第7話 村人の治療をしました

「この魔力は……」


 扉の向こうから覚えのある魔力が近づいていた。

 ミクスは何かと思い、腰かけにしていたテーブルの上から下りた。


 ガチャン!


 扉が思いっきり開かれた。

 ミクスは何事かと思いつつも、さも当然の様に挨拶をした。


「いらっしゃいませ。如何されましたか?」


 ミクスは丁寧な接客をした。

 ぺこりとお辞儀をした後顔を上げると、そこに居たのはこの村の村長だった。


 先程会った時と変わらずの格好をしていた。

 色黒の肌には張りがあり、筋肉の鎧で覆われていた。

 やはり年齢に不吊り合いだったが、もの凄く息を荒げていた。

 「ぜぇーぜぇー」と膝を使って呼吸をしていた。


「えっと、如何されたんですか?」


 ミクスは流石に只事ではないと悟った。

 すると村長はバッと顔を上げてミクスの肩を掴んだ。

 いきなり過激なスキンシップだと思い、ミクスも眉根に寄せた。


「ミクス様、大変です。助けてくだされ」

「は、はぁ? 助けるとは何をどのように出しょうか?」


 ミクスは冷静な対応をしていた。

 とは言え村長の荒い息が顔に吹きかかるのであまり良い気分ではなかった。

 こんな状況ではあるが、流石に生理的にきつかった。


「ミクス様は確か回復魔法が使えましたよね!」

「い、一応使えますけど専門外ですよ? それに回復魔法には色々欠点があるので……まあ、使えはしますけど使いたくは無いですね」


 村長からの要望にミクスは悩んだ末に応えなかった。

 しかし村長はそれでもとミクスに頭を下げた。

 この村の長を前にしてあまりにも無碍な対応だったと悟った。


「如何か村の者をお救いくだされ!」

「何かあったんですよね。話は後で聞くのでとりあえず連れて行ってください」


 ミクスは一応先ほど作ったポーションを鞄の中に詰め込んだ。

 それから村長の案内で店を出たのだが、村長はもの凄く豪快な走り方をしていた。

 普通に素のミクスよりも速かった。


(あ、相変わらず速い……)


 ミクスは強化魔法を使った。

 身体能力を微かに上げると、何とか素の村長に追いついた。


 これでも結構無理をしていた。

 ミクスはそこまでパワータイプではなかったので仕方ないと甘えた。


「それで村長さん、何があったんですか?」

「実は村人の一人が怪我をしてしまって。ミクス様のお力をお借りしたいのです」

「怪我ですか? 病気じゃないんですよね?」

「病とも言いますか……」


 そうなると回復魔法でも限度があった。

 仮に魔法で治療させたとしても完璧に感知するとは限らなかった。

 もちろん回復魔法に特化した魔法使いならある程度は余裕だろうが、ミクスの場合は専門外だった。


 それでもだ。頼って貰えるのはありがたかった。

 この村の人達に信頼されている証だ。


(やれることはやってみよう。それにしても……)


 ミクスは息を上げていた。

 あまりに村長が速すぎるので付いていくのがやっとだったのだが、案内するどころかもう見えなくなってしまった。


 *


 ミクスはやっとの思いで村長に追いついた。

 止まったのは平屋の家の前で、村長は「ここですぞ」と言って、家の中に入っていった。


「はぁはぁ……入っても良いのかな?」


 ミクスは決して体力が無いわけではなかった。

 とは言え、初日はゆっくりできると思っていたのに、まさかここまで走らされるとは思っても見なかったのだ。


 額から汗が流れていた。

 服の袖で拭き取ると、このまま外で立ち尽くすわけにもいかないので、ミクスも平屋の家の中にお邪魔することにした。


「お邪魔します。ん?」


 家の中に入ると、何故か「ううっ」と唸り声が聞こえた。

 木の柱がドスン! と音を立てていた。

 これは只事ではないと靴を脱ぎ上がり込むと、男が一人倒れていた。


「大丈夫かい、アンタ?」

「お父さん、しっかりして!」


 男は腰を押さえて倒れていた。

 その周りでは男の妻と子供が心配して寄り添っていた。

 村長も「大丈夫か、ドンブル」と声を掛けていた。


「は、はい、村長」

「すぐにミクス様が来てくださるからな」

「ミ、ミクス様が! そ、それは本当ですか!」

「ああ、ミクス様に掛かればこのくらいすぐじゃな」


 期待されてしまったが、普通にプレッシャーになってしまい心が痛かった。

 失敗したときや期待に応えられなかった時が怖くてたまらなかったが、それでもここまで来て帰るわけにもいかなかった。

 ミクスはそう言う性格をしていたので、勇気を出して声を掛けていた。


「あの、大丈夫ですか?」

「おお、ミクス様! ここです。ここですぞ」


 村長は待ってましたの顔をしていた。

 ミクスはうつ伏せになっているドンブルの近くに立った。

 するとドンブルは顔を上げて出迎えようとした。


「あっ、ミクス様。ようこそお越しに……あー、痛たたたぁ!」

「アンタ、起きるんじゃないよ!」

「お父さん大丈夫?」


 普通に心配してしまった。

 しかし腰を擦っているので気になったミクスは、率直に尋ねてみた。


「腰が痛いんですか?」

「は、はい。お恥ずかしいことですが……」


 ドンブルは顔を上げられなかった。

 ミクスはよっぽど酷いのかと思い、軽く腰を触ってみると、ドンブルは悲鳴を上げた。

 これは重傷だと思ったが、痛みがあるので骨が折れているわけでも神経が損傷しているわけでも無かった。


 もしも神経系統の症状であれば流石に回復魔法でも治せなかった。

 しかしミクスは気が付いてしまった。

 この症状はアレだ。


「何かしましたか?」

「は、はぁ。古米の俵を運ぼうとして……」

「ぎっくり腰ですね。回復魔法を使っても慢性的になると癖になって治りませんよ」


 回復魔法はあくまでも魔力を使うことで体の中の細胞を活性化させたり、足りない部分の細胞を補うことで治癒するのだ。

 慢性的な腰の痛みなどは回復魔法を掛け続ける他なかった。


「この手の症状はなかなかです。回復魔法を使いすぎても自然治癒に繋がらないので……これを使いましょうか」


 鞄の中から先ほど作ったポーションと布切れを取り出した。

 ポーションの入った瓶の中に布を浸けてしばらくすると、ミクスは指を鳴らした。


「とりあえず固めますね……《調合》!」


 湿布がポーションを吸い込んでカチカチに固まった。

 ドンブルの腰に張り付けると、後は包帯を使ってガチガチに固めた。


「ふぅ。とりあえずこれで痛みは引くはずです」

「本当ですか!」

「はい。ぎっくり腰は慢性的なので気を付けてくださいね。少なくとも安定するまでは毎日腰を固定してください。重労働何てもっての外ですから」

「は、はい……」


 ミクスはあっさり終わってくれて良かったと胸を撫で下ろした。

 すると小さな女の子がミクスの服を引っ張った。


「お姉さんありがとう!」

「うん。お父さんを大切にするんだよ」


 ミクスは頭を軽く撫でた。

 平屋の家を出ると、その足で家へと戻るのだった。


 何だか清々しい気分だった。

 良いことをした後の気分は誰だって最高に良いはずだとミクスは思っていた。

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