第4話 まずは山に入ってみる

 エルダー村に迎えられたミクスは早速山の中に足を踏み入れた。

 この山は神聖視されているわけではなく、単純に凶悪なモンスターが生息しているせいで、村人が容易に立ち入ることができなかった。


 そこでこの村にいる間、管理はミクスが取ることになった。

 周りには立ち入り禁止の看板を立て、さらには人間やモンスターが近付けないように薬を撒いておいた。


「これで良し」


 宿屋で調合してきた薬だった。

 この薬には人間が嫌う臭いとモンスターが嫌う臭いの二つの成分が付与されていた。


 素材となっているのは、ヒトギライ草とマモノヨケと言う二種類の植物だった。


 これを適当看板に染み込ませておけば、地面を伝って広がるはずだ。

 そうすれば勝手に山の中に人が入ることはまず無くなった。


「うん、空気が美味い! 最高だね」


 ミクスは楽しんでした。

 人混みの中ではあり得ないくらい空気が澄んでいたのだ。


 これならアレルギーを持っている人でも簡単に治ってしまうと思った。

 その方が余計な病気で寿命を縮めなくても良いし、回復魔法で無理やり治すことも無くなった。


 まさに一石二鳥なのだが、そんな薬はまだ無かった。

 本当に残念で、ミクスは視線を周囲に配った。


「とは言いつつも、山の中は危険だもんね。気を付けないと」


 モンスターは何処かは襲ってくるか分からなかった。

 だから注意深く観察する目が必要なのだが、不意にミクスの視線が植物に釘付けになった。


「ななっ!」


 ミクスは生えていた紫色の花の植物に視線を奪われた。

 小さな淡い紫色をした花弁が付いており、先端からは甘い匂いとは真逆の強烈な臭いを放っていた。


「コレってムラサキカメムシソウだよね? コレを煎じて漉したら強力なモンスター除けになるかも」


 売れるかは分からないが面白そうだった。

 ミクスが薬屋をやるのはあくまでも研究が大前提となっていて、その結果を国に報告することでお金を得る算段になっていた。


 だから何でもかんでも研究資材になった。

 ミクスは笑みを浮かべると、鞄の中に突っ込んだ。


「本当に面白いものがある。って、こっちの薬草かなり良い品質だね。ポーションにはもってこいだ」


 ミクスは目をキラキラさせていた。

 子供のように興奮していたのだが、薬草の間を掻き分けていると、不意に何かの気配を感じた。


 気のせいだと片付けても良かった。

 何故ならミクスとの距離がかなり開いていたからだ。


 とは言え一度気にしてしまった以上は、無視しようにも気になってしまうのが人間の性だ。

 少し悩んで無視しようとしたものの、気配が少し近付いた。


 そこまで強くて大きな気配でもなかった。

 むしろ弱くて小さな気配だった。

 これだけである程度の推察はできるのだが、果たして頭の中のイメージと現実のそれが同じかは定かではなかった。


「まあ、気負うことはないんだけど……」


 ミクスは薬草を吟味しながら採取していた。

 とにかく採取しまくると、次来た時が無くなっていて困ることになると思った。


 そこで限界ギリギリのものを選ぶことにした。

 コレで作ったポーションはそれなりに効力が高いと思ったのだ。


「良し。これだけあれば、回復魔法並みの効果は得られるかも」


 袋いっぱいに薬草が詰め込まれていた。

 初日でこれだけ品質の良いものが見つかり、胸を撫で下ろした。

 ミクスは誰が見ても分かるが大満足だった。


「さてと、今日はこの辺にしようかな」


 ミクスは欲しかったものが収穫できたので、お店の方に戻ることにした。

 まだ開店準備もさっぱりだが、とりあえず薬だけは置いておきたかった。


 鞄の中には小瓶が二つ入っているだけだ。

 他に道具などは持ち合わせていないので、残念だがこの先に行くのは危険だった。


「行きたいなー。でも深追いはしない……」


 首をブンブン振って自分に言い聞かせた。

 しかしミクスの体に明らかに違和感を感じた。


 体調が優れない訳ではなかった。

 ミクスは外部からの魔力を感じ取ったのだ。


「さっき無視した魔力?」


 ミクスが忘れることにした魔力を感じ取った。

 しかもおかしなことに、この数分間でより一層弱まっていた。


 何だか気味が悪かった。

 山の中で何が起きているのか、早めに調査しないと後が困りそうだ。


 そう思ったミクスはこの魔力を追ってみることにした。

 するとすぐ側まで近づいて来ていた。


 とは言え何も見えなかった。

 キョロキョロと視線を配るものの、草むらがあるだけで目立つものは……と思い、視線を下げたら青い生き物がいた。


「あ、あれ? 何で草むらの中に青い生き物がいるのかな?」


 しかも体がゼリー室をしていた。

 緑の草むらの中で変に目立つソレをミクスは知っていた。


 いいや、知らない人などいなかった。

 青くてプルプルしたゼリー室の生き物など、モンスター以外の何物でもなかった。


 ましてやそのメジャー性といったら、他の追随を許さなかった。

 最弱種族の名前を欲しいままにしていた。


「スライムだ。だけど何でこんなにボロボロなの?」


 スライムがゆっくりと近付いてきた。

 如何やら魔力の強いミクスに惹かれてやって来たようだが、如何やら助けを求めているみたいだ。


 全身がボロボロになっていて、魔力が残り少なかった。

 簡単に捕まえることができる程度には弱りきっていて、可愛らしい見た目が可哀想に見えてしまった。

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