辺境の村の魔法使い

第2話 ミクスがやりたいこと

 無事にパラディシオン魔法学校を卒業することができた。

 一夜明けたものの、ミクスはいつも通りだった。


 卒業と同時に興奮が冷めてしまっていた。

 普段通りのミクスは長年お世話になった宿屋で食事を取ることにした。


「おはようございます、ケイさん」

「ミクスさん、おはようございます。今朝も早いですね」


 ケイは朝食の準備をしていた。

 彼女はミクスが泊まっている宿屋のオーナーで、他に従業員を雇うことなく一人で切り盛りしていた。


「ルームはまだですか?

「いえ、もう起きていますよ」


 すると裏口の扉が開いた。

 出てきたのはルームで、手には薪を持っていた。


「ケイさん、薪を切って来ました」

「ありがとうございます、ルームさん」

「えへへ、これくらい朝飯前ですよ。って、本当に朝飯前でしたね」


 相変わらず明るかった。

 ミクスはルームの顔を見ると安心したのだが、それと同時に目が合った。


「あっ! おはようミクス」

「おはようルーム。今朝もご苦労様」


 ケイが準備している朝食の材料は、ほとんどが今日の内に買って来たものだ。

 この宿では大抵朝ご飯が新鮮な魚料理になった。

 それはルームが朝早くから買い出しに行ってくれるからだ。


「相変わらず便利な固有魔法だよね」

「そうでしょ? 行きたい場所が有ったらいつでも言ってね。私が行ったことのある場所ならすぐに連れて行ってあげるから」

「そうする。っていうか、今日がそうなる」


 ルームの固有魔法は《部屋》と言う特殊なものだった。

 自分が行ったことのある場所に扉を作り、部屋の扉を開けることでその場に転移できるのだ。


 言ってしまえば瞬間移動だった。

 けれど扉が無いと使えない点だけが欠点で、消費魔力も固有魔法の割には大きかった。

 つまり使い勝手が悪かった。


「それで一級何だもんね。魔法使いの間の序列が分からないよ」

「ミクスは特級だもんね」

「そうだよ。でも納得してないんだけど……」


 ミクスは残念ながら自分の固有魔法に納得していなかった。

 固有魔法と言うのは大抵変なものだが、ミクスの場合もっと変わっていた。


「万能だからじゃない?」

「それがミクスの最大のメリットでしょ?」

「そうだね。それで今日は何の魚?」

「シー・サーモンの塩焼きです」


 普通に良い朝食だった。

 シー・サーモンは鮭系統のモンスターなのだが、完全な海水魚だった。


 えらから取り込んだ海水中の潮水を体の中に保有していて、後から塩を掛けなくてもほんのりと塩味を感じた。

 新鮮なものでなければ食べられないのが難点で、ここから海まではかなり離れているため、なかなか流通されなかった。

 これもルームのおかげで食べることができた。


「それじゃあ食べましょうか」


 ケイは焼き上がったシー・サーモンの塩焼きを皿に乗せた。

 三人で食べるのもこれが最後になると思うと、何処か感慨深いものを感じた。

 けれどミクスは特に後悔していなかった。


「そう言え場ミクスさんはこれから如何されるんですか?」

「そうだよ。昨日はあんまり教えてくれなかったけど、何をしようとしているの?」


 ケイとルームはミクスが何をしようとしているのか気になった。

 ミクスはお箸を丁寧に使ってシー・サーモンの塩焼きを食べていた。


「私がしようとしているのはフィールドワークだよ」

「「フィールドワーク?」」

「うん。ルームは知っているよね、ここから五十キロくらい離れた辺境の村」

「……ああ、エルダー村。あの村は確かに辺境も辺境だよね」

「そこに行こうと思うんだ」


 ミクスの目的はエルダー村に行くことだった。

 そこで三年間過ごすことになるのだが、ルームには理解できなかった。


「如何して? あの村何も無いよ。自然豊かだけどモンスターも強いし、観光資源もほとんどないけど……」

「そうだね。だから良いんだよ」


 ミクスは別に変なことをする気は無かった。

 しかしルームは如何にも怪しい目を向けていた。


「ミクス、ちゃんとしないと駄目だよ」

「ちゃんとって何?」

「いくら税金を払わなくても良くなったとはいえ、何もしないでいると自堕落になっちゃうよ」

「分かってるよ。だから私はフィールドワークをするの」

「「ん?」」


 ケイとルームはミクスの言葉が足りなかったので首を捻った。

 しかしミクスにはやりたいことがあった。


「実はね、エルダー村に私のお店を作ったんだ」

「はい?」

「前に村の危機を救った時に小屋を建てて貰ったでしょ? そこを拠点兼お店にすることにしたんだよ。近くの山も良い素材集めスポットになりそうだから、丁度良いかなって」


 ミクスがしようとしていたのは、魔法使いとしてではなく、採取専門の冒険者のようだった。

 学生自体に冒険者登録もしているので、魔法使いとしての威厳もあってか、ミクスにはかなりの信頼が寄せられていた。


「採取は良いとしてお店を何をするの?」

「薬を売ろうと思っているんだ」

「薬? 魔法使いなのに? 回復魔法を使るのに?」


 ルームははてなばかりが言葉の終わりに付いていた。

 疑問形ばかりでミクスもうんざり気味だったが、とりあえずやりたいことは決まっていた。


「と言う訳で、たまに卸に来ます。その時は御贔屓に」

「はい。できればハーブ系でお願いしますね」

「了解です」

「それって薬屋じゃないよね?」


 ルームが余計なことを言った。

 ミクスは「確かに」と笑っていたが、誰も否定しなかった。

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