第53話


 他の子達は出払っている控え室にて、夢実はぼんやりとスマートフォンをいじっていた。

 他所の楽屋へ行くメンバーもいれば、自撮りのために写りが良く撮れる場所を探しているのだろう。


 1人で広々とした楽屋を使用しながら、タバコに火をつけていた。


 アイドルの衣装に着替える前だから怒られないはずだろうと、一人なのを良いことに好き勝手している。


 トントンと向こう側からノックされて、どうせメンバーだと軽い気持ちで返事をした。


 「どうぞ」


 ガチャリと開いたドアに視線を向ければ、そこにいた人物に目を見開く。


 どうしてここにいるのだと、驚きのあまり息をするのも忘れてしまいそうだった。


 アイドルと女優の接点なんて殆どない。

 同じ芸能人といっても、共演はないに等しいのだ。


 ジッと彼女の視線の行き先を辿れば、夢実が手にしているタバコに注がれていることに気づく。


 慌てて火を消してから、何をしているのだろうと我に帰った。


 まるで過去のイメージを守るかのように、今の自分を隠そうとした。


 タバコとアルコールにまみれて、何のために生きているのかも分からないまま、ただ時間が過ぎるのを待つ日々。


 結局、今の夢実も夢実でしかないのに。


 「どうしたんですか……?眞原さん」

 「今日の音楽番組にゲスト出演するので、ご挨拶に」


 そういえば、叶の主演ドラマの主題歌を担当する歌手と共演予定だった。


 おそらく番宣に出させられたのだろう。

 気まずさから声を出すことができずにいれば、彼女のほうから口を開いた。


 「皆様お揃いではないですか?」

 「あ……あと20分後には戻るように言われていて…」

 「じゃあ、また後で出直します。今日はよろしくお願いします」


 彼女が出ていったのを確認してから、思わず両手で顔を覆っていた。


 いま、何を期待していたのだろう。

 バカだ、あまりにも愚かすぎる。


 叶は夢実のことなんてちっとも気にしていない。

 この前だって有名モデルとの熱愛が出ていたのだから、過去の女なんて、すっかり忘れている。


 だから意識するな。

 感情を揺さぶられるな。


 何年も抱き続けた夢をようやく叶えられたけれど、彼女にとって理想の夢実になれているのだろうか。

 ステージでキラキラと輝く夢実をみて、少しでも喜んでくれることを祈ってしまうのだ。




 夢実が所属するアイドルグループは4番目に歌唱を終えて、ひな壇に並んで座らされる。


 今日のトリは、叶が主演を務めているドラマの主題歌を担当するバンドグループだ。


 「本当に世界観にぴったりな曲で、ぜひサビの歌詞にも注目して聴いてもらいたいです!ドラマファンの方には刺さるんじゃないかな」


 そう言って熱弁する叶を、なんとも言えない気持ちで見つめていた。


 収録中、一回も目は合わない。

 

 当然だろう。

 夢実だって叶をみていない。

 いまは仕事中だから、こんなにも近くにいるというのに、手を伸ばせば触れられる距離にいるというのに、目の前のカメラをじっと見つめていなければならないのだから。




 人工的な灯りを小さな窓からジッと見つめていた。都会的なこの景色に感動したのは最初だけで、いまはどこか無機質に感じてしまう。

 

 車に揺られていれば、マネージャーから声をかけられる。


 「……卒業ブログ、今日の晩にアップするからな」

 「お願いします」

 「こちらこそ」


 橋から見える夜景は、1人で見ても何も意味がない。

 どんなに綺麗な景色も、結局は誰と見るかが一番大切なのだ。

 

 「……今日大丈夫だったか」

 「何歳だと思ってるんですか。過去の恋人と共演くらい平気です」

 「……じゃなくて、タバコ臭かったから」

 

 墓穴を掘ったことに気づいて顔を俯かせていれば、マネージャーが言葉を続けた。


 「……うちのグループがここまで人気になれたのは間違いなく夢実ちゃんのおかげだから」

 「眞原叶の間違いでしょう?」

 「違う。ダンスや歌のスキルも、プロ意識の高さも……夢実ちゃんがいたからキュッと引き締まって、良いグループになったんだよ」


 本当にありがとう、と言葉を続けられて、返事もそこそこに窓から見える景色を眺めていた。


 これで自分を納得させることができたら、どれだけ良かっただろうと思う。


 だからこの選択は間違っていなかったと、一体いつになったら自分を納得させられるのだろうか。

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