第54話


 SNSのトレンドには一位で入っていて、応援してくれる人の力を感じていた。

 ちょうどその日に大きなニュースがなかったことも大きいだろうけど、卒業を惜しむ声に愛おしさを感じてしまう。


 卒業ライブまで半年もないため、残された時間は長いようであっという間だろう。


 レッスンをしている間は自分の痛みを忘れられた。あの子のことを考えずに済むから、がむしゃらになって励んだのだ。


 ぼんやりとスマートフォンでSNSを眺めていれば、トレンドのひとつしたに、『クソダサネックレス』というワードが入っていることに気づく。


 気になってタップするれば、そこに映し出された写真に驚いて息を呑んだ。


 「これって……」


 夢実がかつて、叶にあげようとしていたネックレスがダサいと話題になっていたのだ。

 ハート型のネックレスは結局渡すこともなかった。


 ダサい、こんなの買うやついるのか?と散々な言われようで、乾いた笑みが溢れる。


 「……私って本当にダサいんだなあ」


 ショックよりも笑いが込み上げてくる。

 

 あれはどうしたんだっけ。

 江ノ島のホテルであげようと思って、叶の家の引き出しに入れていた。


 そういえば、私物はそのままだ。

 洋服もアクセサリーも、思い出の品はあの子の家にある。


 「もう、捨ててるよね」


 四年前の恋人のものなんて、捨てていて当然だ。あの引き出しの中にはきっと、新しい恋人の私物が詰められているのだろう。


 あんなもの、あげなくて良かった。


 「……ッ」


 未練などなければ普通は捨てるものだけど、夢実の部屋はお揃いのものが飾られたままだった。


 高いものはたくさん買えるのに、安物のファストファッションを大切にしているのはあの子との思い出だから。


 見るたびに苦しくなるなら、さっさと捨てたらいいのに。


 カプチーノが作れるコーヒーメーカーは、実家にプレゼントしてから自分でも買った。


 「……もっと美味しかったのに」


 あの頃、なにもかもがキラキラして見えていた頃はもっと美味しかった。


 タバコの吸いすぎで、夢実の舌はバカになってしまったのだろうか。






 卒業発表から2ヶ月が経過しても、以前と変わりなく活動を続けていた。


 対面で行われるライブはもちろん、握手会だって参加している。


 雑誌の撮影に、卒業記念のアルバムまで撮ってもらったのだ。


 芸能界を引退することも発表していて、活動は年内の12月が最後だった。


 卒業ライブは4月なため、それまで4か月ほどは特にすることもないだろう。


 「……撫子と、ココナさん。あとはお母さんたちと……」


 テレビ局内にて、この日も撮影があった夢実はお手洗いへ行くために廊下を歩いていた。


 先ほどマネージャーから渡された、関係者用のライブチケット。

 最後の卒業ライブになるため、大切な人に渡すように言われていた。


 あと数枚残っているが、他に渡す人もいないため返却しようか、と考えていた時。


 偶然、あの子とすれ違ったのだ。

 広いテレビ局内ですれ違うことなんて滅多にない。


 アイドルと女優なんて、普段仕事でも関わることは殆どないのだ。

 

 ゴクリと生唾を飲む。

 ほんの少しだけ、欲を出した。


 よりを戻したいなんて思っていない。

 ただ、きっとこれが最後になるから。


 もう天才女優に話しかけられる機会なんて無くなってしまうから。


 反射的に腕を掴めば、叶が驚いたよう表情を浮かべて見せる。


 「……叶ちゃん、その……私今度アイドル卒業するの。芸能界も引退する」

 「知ってる……記事で見た」


 目が合わずに、避けられているのは明確だった。

 心が折れそうになるけれど、勇気を出してポケットからチケットを取り出す。


 「……もし興味なかったら、捨てて良いから」

 「でもこれ良い席でしょ?関係者席なんだから。私なんかより…もっと渡すべき人が」

 「私、そんなに友達いないし……どうせ捨てようと思ってたやつだから、あげる」


 どうしてこんなふうにしか言えないのか。

 もっと素直だったはずなのに、変わってしまったのはあの日からだ。


 強がりばかり覚えて、素直に思いを吐けなくなった。

 自分の本音が、彼女の才能を潰してしまうことに気づいてしまったあの日から。


 「……私を見つけてくれたのは叶ちゃんなんだから、最後も見届けてくれたら嬉しい」


 それだけ言い残して、彼女の返事を聞かずに立ち去っていた。

 もっと他にあっただろうに。


 角を曲がって、自分の手が震えていたことに気づく。


 「かっこわる……」


 こんなみっともない夢実をみて、幻滅されていたとしてもおかしくない。

 叶はもう前に進んでいて、夢実のことだって興味がないと分かっているけれど、せめて最後くらい、あの子に見届けてもらいたかったのだ。


 



 外に出れば白い吐息が溢れる寒い日に、温かいコタツの中で暖をとる。


 季節は二月で、事務所に内緒で夢実は実家に戻ってきていた。

 本当は卒業コンサートが行われる4月まではタワーマンションで暮らすように言われているけれど、それ以外に仕事はないのだから許してほしい。


 2ヶ月後には卒業コンサートをひかえていて、アイドルではいられなくなるというのに、不思議と未練はなかった。


 「今日はレッスンはないの?」

 「おやすみだよ。大学もあとは卒業式出るだけだし」

 「ほんとうによく頑張ったよね。アイドルやりながら大学も卒業しちゃうなんて……お父さんもびっくりするだろうな」


 父親が亡くなって、母親は女手一つで夢実と弟を育ててくれた。


 自分が成人をしたからこそ、それがどれだけ大変だったか分かる。

 

 「私、暫くゆっくりするからさ。昔のお父さんがいた頃みたいに配達の仕事たくさんやろうよ」

 「そうねえ……本当、懐かしい。あら」


 テレビからは叶がイメージモデルをしているコスメブランドのCMが流れていた。


 大人っぽい雰囲気に目を奪われる。


 「そういえば、覚えてる?」

 「何を?」

 「お父さん、テレビ番組の現場にもお弁当配達行ってたんだよ」


 あまりにも幼すぎて覚えていなかった。

 確かに父親の配達について行くことはあったけど、それが撮影現場だと認識していなかったのだ。


 「時々夢実も付いていって、まだ小さかった子役の女の子と仲良くしてたってお父さんが言ってた」

 「全然覚えてないや」

 「まだ小さかったからね。その女の子はもっと小さかったから、さらに覚えてないだろうけど」


 お茶を啜っている母親は、懐かしむように笑みを浮かべている。


 「けど一年くらいしたら、その子役の子がテレビに引っ張りだこになって、お父さんびっくりしてた。夢実が仲良くしてた子だって」

 「そんなことあったんだ」

 「あの頃夢実はお友達多かったからね。けど……ちょっと運命感じちゃったの。その子役の女の子が恋人としてうちにやって来た時」


 言わんとしていることを察して、信じられない気持ちで母親を見つめていた。


 「え……」

 「叶ちゃんと夢実、すごく小さい頃に会ってたんだよ」


 そんなことを今更言わないで欲しいという気持ちと、運命のようなものを感じてしまう自分が入り混じっていた。


 知りたかったようで、知りたくなかった。

 夢実はいま、すごく都合が良いから、また期待をして1人で自惚れてしまう。


 「……ッ」


 ずっと認めたくなかった。

 向き合わないように必死だったけれど、まだ好きだという想いが凄まじい勢いで込み上げてくる。


 未練ばかりが残って、過去を追い求めて。

 どうやっても前に進むしかないというのに、後ろ髪を引かれながらあの頃の彼女に手を伸ばしている。


 どれだけ言い訳をしようと、この想いを誤魔化すことはどうやってもできなかった。

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