第55話
この日のためだけに作られた特製衣装は、イメージカラーのピンク色で作られたドレス。
煌びやかなアクセサリーに、髪型は綺麗に巻いてもらって、今目の前にいる人たちはみんな夢実のために集まってくれている。
ずっとこの景色に憧れていた。
ファンの人がその先ではなくて、自分だけを見つめてくれる。しっかりと見つめ合いながら、ステージ上で彼らに手を振る時を。
「みんなー!今日は来てくれてありがとう」
あたり一面ピンク色で、キラキラと煌めくペンライトがとても綺麗だ。
ステージの上から見える美しい景色を、目に焼き付ける。
きっと人生で、この景色を見られる最後の日になるから。
ずっと憧れ続けた桃色の景色に目を奪われながら、気づけば涙が込み上げてきていた。
ピンクになりたかった。
憧れたアイドルのようにキラキラと輝いて、誰かを勇気づけられる存在になりたい。
そのためにかけ走って、夢が叶ったはずで。
「アイドルとして過ごした時間は私にとって本当に宝物で……私を見つけてくれて、本当にありがとうございます」
何も嘘はついてない。
ステージの上で紡ぎ出す言葉は紛れもない本音だというのに、胸が締め付けられるような思いだった。
ステージが暗くなって、音楽が始まる。
夢実の卒業シングルであるこの曲は、センターを務めさせてもらっていた。
ようやく迎えた卒業コンサート。
アイドルとして活動できる最後の日だから、一瞬一瞬を胸に焼き付けていた。
「……ッ」
手を振ってステージを歩きながら、手先が震えてしまっていることに気づく。
この先は関係者席で、足を進めることが怖いのだ。
あの子は今日、来ているだろうかと、そればかりが気になってしまう。
ダメだ。
ステージの上でたった1人のことを考えるなんてアイドル失格だ。
憧れたアイドル、五十鈴南であれば絶対にそんなことしない。
歌を歌いながら、いろんな想いが込み上げてくる。
アイドルになるために明け暮れた日。
一度は絶望に打ちひしがれた日。
あの子が手を差し伸べてくれた日。
想いが結ばれた日。
何気ない日常が愛おしくて、そしてその幸せを自分で手放した日。
「夢実ちゃん!」
ファンの人から名前を呼ばれて、笑顔で手を振る。
高いヒールでステージを歩いて、とうとう関係者席の前に到着してしまった。
そこには、友人である撫子に、お世話になった大崎ココナ。
大好きな母親と弟の大翔の姿。
そして、あの人がいることに気づいて両目から涙が溢れ出してくる。
「……ッあ」
歌う声が微かに震えて、瞬きをすれば溢れ出してまいそうになる。
そうだ。
ずっとあなたに見てもらいたかった。
あなたに可愛いと言って欲しかった。
どうすれば喜ぶか、そればかり考えていた。
一番近いところで、あなたに名前で呼んでもらいたかった。
体温に触れて、愛おしさで顔を綻ばせたかった。
「夢実ちゃん」と、あの声で名前を呼んでもらいたかった。
本当は離れたくなかった。
ずっと一緒にいたかった。
あの選択を何度も後悔した。
どうして、なんであの時。
見て見ぬふりをすれば良かった。
そうすれば叶と一緒にいられたのだろうか。
アルコールとタバコの煙でかき消していた、夢実の本音。
本当は、そうだ。
幸せのはずなのに、苦しいのはきっとそれ以上の幸せを知ってしまったから。
ファンの人が目の前にいるのに、考えるのはあの子のこと。
手を伸ばして、1人に向かって人差し指を突き出す。
そしてあの日と同じように、そのままバンっとピストルを撃ち抜くようなポーズをとった。
私、アイドルになれたよ。
あなたのおかげでアイドルになれたんだよ。
だけど、なんでかな。
こんなにも悲しくて、苦しくて仕方ない。
泣き腫らしたみっともない顔で、こんなことをしても意味がないと知りながら。
もう一度好きになってもらいたいけれど、それも儚い夢だと分かっている。
これで良かった、間違っていなかったと、そう思い込むしかないのだ。
こうして夢実の4年半のアイドル人生は幕を閉じたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます