第3話 辺境の村にやって来た

 ミクスとルームは扉の前に立っていた。

 何てことの無い普通の扉で、外に出れば街の大通りに繋がっていた。


「それじゃあ行こっか」

「お願いルーム」

「任せておいて。《部屋ルーム》!」


 ドアノブを掴んだまま、ルームは魔法を使た。

 傍から見れば派手ではなく、見た目的にも特に変化は無かった。

 しかしルームは魔法が確実に入ったことを確信した。 


「繋がったよ。いつでも行ける」

「ありがとう。それじゃあケイさん、また来ますね」

「お気をつけて。お部屋はいつでも使えるようにしておきますね」

「ありがとうございます」


 ミクスはぺこりと頭を下げた。

 ケイに見送られると、ルームがドアノブを捻った。


 扉の奥が眩しかった。

 真白になっていて、何も見えなかった。


「相変わらず入る瞬間、本当に繋がっているのか不安になるよ」

「大丈夫だよ。私の魔法はほとんど失敗しないんだから」

「そのほとんどがちょっと怖いけど、お願い」

「うんうん。信頼してくれて嬉しいよ」


 ミクスとルームは扉を潜った。

 すると突然景色が一変した。

 本当なら人が歩いている大通りに出るはずだ。

 しかし周りにはほとんど何も無く、景色が一変していた。


「着いたよ。ここがエルダー村……それでこれがミクスのお店なんだね!」


 あっという間にエルダー村にやって来た。

 本当は五十キロほど離れているはずの距離を、部屋から部屋へ移動する感覚で飛び越えてしまった。

 これがルームの魔法で毎回のことだが便利だった。

 港町に魚を買いに行くためだけに使ってほしくない万能具合だった。


「面白いよね。ルームの固有魔法って」

「万能具合だったらミクスもでしょ? って、この看板汚れているよ?」


 ルームの視界に入った木の看板がかなり汚れていた。

 文字が霞んでいて、これだと表札にもなってくれなかった。


「汚れ落とさないとね。私、一回宿に戻って掃除道具持ってくるよ!」

「大丈夫だよ。もう綺麗になったから」

「嘘っ!?」


 ミクスが指を鳴らしただけで看板が綺麗になった。

 汚れの成分をミクスの魔法で打ち消したのだ。


「相変わらずだね。これもミクスの魔法の効果でしょ?」

「まあね。一応汚れの成分だけ落とせるように勉強してたから」


 あくまで知識として知っているだけだった。

 汚れを落とすため専用の植物をミクスは学生時代に粉薬として大量に売り捌いていた。

 その経験がここに来て出てくれた。


「それじゃあミクス。私、また来るね」

「うん。そっちも大学頑張ってね」

「はーい。じゃあね」


 ルームは扉を通じて帰ってしまった。

 一人ぼっちになったミクスだったが特に寂しいとは思わなかった。


「まずは村長に挨拶だね。家は確かこの先……」


 ミクスの拠点となる店は村の端っこに有った。

 そこから間隔を開けて石畳が並んでいたが、下り坂の向こうに建物が並んでいた。


「えーっと、確か村長さんの家はあの大きな御屋敷だったかな?」


 ミクスは目を凝らしていた。

 大きな御屋敷を見つけると、早速行ってみることにした。



「この道も久しぶりだなー」


 ミクスは村長の家を目指して歩いていた。

 久しぶりにエルダー村にやって来たので、ミクスは澄んだ空気を吸い込んで気分が良かった。


「とは言え、この道は人が居ないなー」


 ミクスはエルダー村に二度訪れていた。

 一度目はこの村の御神木を治すために尽力し、そこで村の人達と仲良くなった。


 二度目はミクスが貴族の爵位を得た時だった。

 あれ以来この村には来ていなかったが、相変わらずのんびりとしていた。


「とりあえずこの村にはこれからお世話になるから、せめて村長さんには挨拶しておかないと……」


 ふと横を見れば畑が広がっていた。

 これだけで田舎だと伝わるが、この村の周囲にはダンジョンも多くあるので、たまに冒険者がやって来たりするのだ。

 だからミクスのお店も、そう言った人達に向けになりそうだった。

 けれど客足はあまり無さそうだ。


「それで村長さんは……あれ?」


 畑の中に見知った人影があった。

 ミクスは目を凝らしてみると、発達した上腕二頭筋が窺えた。

 色黒の肌は日に焼けたもので、白髪を束ねていた。

 完全に年齢には不釣り合いな筋肉量をしており、とてつもない魔力量にミクスは確信した。


「おーい、村長さーん!」


 ミクスは腹から声を出した。

 すると農作業中で鍬を持っていた老人はゆっくりと振り返り、眉根を寄せて凝視した。


 村長はミクスの姿を見つけると、「お前様は!」と歓喜の声を上げた。

 いいや、驚きを隠せていなかった。


「お久しぶりです、村長さん」

「……本当にミクス様なのかえ?」

「はい、ミクスです。ミクス・アウェイクです」


 ミクスは笑みを浮かべていた。

 すると村長のゴブル・エルダンは畑作業を中断して駆け寄って来てくれた。

 これで御年七十歳とは思えない若々しさだった。

 肌には艶があり、白い歯がギラギラしていた。


「ミクス様、如何してこちらに? 学校がよろしいのですか?」

「もう卒業しましたよ」

「月日とは早いものですな。にしても大学には?」

「大学は三年後に行きます。年齢を他の人と合わせることにしたんです。ですのでしばらくこっちに居るんですけど、良いですか?」


 ミクスは村長に尋ねた。

 まずは村長に一言挨拶をしておくことで、他の村人との友好関係を円滑にしてくれた。


 しかしそんなもの必要なかった。

 村長は「それはどうぞどうぞ。むしろ大歓迎にございます!」とぺこぺこしていた。

 もちろん嫌みなどは無く、村長は謙遜していた。


「すみません。あっ、それと何ですけど」

「如何しましたか?」

「あの山、モンスターが多いことは御存じですよね?」


 ミクスは指を指した。

 先には大きな山があった。

 エルダー村の中にある大きな山で、モンスターがうようよ居るので危険だった。


「定期的にあの山に入るんですけど、危険なので絶対に入らないでくださいね」

「それはもう、身に染みております」


 村長はゾッとした。

 顔色が青ざめていて、エルダー村の人々にとってモンスターがたくさん生息しているあの山は恐怖の大量であり、神聖視されていた。

 だから村人もよっぽどのことがない限りは立ち入らないので、ミクスも安心するのだった。

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