あからさまな茶会

 私はこの勝負時に、スマホを見て時間を潰していた。あちらでは出身中学の話、こちらでは好きなみかんの品種の話をしているようだ。みんな、友達作りを頑張ってるんだなぁ。


 後ろから肩を叩かれた。同時に、紅茶の温かい芳香が、私の前にもたなびいてくる。後ろを振り向いてみると、花柄のティーカップに入った、オレンジ色の紅茶が湯気を立てていた。


「飲んでみる?」

「えーっと……結構です」

「遠慮せずー、ほらほら」

「じゃあいただきます……」


 後ろの席に座る、この赤銅色の髪を垂らしている少女が淹れたのだろう。机の上には、ティーポットだったり、電気ケトルだったりが展開されていた。私はしかたなくこれを口に含んだ。


「おいしい?」

「うーん、雰囲気に踊らされてるだけかなぁ」

「そんなことはないよー。いい茶葉使ってるし。まあ、キャンディ産だから、あんまり当たり障りがないのが特徴かな。がつんとは来ないみたいな?」


 熱いのでちびちび飲むしかないわけだが、自分でも驚いたことに、私はそれにすら苛立ちを覚えていた。一向に減らないし、喉が潤される感触はないし、少し手元が狂うと舌を火傷するし、紅茶を淹れた少女の目線が痛いし、内心で貧乏ゆすりをしながら、出してもらった紅茶を飲み干した。


「もう一杯いく?」

「結構です、お腹たぷたぷになっちゃう」

「そう」


 少女は自分の分をカップに注いで、すぐに飲み始めた。くるくる回したり、香りを楽しんだりという工程を経なかったことには、好感が持てる。


「私は立花たちばな 、立教大学の立に、花鳥風月の花に、ずっと真夜中でいいのにの真に、朱印船の朱に、帆立の帆で立花 真朱帆。せっかくだし仲良くしようよ、時雨ちゃん」

「あぁ、はい、こちらこそ……?」


 紅茶まで用意して、そこまで自分を着飾らないと、この学校では振り向いてもらえないのだろうか。


「これは完全に趣味。いま時雨ちゃんが使ったカップだって、結構するんだよ?まあ、こっちのほうがもっとするけどねー」


 真朱帆は自分が口付けたカップを持ち上げてそう言った。しかし、金持ち自慢になりかねない、割と危ない橋を真朱帆は渡っている気がする。私はそれで敬遠しないけど……。


「えっと、一体どこからそんな金を顕現させてるんですか?」

「うおっ、結構えぐいことを聞くね……。お父さんが商社勤めで、海外出張も多いから、お土産として色々買ってきてくれるんだよー」

「結局、自慢には変わりないじゃない」

「いや、総合商社じゃないから許して……」


 嫌なことがいっぱいあったので、見境なく毒を吐いていたら、先生が教室にやってきたので、前を向いた。


 今日はまるまるHRだったり、学年集会だったりに時間が費やされた。正直、授業と違って聞いて参加しないといけないので、こっちのほうが苦痛だった。私は前の人の髪の本数を数えたり、時計を凝視したりして、何とか乗り切っていく。元気だったら、こんなことに対しても笑い転げて、半分くらいの時間を消費できただろうが、今の私に笑う体力はない。


 やっと終わったので、私は一度座ったまま背伸びをして、開けてもないリュックを手に取り、教室を後にしようとした。真朱帆がここで呼び止めてくる。


「何、昼ご飯持ってないし、私は帰るよ」

「えー、部活紹介見ていかないのー?」

「うん、興味ない。部活入る予定ないし」

「きっと後悔するよー?10年、20年後に」

「その頃には、時間を遡行できるようになっているほうに賭ける」

「そんなむちゃくちゃな……。まあ、また一杯淹れるからさ。今度は違う産地だよ」

「私に差がわかるとでも?」


 まあ井の中の蛙かもしれないが、親や友人からは舌が肥えていると言われるので、違いを見極めることに自信はあるが、それを面白がられると長くなりそうなので、今回はパスさせてもらおう。


「素人でも、その違いを楽しめるぐらいには違うからー。ほい、これだけ飲んで帰って?」


 振り返らずに心を鬼にして、意志を乾かして、家に帰れば良かった。なにせ真朱帆は用意周到で、この会話を持ち掛けたときには既に、カップに紅茶を注いでいた。


「あの、私、実は猫舌で……」

「そうなんだー。私は猫舌の女の子が、舌先で温度を確かめてるの、結構かわいらしい仕草だなーって思うけど」


 これは暗に “お前は猫舌じゃないだろ” ということを示唆しているのだろうか。朝、普通に熱々の紅茶を普通に飲んでいるのは見られているし、観念した私は、急いでいるにもかかわらず、真朱帆の紅茶を嗜むという余裕を見せつけて、自分の機嫌を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る