第4話
「ちょっと、足にかかったじゃん」
「い、いや、ちほ、これ見て。何か……」
しーちゃんは何か怯えた様子で、地面に落ちたビッグ生タピオカだかギガントモナカだかを指さした。
ミルクティーにまみれたまま地面に生えた雑草の上に落ちた生タピオカは全部で五個あった。
白玉位のサイズだけど、微妙に緑がかったような黒い色をしている。しゃがみ込んでみてみたけど別になんてことは無い。
「……どうしたの?」
「……ごめん、見間違えかも……でもなんか動いた気がして……」
うっそだぁ、と言いたかった。けれどしーちゃんは真っ青な顔をして小刻みに震えているしとても冗談を言える雰囲気じゃなかった。
二人して無言で地面のタピオカを見ていた。どうしてよいか解らず私はそばに落ちていた木の枝を手に取って、一つタピオカをつついてみた。
枝先が表面に触れると同時にぱしゃん、と弾けて何かものすごい速度でしぼんでしまい、薄い透明な膜だけが雑草の上に残された。
「え、何これ……」
もう一つ、試してみる。枝先が触れるとホウセンカみたいに弾けて、即座にしぼんでしまう。
液体が入った水風船が割れるみたいであれば、それでよかった。タピオカとは名ばかりの何かシロップ入りの団子だと思えば納得も出来るから。
けれど、何か違和感がある。枝先が表面を突き破ったとか、そういう事じゃない。触れた瞬間にすっととけるようにその体積は失われてしまった。
弾けるというより、ものすごい速度で平らになってしまうというただそれだけなのに、言葉では言い表せない明らかにおかしい奇妙な現象に見えて仕方が無かった。
恐る恐る、ミルクティーでてかてかと光るその透明な膜を枝先でどかしてみると、その雑草の下の地面に小さな穴が開いていた。
しーちゃんも地面に残された穴を見ているはずだけどなにも言わなかった。
もう一つ残された膜をどかしても、同じような穴がある。偶然だろうか。何か蟻の巣穴か何かだろうか。
けれど周囲を見渡してもそんな穴は他には見当たらない。偶然だろうか。偶然だろうか。偶然だろうか。いや偶然であるはずがない。それじゃあしーちゃんが飲み込んだのは……。
「おえええええ!」
しーちゃんは涙目で、後ろを向いて今飲んだ物を吐き出そうとしていた。けれど出てくるのは透明なよだれだけで、胃の中のものは出てこない。
「だ、大丈夫?」
背中をさすってあげるけど、しーちゃんはびくびくと身体を振るわせて手足を地面につけてひたすらに何かを吐き出そうとしているだけだ。
結局何も吐き出せなかったしーちゃんはよだれでべたべたの口元を拭おうともせず唐突に唸り声をあげだした。
「お腹痛い! お腹痛い! お腹おなかいたいいたいいたい!」
みぞおちのあたりを抑えて制服が汚れるのも気にせず転げまわる。わあああんと泣き叫びながらごろごろと暴れるしーちゃんの姿は明らかに尋常じゃなかった。
「やっぱり何かおかしかったんだ……! きゅ、救急車呼ばなきゃ……!」
苦しんでいるしーちゃんをどうしていいか解らなかった私は慌ててスマホを取り出して、救急車を呼ぶのって何番だっけ!? と必死で思い出そうとした。
けれどちょっと前まで地面を転げまわっていたしーちゃんは突然立ち上がり、
「治っ、たーーーーーーーーーーーーーー」
と抑揚のないまま、ずっと語尾を低く伸ばして口にしながらぴょんとジャンプした。
まるでゲームがバグった時の音声みたいだった。それに合成音声みたいに抑揚がほとんど無い。首を少し横に倒して視線も何かおかしい。焦点があってないっていうのか。何か怖い映画で同じようなシーンを見たことがある気がした。私はさっきの奴は絶対なにかヤバい物だったんだと思った。
「しーちゃん、ちょっとやめてよ、怖いよ。大丈夫なの? お腹は痛く無いの?」
しゃべりかけてもしーちゃんは「たーーーーーー」と伸ばしたままで眼球だけぐるぐる動かして私に視線を送り、ほっぺたの肉を上下させている。
明らかに治ったとは思えない。
「なんなんだよう……やっぱりどこかおかしいよ……そ、そうだこれ残ってるのを……」
給食袋の中からビニール袋を取り出して残ったタピオカを回収しておこうと思った。病院につれていって何を口にしたか調べて貰わないといけない。
毒蛇や毒虫に咬まれたとき、何に咬まれたかを確認しておくと治療がスムーズだとお父さんが昔教えてくれたことがある。
鞄をおろしてごそごそとしているとしーちゃんは「たーーーーーーーーー」とずっと伸ばしていた語尾をぴたりと止めて息を吸い、びたんと地面に這いつくばって私が拾おうとしたタピオカを地面の雑草や土ごと手づかみで拾って口の中に入れた。
「な、なにしてんのしーちゃん!? やめなよ! 吐き出しなって!」
慌てて飛びつこうとするとしーちゃんはぴょんと跳ねるように私から離れて、もぐもぐと口を動かしている。
「ぷっ!」
何か横を向いて吐き出すとにっこり笑って、「治っ、たーーーーーーーーーーーー」とやっぱり語尾を伸ばしたまま走って行ってしまった。
訳が分からない上に、何かしーちゃんの様子がおかしかったのもあり私はいつの間にか震えているらしかった。
咄嗟に何も出来ず、しーちゃんが吐き出した物を確認しようと思って調べてみた。ベンチの上にしーちゃんの唾液といっしょにへばりついていたのは乳白色をした虫の脚みたいなものだった。
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