ミヤコワスレ

「ここです、ここ」

「おー、第一印象は駐車場がとにかく広いだわ。田舎のコンビニかよ」

「そうです。元々コンビニだったらしいですが、移転したとか何とか」


 放課後、颯理にいいお店があると言われたので、ここで作戦会議を開くことにした。喫茶「ミヤコワスレ」、国道沿いの広大な敷地の一角に、不釣り合いな大きさの緑に覆われた母屋がたたずんでいる。颯理の母親の朋友が開業したらしく、顔が利くので、色々サービスしてもらえるかもしれないらしい。


 店名の通り、店内にはミヤコワスレが七分咲きといったところであろうか。どのニッチにも、植木鉢が置かれていて、この辺に手入れが行き届かなくなったら、閉店も近いのだろう。


「しかし、こんな一等地に、こんな広い店を構えるなんて……。ぶっちゃけ、結構土地代とかしたんじゃないのー?おっ、この椅子、座り心地が最高」

「まあ知りませんけど、裕福な実家らしいですからー」

「あー、しゅしょー!ひさしぶりー、本当にお友達連れてきてくれたのー!?」


 全身をいかにもな喫茶店らしい制服で固めている、マスターらしき女性が出てきた。しかし、母親と同じくらいの年齢だとしたら、その鮮やかな色合いはきつくなってくるんじゃないか……?


「だから、その呼び方やめてくださいよ……」

「ふふーん、日本の未来を担うのは君しかいないよーっ」

「私も、颯理になら税金払ってもいいよ」

「いや、嘉琳さんまで乗っからないでくださいー」

「まあ、せっかくお友達が来たんだしね。裏メニューの、スーパージャスティスパフェを半額で出してあげよう」


 なんだその、メリケンチックな名前。どう考えても、パテが十枚ぐらい挟まったハンバーガーが出てきそうなんだけど……。


 パフェはモンブランを彷彿とさせるぐらい大きかった。大半が生クリームとフルーツで構成されていて、安いコーンフレークみたいな部分がほとんどない。これはこれで、逆に辛いものがある。


「とりあえず、食べましょうかー」

「呑気にしてられないなぁ。アイスが溶けちゃう」


 私は、取り分ける意味があるのかわからないぐらいのペースで、パフェを食い続けた。本題そっちのけだが、食べ物を粗末にするなと刷り込まれているので、この手を止められない。


「いい牛乳を使ってるから、生クリームだけでも全然飲めちゃうんだよー」

「確かに、これの三分の一ぐらいならいけそうですね」

「嘉琳さんって、結構食べるんですねー」

「おい、見てないで颯理も食べてよ。ぶくぶく太らせてから、私を食べるつもりか?」

「あー思い出した、フォアグラを入荷したから、二人とも食べってよー。たぶん食べたことないでしょ?」

「いや、お腹いっぱいっす……」

「ついでに日本酒も用意してるから。特別に飲み放題にしてあげようか?」

「待て待て、未成年に酒を勧めるな!」

「そうは言っても、付き合いの関係から、地域振興のために日本酒も提供してくれって言われてて……。でも喫茶店で酒飲む人なんていないから、余ってて割とピンチなの」


 ここは本当に喫茶店なのかと疑ってしまった。まあ、人と同じことをしていては生き残れない世の中ですし、個性があったほうがいいのかもしれないけど、どう甘く採点しても、この量のパフェは常軌を逸しているとしか思えない。いくら飲んでも、減ったような気がしない。


「じゃあ一瓶ください。親のために持ち帰ります」

「えー、未成年にお酒を売るわけにはいかないんだよ。ごめんねー」

「何、私は成人に見られてる?」

「そんなわけないじゃん。中学生にも見えなくないって感じ?」

「よくもまあ、初対面の人間に喧嘩を売るなぁ?」


 誰かが入店してきて、ドアの上のベルが鳴った。入口のほうを見ると、時雨と胡散臭い女が入店してきていた。って時雨!?ただでさえパフェ食べてて、何の進捗もないというのに……。


「どうして隠れる必要があったんですか……」

「えー、だって聞かれたらおしまいというか、ねぇ」

「奥にお座敷があって助かりましたね」

「まっ、というわけで、目の前から邪悪なパフェも消えたことだし、時雨を楽しませる方法を考えよー!」

「あの嘉琳さん、あの人たち、私たちのパフェを食べてますよ」

「なんで!?まあもういらなかったからいいけど!」


 これで変に意地を張らなくて済む。ほっとした。


 お座敷で日本人の心を戻しつつ、私たちは例のことについて、ようやく話し合うことができた。マスターが、こっそりほうじ茶まで出してくれたので、これをすすりながら……。


「心理学者のマズローは、欲求5段階説を提唱したわけだけど……」

「え、そういう感じでいくんですか?」

「彼女が望んでいることを、的確に分析することこそが、勝利への近道なのですっ!」

「たぶん、遠回りですよ……」


「じゃあやっぱやめて……。マレーっていう心理学者は、欲求を39個に細分したらしいけど、時雨はそのうちのどれが不足していると思う?」

「私はそれ、何にも知らないんですけど、嘉琳さんは目星が付いてるんですか?」

「一個も覚えてないけど。そういうのがあるらしいっていうのを、知ってるだけ」

「真面目に考えてくださいよ……。そもそも、その時雨さんの趣味とか嗜好とか、一つでも知ってることあるんですか?」

「その辺は抜かりないに決まってるでしょ。今朝、電車の中で聞いておいたよ」

「おー、じゃあ聞かせてください」


「まずは好きな音楽ー」

「好きなアーティストのライブとか行けたら、瞳に光が戻りそうですね」

「J-POPだそうです」

「それだけ?」

「特定の人とかグループが好きーっていうのはないらしい」

「音楽への関心具合は、人それぞれですからね……。かくいう私も、そこまで詳しいわけじゃないし」

「一応、軽音の人じゃありませんでしたっけ……」


「他にはどんなことを聞き出せたんですか?」

「癒されるものを聞いたら、莞日夏って返ってきた。よく吸ってたらしい」

「そういう欲望なら、猫とかでも叶えられるかもしれないし、動物のかわいい動画、たくさん送りますね!」

「いや、たぶん莞日夏以外に興味ないと思うぞ……。私を吸うか聞いたら、ガキを見るような目をされたし」

「へー、私はもう少し小さい子のほうが、純粋そうで好きですよ」

「颯理の癖は聞いてないんだけど……。というか、私を子供扱いするなーっ」


 そこまで身長が高いわけではないが、別に幼児体形というわけでもないのに、みんな私をかわいがられる対象として結わいつけるのはなぜなのか。


「だからもっと小さい子って言ったんじゃないですか。えー、どこ吸われたんですか?」

「吸われてないからね?はちゃめちゃに嫌悪感を噴出してたからね?」

「ガキを見るような目って言うから、てっきりそういうことかと……」


 颯理は小さい子が好きなのか。これは喩えに失敗したなぁ。


「えーっと気を取り直して、死ぬまでに見たい光景は、黄泉の国だってさ」

「死んでからいくらでも見られるよね、それ」


「あとは、好きな花?」

「確かに、好きな花を贈られたら、つい口元が綻んでしまいますね」

「ギンリョウソウ」

「何ですか、それ。あまり聞き馴染みがないですね」

「何か、光合成をせずに、菌類が作った栄養で生きている、ニートみたいな植物らしい」

「それって、花束にして贈れないやつですよね」

「画像見たけど、おそらく」


「あー、嘉琳さんと仲良くなった人だし、傾奇者だとは思ってたけど……。まだ、何かを楽しいと思う感情が残ってるのかなぁ」

「いや、それを私たちで取り戻すのだ!」

「自信を火砕流のように流すのはいいですけど、何も決まってないですからね」

「わかるでしょ?颯理、私があんなに悩んでたのが。もう狂いそう」

「そんなこと、危惧しなくても、すでに狂ってますから……。まあ大丈夫!それより、もう時間があれですし、今晩私もいろいろ考えてみます」

「うおー、助かるーっ、よろしくよろしくー!」

「ちなみに、嘉琳さんも名案を築くんですよ。私よりも、いい案を期待してますっ」


 颯理は笑顔で恐ろしいことを言って、笑いを誘おうとしたのだろうが、まあそもそもこの旅を提案したのは私なのだから、彼女に丸投げというわけにもいかない。今日も、颯理からいい案を貰おうと思ったのではなく、人に話して状況を整理したかったのである。私たちは時雨たちが、あのパフェを食べ切って、店から出て行ったのを確認してから解散した。

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