第46話
以前よりも長くなった髪を、サラサラとすいてあげる。短かったボブヘアは、鎖骨あたりのセミロングに。
時の流れを感じながら、隣で眠る彼女を置いて1人でリビングへ。
頻繁に彼女の家に泊まっているため、家の勝手は家主と同じくらい分かってしまう。
あれから一年の月日が経過しようとしているが、相変わらず2人は仲の良いままお付き合いをしているのだ。
ノートパソコンを開いてみれば、昨夜アップロードした動画にコメントがついている。
「あ、結構コメントきてる…」
月に二回ほどのペースであげている、夢実のダンス動画は割と好評で、頬を緩ませながらコメントを読んでいた。
たった一晩だというのに、多くの人に見てもらえている。
続いてメールボックスを開いてから、嬉しかった気持ちが一転、思わずため息をつきたくなる。
「……まただ」
夢実が元アイドルの練習生であったこと、踊ってみたの動画をSNSに上げていることから、まだ未練があると思っているのだろう。
公開しているメールアドレス宛には、いくつかの芸能事務所からお誘いが来るのだ。
もちろん内容はアイドルにならないか、というもので叶が見る前にいつも消すようにしている。
同時に、彼女宛にも届いているけれどそれはそのままにしていた。
「……もし知ったら、叶ちゃん受けろって言いそうだもんね」
ずっと昔から夢実のことを応援してくれていたあの子であれば、アイドルになるように促してくるかもしれない。
だけど夢実はいま、あの子と一緒にいることが何よりも幸せなのだ。
ちょうど自分宛のメールを消し終えたところで、リビングに寝ぼけ眼な恋人が現れる。
「おはようございます……朝早いですね」
背後からギュッと抱きしめられて、愛おしさで胸が締め付けられる。
高校2年生になって、少しだけ髪の伸びた恋人。
夢実も高校3年生に上がったけれど、相変わらず2人は仲の良い恋人同士でいられている。
もちろんユメカナ♡ちゃんねるも順調で、不安になるくらい幸せな毎日を送っているのだ。
「おはよう。顔洗っておいで?遅刻しちゃうよ」
「はい……」
額にキスをしてから、寝癖のついた髪を撫でてあげる。
恋人しか知ることのない、このゆったりと落ち着いたプライベートの時間。
当たり前のように彼女の隣にいられる奇跡。
アイドルになる夢よりも、いまはあの子と一緒にいたい。
だから、これでいいのだ。
夢実の中の理想のアイドル像は五十鈴南。恋人がいながらアイドルをやるなんてもってのほか。
もう十分過ぎるほど幸せだから、これ以上何かを望むつもりも毛頭なかった。
神妙な顔持ちの担任を前にして、夢実は居心地の悪さを感じていた。
困ったように眉根を寄せていて、これなら適当に何かを書けば良かったと後悔する。
「……天口、これだと先生も困るよ」
そう言いながら彼が渡してきたのは、白紙の進路希望表だった。
特に困らせたいだとか、反抗心で無記名だったのではなくて、気づけば回収時間になって、慌てて名前だけ書いて提出したのだ。
「すみません……」
「動画配信者としてやっていくつもりなら、それでいいけど……大学は考えてないのか?」
嘘をつく必要はないと、正直に首を縦に振った。
「けど天口、最近だいぶ成績良いから…勿体無いような気もするけど」
「良いんです。大学は最初から行く気なかったですし」
「……アイドルの夢は?」
当然彼らは夢実が元アイドルの練習生だったことは知っているけれど、今更それを掘り起こされるとは思わなかった。
「実は学校宛にも天口をスカウトしたいって連絡があったんだ」
「私をですか……?」
「眞原宛には女優にならないかって。お前たち、本当にいま大人気だもんな」
そう言ってくれる担任教師に愛想笑いを浮かべながら、胸がざわついていた。
決して否定されたわけではないというのに、どうしてか焦っている自分がいる。
将来のことをまったく考えていないわけではないけれど、いまはユメカナ♡ちゃんねるをもっと有名にすることだけを考えたい。
だからこれでいいはずだ、何も間違っていないと、必死に自分を納得させていた。
職員室を出るのと同時に、親しい友人と鉢合わせる。あの騒動以来、表立って仲良くすることは控えていたけれど、今となっては以前と同じペースで話せるようになっていた。
アイドルグループでデビューを果たして一年目を迎える撫子は、以前にまして美しくなっている。
「おはよう、いま登校?」
「そう。課題だけ提出しに来た」
「撫子は大人気だもんね」
「ありがたいことにね」
雑誌や音楽番組で出ずっぱりになるくらい、彼女が所属するグループは大人気で引っ張りだこ。
この美少女がいるのだから当然なのかもしれない。
「夢実は?職員室で何してたの」
「進路調査票出してた」
「そっか」
「撫子は高校卒業したらアイドル一本で頑張るの?」
「私は大学に行くよ」
てっきり芸能活動だけをメインに活動していくと思っていたため、意外な決断に驚いてしまう。
夢実だって分かっているのだ。
ずっとこのままでいられるわけじゃない。
お世話になった先輩のココナは、現在海外に留学している。皆色々と考えて、将来に向けて行動しているのだ。
どこか漠然としていたけれど、夢実も今一度将来について考えなければいけないのかもしれない。
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