷。普通に考えたら獣型だよね?」


 スライムに語り掛けてみた。

 しかしスライムは人間の言葉など喋れるわけないので、「ぷきゅー!」と体を膨らませるだけだった。


 これは相槌なのか。

 真偽は定かではなく、考えることすら止めてしまった。


「とにかくだ。無事で良かったよ」


 スライムの頭を再度撫で始めた。

 するとスライムも気を良くしたのか、ミクスに撫でられて安心していた。


「そうだ。ねえ、スライム。何があったのか教えてくれないかな?」


 駄目元とは言えスライムに尋ねていた。

 あまりにも異質な奇行っぷりに自分でも何をしているのかと我に返りそうになったミクスだったが、スライムは何かを察したようだ。


 扉の方に向かってピョーン! とジャンプし、扉を開けて貰えるように待っていた。

 もしかしたら意図が通じたのかと思い、ミクスは立ち上がって扉を開けた。


 ガチャ!


 扉が開くと、真っ先にスライムは山の方に向かって飛び跳ねて行った。

 その光景を目の当たりにし、「やっぱり何かあったんだ」と小さな声で呟いていた。


「って、待ってよ! 置いていかれたら場所も分からないから!」


 鞄を肩に掛け、ミクスも急いで家を飛び出した。

 スライムを追いかけると、山に入る前の入り口で待ってくれていた。


「もう、勝手に行かないでよ」


 スライムはピョコンピョコンと跳ねていた。

 本当に分かっているのか分からないけど、急いでいるのは理解した。


「それじゃあ案内して……って速っ!」


 スライムに案内を頼んだ。

 すると信じられない速度で山を登って行った。


 しばしの間、目を丸くしていた。

 こんなに速く動くスライムを見たのは、生まれてこの方初めてだった。


 とは言えこれだけのパワーがあるなら逃げられたはずだ。

 もしかするとさっき与えたポーションには何が特殊な効果が付与されていたのかもと笑みを浮かべた。


「まさかね」


 とは言えミクス本人が否定した。

 だけど化学反応でちょっと効能が変わったら面白かった。


「って、追いかけないと!」


 しかしすぐに我に返った。

 スライムの姿が見えないので急いで追いかけることにした。



 ミクスは山を登っていた。

 急ぎとは言えそこまで全力疾走をしているわけではなかった。


 ステップを踏むように軽く足を地面に触れさせていた。

 しかしすぐさま体がふわりと浮いて、まるで空中を駆るように滑るように移動していた。


 ミクスがやっているのは、魔力に干渉し《調合》を発動する荒技だった。

 何も調合するのは個体だけではなく、魔力を間に挟み込むことで、目に見えないものまで干渉できた。


 例えば今みたいに、電気と磁気を混ぜていた。

 ミクスは超電磁波を生み出していたのだ。

 走るのではなく磁力で浮いていたのだが、誰もそんなこと気付くはずもなかった。


「《調合》って、別に捉え方何だもんね。何でもできちゃうのがズルなんだよ」


 ミクス曰く、固有魔法の幅を広げるのはイメージだった。

 特にミクスの《調合》は捉え方さえ変えれば万能以外の何物でもなく、意味が違うとツッコミを入れられてもおかしくなかった。

 本当にズルかった。


「とは言えこの技は魔力が満ちた場所じゃないと上手く使えないんだけどね」


 誰に説明するわけでもなく、独り言を吐き続けていた。

 その間もスライムの姿を目を凝らして捜していた。


「えーっと、そこまで遠くには行ってないはずなんだけど……あっ、居た!」


 ふと前を向いてみた。

 すると青いゼリー質の固体がポツンと見えてきた。


 スライムが待ってくれていた。

 とは言え何かを悲壮な顔をして見つめていた。


「如何したの?」


 ミクスは近くに寄って聞いてみた。

 とは言え声が返ってくることはなく、ミクスは視線の先を見た。


 するとミクスは驚愕した。

 目を見開いて閉じるまで時間が掛かった。

 目が乾くまで見てしまったのは仕方がないものの、木の幹には大きくて鋭い爪痕が刻み込まれていた。


「如何してこんな……」


 ミクスは木の幹に触れてみた。

 顔を近づけた瞬間、周りにも同じ傷痕が幾つも付けられていたので驚くしかなかった。


 まさしく獣の爪痕だった。

 五本の鋭い爪痕が木の幹の表面を抉り取り、痛々しい姿を晒していた。


 しかしミクスにはある違和感があった。

 ミクスはスライムを傷付けたものとは違うと気が付いていた。

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