第45話


 友達と恋人の違いが何なのか、明確な定義はないだろう。

 恋人同士でも適切な距離を保つ人がいれば、友達同士でも明らかに距離感が近い人もいる。


 その違いがよく分からなかったけれど、この幸せで愛おしい気持ちが答えなのだろうと、お揃いのルームウェアを身につけながら考えていた。

 

 「夢実さん」


 名前を呼ばれて、スマートフォンの画面から彼女のほうへ視線を向ける。


 拗ねたように頬を膨らましながら、クイッと夢実のルームウェアの裾を引っ張っていた。


 今日は彼女の家に泊まることになっていて、色違いのルームウェアを着ている姿がとても可愛らしい。


 「どうしたの?」

 「……いつまで携帯弄ってるんですか」

 「いま返事終わったところ」


 両手を広げて見せれば、嬉しそうに胸に飛び込んでくる。

 よしよしと頭を撫でながら、もう片方の手では背中を摩っていた。


 「叶ちゃん、甘えん坊さんだね」

 「好きな人が目の前にいたらくっつきたくなるのは当然です」


 ストレートな愛情表現に、つい頬が緩んでしまう。


 こんなに可愛い子が自分の恋人なんて、夢みたいだと思いながら優しく頭を撫でていた。


 「イチャイチャが終わったら動画撮影しよっか?」

 「……今日は別にいいんじゃないですか?」

 「叶ちゃんがするって言ったのに」

 「それよりも」


 唇を突き出されて、彼女の意図を察する。


 「……しょうがないなあ」


 触れるだけのキスをしながら、どうしてこんなに可愛いのだろうと考えていた。


 切なくなるくらい可愛くて、彼女のためなら何だってできるような気がする。

 

 強く抱きしめながら、愛おしい人が腕の中にいる喜びを噛み締めていた。





 正式にお付き合いを始めた二人は、以前にまして密着度が高くなっていた。動画内にもそれは表れていて、視聴者からも喜びの声が上がっている。


 好きな人とくっつけばくっつくほど、褒めてもらえるなんて最高だろう。


 秋の季節がやってきて、2人で薄手のパーカーを羽織りながら、手を繋いで夜の道を歩いていた。

 こんな風に、いつまでもこの子と一緒に季節の移ろいを感じていたい。


 「寒いからってコンビニに行って、普通アイス買いますか?」

 「だって食べたくなったんだもん」

 「お腹痛くなっても知りませんよ?」

 「そしたら叶ちゃんに撫でてもらう」


 エレベーターに乗り込んで、我慢ができずに叶にキスをする。


 嫌がられずに、それどころか口角を緩ませているのだから本当に可愛い。


 「……防犯カメラあるって分かってます?」

 「いいじゃん、ちょっとだけ」

 「ちょっとで済むと思わないでください」


 壁に押し付けられて、今度は叶のほうからキスをされる。

 一度、二度と触れるだけだったキスは、叶の舌先が唇に触れたことで大胆なものに変わった。


 そっと唇を開けば、口内に舌が差し込まれる。

 柔らかくて、温かい感触に、ひどく興奮している自分がいた。


 最近は少しずつ、そういうキスも増えてきた。


 「……ンッ、んっ、ッ」

 「夢実さん……ッ」


 熱い吐息とともに名前を囁かれて、ジンと体に熱が灯る。

 

 嬉しさで胸を震わせながら、目を瞑って叶との口付けを味わっていた。

 そして夢中になるあまり、エレベーターが目的階に到着したことに二人とも気づかなかったのだ。


 「……は?」


 聞き覚えのある男性の声。

 互いの唇が離れて、驚いたように声のした方へ視線を送る。


 「け、圭!?」


 弟の名前を呼んでいる叶は、どう言い訳しようか言葉を選んでいるようだった。

 お付き合いに対する言い訳ではなく、この場でキスをしていたことに対して、だ。


 「……あ…2人付き合ったの?」


 エレベーターが到着したことにも気づかないくらい、夢中になってキスをしていた。

 親族にそんなところを見られたら、夢実であれば羞恥心で耐えられないだろう。


 「ちが……違くないけど!けどこれは…」

 「あんまり公共の場でイチャイチャするのも程々にしろよ?」


 エレベーターに乗り込む彼に変わって、夢実たちは降りて部屋へ向かった。

 

 シトラスの香りがする部屋に入ってから、叶が泣きそうになりながら声を上げる。


 「夢実さんのせいです!」

 「ええ!?えっちなキス始めたの叶ちゃんじゃん」

 「けど最初にしたのは夢実さんだもん」


 恥ずかしそうな顔が可愛くて、軽く屈んでキスをする。決して怒っているのではなくて、恥ずかしくて仕方ないだけなのだろう。


 「……ごめんね?」


 ぷいと顔を背けてから、ぽつりぽつりと可愛いおねだりをしてくる。


 「……お風呂上がってから、髪乾かしてくれたら許します」

 「一緒に入る?」

 「それはまだ早いです!」


 以前も一緒に入ったことはあるというのに、お風呂は絶対に拒否するところが可愛らしい。


 同時に、夢実を意識してくれていることが嬉しくてキュンと胸をときめかせていた。




 その日の晩。

 2人でクイーンサイズのベッドに横たわりながら、ギュッと手を握り合う。暗闇で表情は見えないけれど、愛おしさを彼女に渡した。


 「……ねえ、叶ちゃん」

 「……どうかしたんですか」


 うとうとしていて、眠そうな声色。

 叶はお布団に入るとすぐ眠くなるのだ。


 「私、絶対叶ちゃんのこと大切にする。叶ちゃんの幸せを一番に考えるからね」

 「……それはこっちのセリフです。けど……私の幸せよりも、どうせなら……」

 

 そのまま眠ってしまったため、それ以上先のセリフを聞くことはできなかった。

 

 優しく髪を撫でながら、そっと額にキスをする。

 絶対にこの子を、世界でいちばんの幸せ者にしようと誓いながら。

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