こういう人

 今日の朝も顔を合わせたが、結局のところ、時雨の瞳に、あんまり光が戻ってきた感じはしなかった。あれだけ感動して、私のことが大天使ラファエルに見えてきたはずなのに、いったい何が足りていないと言うのか。うーん、まあ実際に琴線に触れること、心が揺さぶられることを体験しないと、たった今生きていることに、意義を見出せないのかなぁ。


「にゃにゃにゃ、にゃんだ?」

「あの、猫はそんな喋り方しませんよ。猫になりたいなら、もっと動画でも見て勉強してください」

「別に猫になりたくなったわけじゃないよ?だって猫になったら、趣味が全然できなくなるじゃん。ただ四六時中寝っ転がるか、猫じゃらしを追いかけるだけの人生、嫌すぎるんだけど」

「猫を馬鹿にするのはやめてください!きっと猫として生きても、楽しいことはいっぱいあるはずです!」


 このやたら猫を擁護する、頭に毛の生えた白玉を二つ乗せた少女は、笹川ささがわ さつという。同じクラスのたまたま前の席にいたから、適当に意気投合した感じだ。全然、色眼鏡をかけて、斜に構えて言うと、いわゆる優等生で成績は優秀だし、学級委員長も務めるし、生徒会の仕事で忙しいので部活には入らないという人間だ。ちなみに彼女は軽音楽部に入ってる。


「昨日のことなら、たぶん私以外誰も見てませんよ」

「えー、そういうことを言われると、何かもやもやするから、いちいち触れないでよー」

「あっはい。でも何か思い詰めてるようだけど、どうしたのかなーって」

「私が悩んでるのが、そんなに似合わない?」

「思い詰めてるのが似合う人なんているわけないじゃないですかー」


 それはどうなんだろうか。似合う似合わないという観点なら、幸薄そうな容姿で、いつも何かと愚痴ばかり口にしてしまう人は、似合っていると言えることがあるかもしれない。そういうキャラクターで通っているという感じで。まあ、颯理はそういう不幸な反例を探す人間ではない。サブテラニアンに足を突っ込まず、花道を愛想振りまきながら歩くような少女だ。何だろう、アザレアとか添えるといいのかなぁ。関係ないけど、ピンク色だし。


 とりあえず、心のどこででも誤解されないよう、私は颯理に時雨のことを説明した。彼女がどうしてそんなにしおれているのか、それは恋人であった莞日夏が自殺してしまったことに起因するらしい。時雨は本当に莞日夏を愛していた。それは熱の入り具合でわかる。要約すると、義鳥の名に恥じぬ優しさを持ち、どこまでも一生懸命な幼女だったらしい。


そこまで愛していた人が、見るも無残な姿で発見されたという一報を、前兆も、別れの言葉もなく、突然耳にしたら、誰だって正気を保てるはずがない。


そして、莞日夏を失って途方もない悲愴に襲われているのは、時雨だけではない。時雨と莞日夏とあと二人の計4人で仲良しグループを形成していて、莞日夏の死によって、その二人も大きなダメージを食らった。それによって、時雨は残された二人との友情も消えかかったので、失意の底に突き落とされてしまったようだ。


 これを颯理に淀みなく語っていると、自分のしたことの冷酷さが突き刺さる。それでも前を向いて生きろと、高説できるだろうか。事前にこれを知っていたら、あの時の私は一歩も踏み出さなかっただろうし、手を伸ばさなかっただろう。


「女の子に恋愛してたんですねー。意外といるもんなんだなぁ」

「そこ?私の説明、わかりにくかった?」

「ぜっ全然そんなことなかったけど……?」

「例えば、難しい内容の講義を聞いて、その感想を書かなきゃいけない時に、しかたないから自分の手が届く、開始五分ぐらいの内容だけかいつまむやつあるじゃん?そんな感じに見えた」

「私の理解力を侮り過ぎでは?これでも入試の点数はトップだったんですよっ」

「何か怒ってる?」

「そ、そんなわけないじゃないですか。そんな器が小さかったら、嘉琳さんのこと、もう何回日本海に流してたかわかりませんよー」


 一応、さっきも述べたように、颯理は誰にでも愛想を振りまいて、親身になれる人間だ。もっと踏み込んで言えば……、ぼっちの奴が、物腰柔らかに用事を頼まれて、何度かこのやり取りを交わすうちに、片想いになって玉砕する相手、とアデュナトンを使えば通じてくれるだろうか。それなのに、私の前では何か変だ。


「まっ、明るい話をしよう?どうしたら、時雨に生きる意味を持たせてあげられるのか、考えよーっ!」


 こういうフレーズに、拳を突き上げるのは様式美だ。


「それって、明るいですか……?」

「何、颯理はほとんど見ず知らずの人間の未来を、黒く塗りつぶしたいの?」

「しょうもないこと言ってると、協力しませんよ」

「いつも優しいあの子に、裏の顔があるって怖いよね。あー、いま私は、とても手が震えてるぅーっ」

「とりあえず、 “生きる意味” なんてたいそうな看板は下ろして、もっとポップにしたほうがいいと思う。例えば……その莞日夏って子の代役を探すとか?」

「ぜんっぜんポップじゃねー!ホップかよ、ほろ苦いよ。しかもそんなしかつめらしい表情で言うな!」

「私だって、何の前触れもなかったら、たぶん耐えられないと思う……。それに、嘉琳さんに心中を吐露したのだって、心の拠り所にしたかったからじゃないですか?」

「心の拠り所がいつまでも莞日夏っちじゃ、色々まずいでしょ……。まあ普通に、時雨を楽しませる方法を企てるかー。放課後空いてる?作戦会議をしよう」

「今日……、ん、今日の練習は中止になったのか。いいですよ」

「よーし、盛り上がったきたーっ」

「何が見えてるんですか……。盛り上がってるフロア……?こわいこわい……」


 そういうわけで私と颯理は、放課後に楽しい楽しい密談をすることになった。はるか昔、少年と少女の心を半分ずつ持ち合わせている、なんて誰かに言われた気がするけど、まさしくその両方を兼ね備えた行動だったと思う。

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