第3話
「そうー? ちほがそれで良いならそれで……」
私たちが話をしている間におじさんは焦った様子でスマホと手帳を弄繰り回している。
「えーっと、ちょっと待ってね……まだ準備が出来てないから少し離れててくれないかな? 一応作り方は企業秘密でもあるからね」
「はーい、じゃあそっちの日陰で待ってよ」
しーちゃんに手を引かれておじさんから少し離れた日陰に避難する。正直私はおじさんをちょっと信用できないなと思っていたので何をしているかじっと見ておくことにした。
変なものでも入れられたらたまったもんじゃない。
何か一人でぶつぶつ言っているおじさんは屋台の下に備え付けてあるクーラーボックスから大量の氷をスコップで取り出してボウルに入れた。
若干溶けかけて水っぽくなった氷でなんかこの時点で気持ちが悪い。
そこにさっきの寸胴から掬いだした黒っぽいどろどろした物を注いでいく。
ぼんやり黒い蜜のようなものの中にタピオカのような玉がいくつか入っている。更に上から氷をかけ出した。何かちょっと変なやり方だと思う。
次に取り出した透明なカップにインスタント濃縮紅茶みたいなものを半分位注いで、さっき冷やしていた黒いどろどろをぼちゃぼちゃと注いでいく。
最後に牛乳みたいな(いや多分牛乳なんだろうけど)白い液体を注いでとりあえずは完成したらしい。
見た感じはまあタピオカと言えなくもない。
もちろん実物は見た事ないから多分だけど。
「おーい、出来たよ」
おじさんがマンボウみたいな顔を嬉しそうに歪ませてこちらに声を掛けた。
愛嬌はある顔をしていると思うけど、やっぱりどこか不気味だ。
「ねえ、しーちゃんほんとに貰うの? 絶対やめた方が良いと思うよ」
「あんたは心配し過ぎなんだって。不味かったら捨てればいいだけだし大丈夫大丈夫!」
近づく前に聞こえない様、最期の忠告をしたけどしーちゃんは聞く耳を持たなかった。もう知らないんだから。
「はい、これ。残念だけどストローが細いのしか無くてね、悪いんだけどコップに口を付けて飲んでくれるかい?」
「えー、それじゃインジェニ映えしないじゃーん。あの太いストローが映えるのにぃ。おじさんマジ何もわかってないじゃん」
「み、見た目はそうかもしれないけどね……あっ、これはジャイアント生タピオカって言う新商品なんだ。きっとこれから……えっとほら、原宿でブレイクするから自慢できると思うよ。人気者になれるかもしれない」
「んー。ジャイアント……生……」
すごください……。なんのセンスも感じないネーミングだ。ほら、やめときなよという意味を込めておじさんから見えない様にしーちゃんのお尻を指でつついた。
「……なんかすごい新しいし美味しそうじゃん!」
だめだ、通じなかった。
「そうだろう、そうだろう! あ、もう一つ注意……というかアドバイスなんだけどこれはのど越しを楽しむ新食感タイプだから一口目は咬まずにそのまま飲み込んでみてくれる? あとは冷たいうちにね」
「えっ、それ危険じゃないんですか?」
傍観者に徹しようと思っていたけど流石に気になって突っ込みを入れる。
のど越しを楽しむってそれもはやタピオカの意味が無い気がするし、そもそもちょっと大きな錠剤でも飲み込もうとすると喉に引っかかる感じがする。
こんにゃくで出来たゼリーやおモチで毎年どれだけの人が亡くなっているかこのおじさんと、開発会社は理解しているのか不安になった。
「えっ? 大丈夫だよ! 柔らかい素材で出来てるからね!」
「ほんと? 詰まったりしない?」
「本当さ! あっ! おじさんはちょっと用事が出来たからもう行くよ! くれぐれも日曜日までは誰にも内緒だよ? 約束してくれたら新製品デビュー時に何らかのコメントを貰いに行くかもしれない。内緒だけどアイドルの井戸野貞美ちゃんとかもうちのビッグ生タピオカの広告塔をしてくれる予定でね!」
「えー! なら貞美ちゃんに会えるかもじゃん! 大丈夫大丈夫、絶対守りますぅ!」
応急処置した屋台の台車に寸胴を乗せるとおじさんは笑顔で手を振りそそくさとどこかに行ってしまった。私たち二人も帰路に着いた。
おじさんはやっぱりしーちゃんが喜びそうな言葉ばかり選んでいるように見えたし胡散臭さは最後まで晴れなかった。だってコメントをもらうなんて言っても結局連絡先も聞かれなかったし。
「やったね! 写真撮ったら早速飲んでみよっと」
こんな田舎じゃどこで撮影したってバックは緑と空しかないのにしーちゃんはわざわざおしゃれな場所を探してから撮影したいらしい。
そんな場所ないから田舎なのに。
「……絶対やめた方が良いよ。胡散臭すぎると思う。なんか話も取ってつけたみたいだったじゃん。最初はジャイアント生タピオカとかいってたのに次はビッグ生タピオカとか言ってたしさぁ」
どちらにせよダサいのか変わらなかったけど。
「ちっちっ、大事なのは信じる心なんだってー。だってどうする、貞美チャンのマネージャーさんとかにスカウトされたりするかも!」
「多分スカウトはマネージャーの仕事じゃないよ……」
スカウトはスカウトの専門業者がいるんだって誰かが言ってた気がする。
「まぁまぁいいからいいから! せっかくだし美味しかったら分けてあげる」
「要らないよ、絶対怪しいもん」
結局ちょっとだけ他よりましな外観の公園のベンチでタピオカの撮影をすることにした。
しーちゃんが持つタピオカのカップには随分水滴が付いている。
一瞬、白玉よりちょっと小さいかな? というサイズ感のジャイアント生タピオカがぐるっと回ったように見えた。おじさんは随分熱心に冷やしていたけど、微妙にぬるくなっていそうに見える。
「はい、じゃあちほ! 撮って撮って!」
「はいチーズ」
「早っ! それにチーズって何! あたしのお父さんも同じ掛け声なんだけど、ウケる!」
「そんなの知らないよ、私だってお母さんとお父さんがそう言うから癖になっちゃっただけだろうし。ほら早く早く。チーズ、バター、ラクレット」
ポーズを決めてタピオカを持っている写真を何枚か撮影してあげた後、しーちゃんは自分でベンチに置いたタピオカをウンウン言いながら色々な角度で撮影していた。どうせアプリで別人に加工するんだから一枚で良くない? とはあえていわないでおいた。
最近のアプリは加工というより差し替えだったりはめ込み合成ってやつに近いから誰がどうやってもみんな同じ顔になるのがなんか気持ち悪くて苦手だ。
さっさと終わってほしいのに最終的にしーちゃんは動画まで撮り出すもんだから随分困惑した。
「よーしこれで日曜日にいっぱい投稿出来るね! 綺麗に加工しなくちゃ! なんかちょっとぬるくなってきてるし早めに飲んじゃおうかな。飲むっていうか食べるって感じの大きさだけどさ」
「私はやめときなよって言ったからねー」
声を掛けると同時にしーちゃんはタピオカドリンクのふたを開けて一口だけ口に含んだ。
「お、ちょっほぬるふなってうけろ普通に美味しいお。甘いひ」
口に何かを含んだまま喋るのはやめましょう、とは突っ込まなかった。
大体何言ってるかはわかったから。
その後しーちゃんはごくんとタピオカ何某の茶色い液体をごくごく飲みだした。ミルクティーってそういう飲み方するものだったっけ。
カップの上にたまっているミルクティー部分が急速に減っていく。
「まあ悪くはなかったかもね。さてさて、ジャンボ生タピオカ! ジャイアント? ビッグ? 名前忘れちゃった。見て! ちほ、めちゃくちゃ大きい! ウケる! とりあえずどんな感じなんだろ……」
何処にウケる要素があったのか良く解らないので返事を返せないでいると、すぽん、と情緒もへったくれもない音と共に丸っこいジャンボタピオカはしーちゃんの口の中に吸い込まれていった。
舌の上でそれを転がしていたと思われるしーちゃんはごくんとそれを飲み込んだと同時にちょっと微妙に顔をしかめた。
「……どう? 不味い? それともおいしくない?」
「それどっちも同じじゃん。んー、なんかいま、ちょっと変だった。味もちょっとしょっぱいっていうか……」
「えー、しょっぱいの? あ、でもスイカに塩かけたり、塩バニラみたいな? それに変ってどういうこと? 味?」
「んー、なんか口の中に入れた時はふわふわして面白かったんだ。でも、飲み込む寸前にぱちんって弾けて、急にしょっぱい味がした。それまで柔らかいイメージだったのに飲み込む時はのどがいがいがって引っかかるしちょっと後味も良くないや……ちょっと生臭いみたいな? 見た目と話題性だけでイマイチな新商品かもしれないね」
「だから言ったじゃん、やめときなよって。どうする? 残りもう捨てちゃえば?」
「うーん、でも……ひっ!」
悩ましげにカップを見ていたしーちゃんは小さく鋭い悲鳴を上げてカップを地面に落とした。
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