すれ違い

 さて、帰りのバスの時間も近付いてきたので、バス停に戻ってきた。さすがの時雨も喜んでくれただろうし、私としても写真フォルダーが潤ったので、大満足である。さー、次は昼ご飯だ。ちょうど歩いたばかりだし、これは最高に旨いぞーっ。


 早速、思い出と期待に耽っていたら、颯理が面貸せと脅してきて、時雨に聞かれないような場所で秘密会議が始まった。


「どうして何もわかってない顔してるんですかっ」

「何、これから行く店が、定休日だった?」

「違いますよ!時雨さんの瞳、光戻ってなくないですか?」

「ふぇっ?」


 私はここから、置いてかれたみたいに、一人寂しくバスを待っている時雨を見た。確かに、颯理の言う通りである。


「例えば、気分が良くなったら、瞳に光が戻るっていう仮定が間違ってるとか……」

「ええええ、ねえどうしよ、どうしよう、時雨、楽しくなかったのかな、あわわわわ……」

「嘉琳さん?急に動揺しないでください」

「だだって、こっちは色々しでかして、こうしてるんだよ?それでこの始末だったら、私たちの目が潰されちゃうよ」


 これはあくまでも学校行事だから、勝手に抜け出すのは罪なのだ。後悔したくない、けれど全ては時雨が決めること。せめて絶交だけはご勘弁を……。


「もうこれは、意識が飛ぶくらいおいしい昼食で、正気を失わせるしかないかと」

「本気で言ってる?」

「はい、もう高級懐石料理とか回らない寿司とか、私たちで折半して行きましょう!」


 颯理の父親が、勤務中にもかかわらず血眼になって、最高のランチを探しているらしい。そうこうしていると、バスが発車する時間になってしまった。


 当然のように訪れる静寂。ネットで鬱病の人は、あまり旅をしないほうがいいと書いてあるのを見て、私はどうしようもない感傷に陥った。


「嘉琳さん、そういうの、あんまり見ちゃダメですよ」

「ふぁっ!?何見てんだーっ」

「せっかく耳打ちしたのに、騒がないでください」

「別に全然知らない人に見られても、気にしないけどさぁ。颯理に見られていると思うと何か、ぞわぞわっとするんだよね……」

「そんなマインドじゃ、浮気できないですよ……」


「で、えーっと何だって?」

「いや、病状をググるなってよく言うじゃないですか。それくらいのリテラシーは持っといてくださいよ」

「あっはい、確かにそうっすね……。そうだねっ、全部、颯理の言う通りですっ」


 私は語気を強めて念を押した。


「あのさっ、私の髪をいじくるのやめてくれる!?」

「うわぁっ、生きてたのか」

「嘉琳は屍に癖を感じるのか!?」

「ちがっ、断然生きてるほうがいいですーっ」


 下に座っている時雨の髪をくるくる……ではなく、キューティクルを確かめていたら、彼女は珍しく感情を剥き出しにした。颯理に容喙されると面倒なので、ハッピーがいっぱいなことを検索してよう、日蓮宗とか。


「ほら、うちの父がおいしいお店を探してくれましたよ。ここ行きましょ」

「おー……、でも大丈夫かな、好き嫌いとか」

「それは嘉琳さんが聞いておかなかったのが悪いんですよ」

「いや、時雨の回答もたいがいだったけど?」

「まあそれは……ダメです。インタビュアーとしての能力が足りてないってことですから」

「手厳しいなぁ」

「でも大丈夫、嘉琳さんが頑張ってるっていうことは、きっと時雨さんに伝わりますよ」


 真摯で深刻な顔をしている颯理と目が合ってしまった。何か、出てもない汗が、垂れてくる感触がある。あれ、私は何を考えて……?


「嘉琳さんは心配性なんですから……。似た者同士ですねっ」

「うぐぇっ?そうかな、そんなんじゃない、そんな不敬な……」

「おい、なに二人でいい雰囲気になってんだー。もてなせ、私は客だろー」


 時雨が背もたれに首をかけて、後ろに座る私たちを煽った。


「ななんだ、何もしてないぞ?生産的な議論も、恋人繋ぎも、学歴じゃんけんもしてないしてない」

「もししてたら、私はここでバスを降りさせてもらうよ……。それはいいとして、バスの中でも私を楽しませてごらんなさいよ」

「だってさ、颯理」

「そうですかー、ならトランプでも……」

『そんなありきたりが通用するかーっ!』


 私と時雨の台詞が見事に被った。

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