第47話

 帰宅してすぐに手を洗ってから、天口屋のエプロンを付けて一階へ。

 

 最近は叶の家にいることが多いため、最近反抗期に入りかけている弟はせいぜいしていることだろう。


 あともう少ししたら無視して「ねえちゃんウザイ」などと言ってくる様が容易に想像できる。


 キッチンに入れば、丁寧に盛り付けを施す母親の姿があった。


 「ただいま」

 「おかえりなさい。今日は叶ちゃんの家行かないの?」

 「なんか文化祭の出し物が決まらないから、放課後に残ることになったんだって」

 「そう。夢実のクラスは何するんだっけ?」

 「展示。めちゃくちゃ手抜きだよね」


 高校生最後の文化祭だというのに、あまり思い出には残らないだろう。

 しかし3年生ともなれば、入学当初は芽の出なかった生徒も段々と芸能界で地位を確立し始めている。


 忙しい生徒も多いため、準備に時間を要さない展示はピッタリなのかもしれない。


 「じゃあいってきまーす!」

 「大翔、気をつけてね」


 元気よく出かけていく弟に、母親と共に声をかける。

 アイドルの練習生として切磋琢磨していたあの頃と比べて、驚くほど平穏な日々が続いていた。


 ユメカナ♡ちゃんねるとしての地位を確立して、愛おしい恋人、そして大切な家族がいる日常。


 幸せすぎて、時々怖くなるくらい。

 こんなに幸せだと、この先に何が待っているのか少しだけ不安になる。


 ずっとこのまま、叶と一緒にいられたらいいのに。


 キッチンで作ったお惣菜を盛り付けてから、レジの前へ持っていく。

 学年が上がっても、アルバイトスタッフである青山一は天口屋で働いてくれていた。


 「お疲れ様です」

 「天口さん聞いてください!オレ今度レギュラーに選ばれて試合に出るんです」

 「そうなんですか?すごい!」


 相変わらずアメフトは続けていて、最近知った話だけど、かなり強豪校で活躍しているのだという。

 お客さんから聞いた話だと、高校時代は知る人ぞ知る有名選手だということも。


 「この前後輩から、夢実さんの実家でバイトしてるなんて羨ましいって言われましたよ」

 「ほんとうですか?」

 「どんどん人気になっててまじすごいっす」


 動画の閲覧数は下がるどころか右肩上がりで、とても好調なのだ。

 私生活でも仲が良くて、カップルチャンネルとしても上手くいっている。


 今が一番、生きてきた中で幸せだと胸を張って言えるのだ。




 

 背中には柔らかい感触が当たっていて、彼女の長い髪が頬に当たってくすぐったい。

 間接照明だけがついた部屋は落ち着いていて良いムードだけど、夢実と叶はまだその先を知らなかった。


 お揃いのパジャマを纏った2人。

 彼女が覆い被さっている状態で、深く唇を重ねあう。


 「ん……ッ、んゥッ」


 熱い舌に絡め取られながら、心地良さで意識が朦朧とし始める。

 柔らかくて厚い舌の感触が心地良くて、ゆっくりと絡ませ合っていた。


 ギュッと目を瞑りながら酔いしれていれば、優しく耳に触れられる。

 ビクンッと肩を跳ねさせれば、続いてうなじへと指が移った。


 「……夢実さん、可愛い」

 「叶ちゃんも可愛い」

 「……キス好きですよね、夢実さん」

 「だって気持ち良いし、叶ちゃん可愛いから」


 髪に耳をかけている姿が、大人っぽくてドキドキする。前から年齢の割に落ち着いていた彼女だけれど、最近はあどけなさが抜けてより一層洗練された雰囲気を纏っているのだ。


 「……あと2ヶ月で一年記念日ですね」

 「あっという間だったね」

 「……また江ノ島行きませんか?」


 2人が正式に結ばれた場所。

 相変わらず左手の小指にはペアリングが嵌められていて、もう一年も経ったのかと驚かされる。


 夢実もそのつもりだった。

 一年記念日はあの場所で過ごしたいと思っていたのだ。


 最近そういうことが多いと思う。

 2人とも同じ時に同じことを思うことが多いのだ。


 「……その時に、もう少し夢実さんに触れて良いですか?」


 言わんとしている事を察して、緊張しながら勇気を出して頷いていた。

 たくさんキスをして、色んなことを知っているけれど、まだ彼女の体の全ては知らないままだ。


 なんとなく、もうすぐだろうとは思っていたけれど、事前に言われるとは思わなかった。


 ゴクリと生唾を飲んで、期待をしながら叶を見つめる。

 一年記念日が楽しみで、一体どんな日になるのだろうと考えるだけでワクワクする。


 何をあげようか。どんなものをあげたら喜ぶだろうかと、早く記念日が来ないかと待ち侘びていた。

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