第8話 倒れたスライムを見つけました

 次の日のことだった。

 いつも通り目が覚めたミクスは少し違和感があった。


「ううっ……あっ、そっか」


 ミクスの寝覚めはあまり良くなかった。

 いつもは部屋からでも魚の焼ける良い匂いがするはずが今日は全くしなかった。


 ほぼ新品の家屋の匂いが充満していた。

 これもこれで良いのだが、お腹は決して満たされなかった。


 ミクスは寝ぼけていたわけではなかった。

 しかしキッチンの方に向かうと、ほぼ何も無かった。

 当然だが料理は何もしていなかった。


「そっか。ケイさんとルームは居ないんだよね」


 ミクスは思い出した。

 ここはエルダー村で、今は一人暮らしをしていた。

 ここから三年間はこれが基本になるのだ。

 別に寂しいわけではなかったが、いつもの団欒が皆無になりちょっぴり空虚な気持ちになった。


「って、これが寂しいって言うのかな」


 ミクスは当たり前に有ったものを失ってやっと気が付いた。

 明るい気持ちは毎朝から伝わって来ていたのだ。

 それを失った今、ここはしょんぼりしていた。


「自分で料理しようかな……」


 ミクスはキッチンを一旦出た。

 確か食材が地下の倉庫に幾つか保存してあったのだ。


 ミクスは何を作ろうかと思い思考を巡らせた。

 ガチャンと部屋を出ると、逆に部屋の中から魔力が一瞬感じられたのだった。


 *


 食材を持ってキッチンに戻って来たミクスは扉から魔力を感じて不審に思った。

 この魔力の持ち主をミクスは知っているからだが、扉の先に居る気配はしなかった。


「ルーム来てたのかな?」


 一発で当ててしまった。

 扉を開けキッチンに入ると、良い匂いが充満していた。


「な、何コレ?」


 ミクスは何度も瞬きをした。

 キッチンにはできたての朝食が置かれていたのだ。


 炊き立ての白ご飯にミネラルあさりのお味噌汁。

 さらにはシー・サーモンの粕漬けがホカホカな状態で欲し長い器の上に乗っていた。

 その隣にはミクスが普段使っていた箸も箸立ての上に置かれていたので確信した。


「やっぱりルームが来てたんだ。もしかして過保護にされてる? 別に良いけど」


 ミクスはせっかくのケイさんとルームの配慮に甘えた。

 このままにしておくのも勿体無いので早速温かいうちに食べることにした。


「それじゃあいただきます!」


 ミクスは手を合わせてから食べ始めた。

 箸がシー・サーモンの粕漬けに触れるとほろりと溶けた。

 流石はケイの調理技術だと圧巻され、口の中に入れると旨味成分が弾けた。


「う、旨い!」


 口の中の水分を粕漬けの絶妙な甘みが刺激した。

 閉じこもっていた細胞を活性化させ、脳細胞を刺激した。


 シー・サーモンを粕漬けにすることで、余分な塩気を飛ばしていた。

 塩焼きの時には味わえなかったシー・サーモン本来の脂を堪能できて大満足だった。


「ごちそうさまでした」


 気が付くとお皿の上の料理は綺麗に無くなっていた。

 ミクスは食べ終わった後の皿を洗い、回収しに来てくれるのを待った。

 とは言え頼り気にしてもいけないのではと、ミクスも多少は思ってしまうのだった。


「さてと、これから如何しようかな? 今日も山には行くとして……ん?」


 ミクスはお店の入り口が気になった。

 視線を向けると、魔力の流れを感じ取った。


 そこまで強い魔力ではなかったが、ミクスはこの魔力を知っていた。

 昨日助けたスライムのもので、まだ完全には定着していないが、ミクス自身の魔力を感じることができた。


「如何してスライムが居るのかな? でも動いてないのが気になるけど……寝ているのかな?」


 ミクスは気になって扉を開けてみた。

 すると案の定、スライムが扉の前にいた。

 けれど随分と弱っていた。魔石に深い傷が入っていて、昨日治したはずなのにもっと酷い状態だった。


「今度は何があったの? 私の治療はほぼ完璧だったのに」

「きゅーん!」


 スライムは申し訳なさそうに鳴いた。

 目が×マークになっていて、完全にダウンしていたのでもう一度治療することにした。


「確かポーションの余りがあったような。ちょっと待っててね」


 テーブルの上にスライムを乗せた。

 ミクスは地下室に行くと、昨日採取した上薬草の余りを見つけた。

 もう一度調合の魔法を使ってポーションを作ったが、今度はより魔力を強く入れてみた。


「これで良し。私の魔力が混ざっているから、きっとすぐ良くなるはず」


 ミクスはスライムの元に戻った。

 ピクリとも動いておらず、よっぽど元気が無いみたいだ。


「大丈夫? すぐ治してあげるからね」


 ミクスは作ったばかりのポーションを振りかけた。

 スライムの体が垂れるポーションを全て吸収し、魔石をジワジワと回復させていた。


「本当如何して怪我をしたのかな? 一応私の魔力が多少流れてたから、強いモンスターもそう近づいてこないはずなのに……不思議なこともあるね」


 頬杖を突いたままミクスは考え事をしていた。

 その間にスライムの目が×から-になり、真ん丸な目を見せてくれた。


 ピョコン? ピョコン?


 スライムが可愛かった。

 体をぷにぷに動かしてキョロキョロ辺りを確認していた。


 普段見慣れない景色が広がっていたので、スライムは挙動不審だった。

 しかしミクスの顔色を見ると、スライムは安心したのかミクスに飛び掛かった。


「おっと。急に元気だね」


 ミクスは驚いてしまった。

 まさか先程まで倒れていたはずがここまで急速回復してしまうなんて誰も初見だと思わないはずだ。


 スライムもそんな顔をしていた。

 何が起きたのかにわかには信じられなかった。


「やっぱり私の魔法って万能だ」


 ミクスはスライムの頭? を軽く撫でていた。

 頭が何処にあるか分からないが、冷たくてひんやりしていた。

 とっても気持ちが良かった。

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