第51話


 ずっと憧れていた景色だった。

 ステージの上から自分のカラーを見つけて、好きだと言ってくれる人に舞台の上から愛を返す。


 ステージの上から見える景色。

 夢実の顔写真が載ったうちわに、夢実のカラーである、ピンク色のペンライト。


 スポットライトが眩しくて、キラキラとした空間にずっと憧れていた。


 初めて立った時の感動も、ファンの人からもらった言葉も全てが宝物だ。


 なのにどうしてだろう。

 どうしてこんなに、生きることが楽しくないのだろうか。






 ステージを降りて、お礼を言いながらマイクをスタッフの人に渡していた。

 アイドルグループに所属をして、活動してからもう4年が経とうとしていた。


 あっという間に22歳を迎えて、つまり叶と別れて4年が経ったということになる。


 月日の流れというのは残酷で、どうやっても後戻りすることはできない。

 ただ生きているだけで、目の前がキラキラしていた、毎日が幸せだったあの頃が、遠い過去のように思える。


 控え室へ向かえば、メンバー間で会話は交わされない。

 仲は良くないため、皆んなさっさとメイクシートで化粧を落として、帰る支度をしている。


 同じグループに撫子がいたら、また違ったのだろうか。

 

 「じゃあ、お疲れ様ですー」

 「明日は歌番組の収録だから、絶対寝坊するなよ」

 「はーい」


 続々とメンバーが退出していく中で、マネージャーに声を掛けられる。


 7人組グループの最年長は夢実だけど、リーダーは別の子だ。年上に権力が集中して、下のメンバーが萎縮しないように配慮されたのだろう。


 思い入れはあるけれど、彼女たちのことが好きかと聞かれたら言葉を濁してしまう。


 大切な人というよりは、戦友という言葉が似合う気がした。


 「……それで、本当に辞めるのか?」

 「はい……前から決めてましたから。大学を卒業するのと同時に辞めるって」


 大学とアイドル活動の並行はかなり大変だったけれど、来年で無事に卒業を迎えることができそうだった。


 今は卒業論文を書いている段階で、休みなんてほとんどない。

 だけどそれくらい忙しい方が丁度よかった。


 「芸能界も引退します」

 「……去年から言ってたからな……卒業コンサートはおそらく半年後の4月になると思う」

 「すみません、自分勝手で」

 「天口の人生なんだから気にするな」


 昨年から事前に相談はしていたため、強くは引き止められなかった。


 「……アイドルは楽しくなかったか?」

 「どうだろう……」


 楽しかったと胸を張って言えないのは、グループ仲が悪いからだろうか。

 それとも、同じグループに撫子がいないから。


 いや、きっとどれも違う。

 自分でも分かっているけれど、見て見ぬ振りをしてしまうのは、それに直視してしまったら、きっと息が出来なくなってしまうから。


 「けどせめて最後まで、全力でやりきりたいです」


 自分で決めた道。

 後悔をすると知りながら、夢実が選択したのだ。

 だからこそ、ファンの人のためにも最後まで全力でやり抜く覚悟だった。





 自分には到底縁がないと思っていた高層階のタワーマンションに1人で暮らしているのだから、人生というのは何が起きるか分からないものだ。


 ぼんやりとテレビを眺めていれば、以前撮影した炭酸飲料のCMが放送される。


 ありがたいことに、夢実はそこそこ人気がある。

 

 かつて憧れたあの人ほとではないけれど、グループでは一番だ。

 昨年辞めたいと相談した時、マネージャーや事務所からはだいぶ引き止められた。


 だけど、もう十分頑張ってきた。

 これ以上頑張ったら生きることが苦しくなってしまうから、その前に自分でブレーキを掛けたのだ。


 「……まだ消してないのか」


 スマートフォンで検索すれば、ユメカナ♡ちゃんねるはあの頃のまま存在していた。


 最後の動画は別れたことの報告動画。

 真っ黒なサムネイルで、コメント欄も非公開にしたもの。


 SNSもそのままで、インターネットの中だけは、四年前で時が止まったままだ。


 「パスワード忘れちゃったとか」


 しっかりものの彼女のことだから、きっとそれはないだろう。


 広い部屋で、ため息が溢れる。


 本当は家族3人であの一軒家にて暮らしたいけれど、アイドルでいる間は何かあったら困るからと、タワーマンションに隔離されているのだ。


 「……ッはあ」


 息を吸いながらライターで火をつけて、軽く吸った後にそっと煙を吐き出す。


 タバコの味を覚えたのは20歳の頃。

 別に味が好きなわけではない。

 ただ、気が紛れるから、精神的に辛くなった時に吸っている。


 最初はプロデューサーと行った、飲みの席で勧められた。

 断れる状況だったけど、断るのも面倒くさかったのだ。

 不味くてこんなもの二度と吸わないと思っていたというのに、気づけば自分好みの銘柄を見つけて毎日吸っている。


 「……始まった」


 テレビから聞こえてくる、あの子の声。

 彼女は女優に返り咲いてからあっという間に、トップの座に上り詰めた。


 今期もドラマの主演を務めていて、話も面白いため視聴率も良いそうだ。


 皆んな待っていたのだ。

 天才が戻ってくることを。


 ユメカナ♡ちゃんねるのファンなんて、眞原叶のファンの1割にも満たない。


 ようやく解放されたのかと、そういう声が多かった。


 「……髪伸びたな、叶ちゃん」


 短かったボブヘアはロングヘアまで伸びて、それもまた可愛らしかった。


 「……幸せだと良いな」


 才能に溢れた若い女優を周囲の人が放っているはずがない。叶の熱愛記事が出たのは1週間前で、相手は年上のモデルだった。

 背が178センチと高く、眞原叶は年上の女性好きだと面白おかしく書かれていた。


 「……ッ」


 当然だ。あんなに魅力的な女の子なのだから、さっさと次の相手を見つけるだろう。


 むしろスキャンダルといえば私服がダサい、と雑誌に取り上げられた夢実に比べればだいぶ健全だ。


 「……別にダサくないのに」


 タバコの火を消してから、必死に自分の心を誤魔化していた。


 「……私も前に進まないと」


 分かっている。

 頭では分かっているけれど、心は追いついてくれない。

 夢実の心はずっと、あの日に取り残されているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る