第44話


 電車に揺られながら、隣に座る彼女に声を掛ける。

 放課後になって突然教室にやってきて、『夢実さん、いまから出掛けますよ』とどこかへ連れ出されているのだ。


 「どこ行くの?」

 「行ってからのお楽しみです」


 訳がわからないまま、窓から見える景色はどんどん自然なものへ変わっていく。


 何度か電車を乗り換えていて、行先がちっとも分からない。

 大体、放課後になっていきなり連れ出されて、彼女の意図が何一つ掴めないのだ。


 「ねえ、本当にどこに行くの?」

 「いいから…楽しいところです」


 1時間ほど経っただろうか。

 電車のアナウンスにて、耳馴染みのある駅名が聞こえてくる。


 到着してホームに降り立ってから、戸惑いながら叶に尋ねた。


 「江ノ島?どうして……」

 「夢実さん今日が何の日か分かってます?」

 「私の誕生日?」

 「分かってるじゃないですか」

 「え、そのためにわざわざ…?あ、動画の撮影か」


 誕生日のデート動画なんて、視聴者の人たちが喜ぶに違いない。

 しかし二人は今制服を着ていて、叶の持ち物からして着替えが入っているようにも見えない。

 

 制服をネットに公開してしまえば、二人がどこに在籍してしまうかバレてしまうため絶対にNGだ。


 「……たまには配信者ってことを忘れて、デートしましょうよ」


 手をギュッと握り込まれて、恋人繋ぎにされていた。

 本来であれば繋ぐ必要だってないのに、嬉しいからされるがままになっている。


 島内を歩きながら、隣にいる彼女に声を掛ける。


 「……けど、どうして江ノ島?」

 「……夢実さんが過去のインタビューで話してたから」

 「私そんなこと言ったっけ?」

 「練習生特集が載っていた2×××年の夏の号に…」

 「そこまで覚えてるの!?」

 「……あなたを一番長く見守っていたのは誰だと思ってるんですか?」


 呆れたような物言いだというのに、嬉しかった。


 そうだった、この子は夢実が知るずっと前から、遠いところで応援し続けてくれた。


 頬を緩ませながら、前回の反省を活かしてエスカーを利用していた。自力でも頂上まで行けるけれど、かなり疲れてしまうため、長いエスカレーターを利用することにしたのだ。


 「あっという間に着きますね」

 「だね。自分で登るのも良いけど、やっぱり楽できるところは楽したいや」

 「同感です」


 頂上に到着して、彼女の目的地である灯台まで向かう途中。

 手作りのアクセサリー店の前を通り掛かって、叶が足を止めた。


 「今日、プレゼントを忘れたんです。そこで何か買ってあげますよ」

 「本当?あ、ここハンドメイドできるよ」


 少しだけ、欲を出す。

 本当は叶にもらえるなら何だって良かったけれど、せっかくなら手作りのものが欲しかった。


 「せっかくだから2人で作ろうよ」


 コクリと頷く姿に、愛おしさを込み上げさせる。

 本来は予約制のお店だったけれど、平日で空いていたために空いている席に案内してもらえた。


 席に座ってから、スタッフが説明を始める。


 「じゃあ指のサイズを測らせてもらって…どうします?お二人とも自分のを作るか、相手のを作るか」

 「え……」

 「どちらでも大丈夫ですよ。お客様のお好きな方で」

 「じゃあ、お互いのを作り合いっこしたいです」


 そう言ったのは叶のほうだった。

 ペアリングのほかにネックレスもあったというのに、彼女は躊躇わずに前者を選んだのだ。


 形成した指輪のサイズを調整するために、専用の器具に取り付けられたリングをトンカチで叩いていた。


 「思ったよりも肉体労働だね」

 「……きっと世のカップルはこれをイチャイチャしながら作るんですよ」

 「トンカチ振り回しながら?」

 「…その言い方はジワるのでやめてください」


 楽しそうに叶が笑みを浮かべていて、今この瞬間を写真に収めたいと思う。

 可愛くて、嬉しそうな今の彼女を記憶だけじゃなくて、写真にも残しておきたいのだ。


 トンカチで形を整えた後はヤスリを掛けて、最後にはプロの力が加わって完成する。


 1時間ほどで完成したペアリングを、愛おしい気持ちで見つめていた。


 「これ、どうぞ」

 「叶ちゃんがつけてくれないの?」

 「……仕方ないですね」


 シルバーのシンプルなデザインの指輪。

 左手の小指に付けてもらって、煌めくリングをジッと見つめていた。


 値段でいえば、5000円ほど。

 大人からすればたいしたことがない金額だとしても、どんな指輪よりも価値がある。


 きっとこの先何十万、何百万という指輪をつけたとしても、この指輪が世界で一番美しく価値のある物のように感じるのだろう。


 お揃いのペアリングをつけた二人は、お目当てである展望台に登っていた。

 観光地であるこの街に、わざわざ平日に足を運ぶ人はほとんどいないのだろう。


 二人きりの空間で、夕暮れのオレンジ色の空を眺めていた。


 「……綺麗ですね」

 「だね、全部の景色が見渡せて……この前来た時よりもすっごく楽しいや」

 「桃山さんがいなくても、夢実さんは楽しいですか?」

 「当たり前でしょ?」


 珍しく、彼女のほうが不安そうだった。

 きっと夢実に話していない、何かがあると瞬時に察する。


 「……私は不安です。正直言って自信がない。多分私の方が自信がないです」

 「え……どうして……」

 「ずっと、あなたを見ていたから分かる。桃山さんがあなたにとってどれほど大きくて、大切な存在なのか」


 ジッと景色を見つめているというのに、彼女はまた違う何かを見ているようだった。


 「……いいな、と思ってました。一番夢実さんの近くにいられる桃山さんが。羨ましくて……私はずっと、桃山さんになりたかった。桃山さんのポジションになりたかった」


 優しく彼女の手を握る。

 変な誤魔化しや格好つけた言葉じゃなくて、思ったままに気持ちをぶつけた。


 「……撫子は友達だもん。叶ちゃんが撫子になっちゃったら、恋人になれないよ」

 「……ッ」

 「私は叶ちゃんと恋人になりたい……大好きだから、一緒に幸せになりたいなって思ってるよ」


 力強く抱きしめられて、同じように背中を腕を回した。

 いつ誰が来るか分からないというのに、お互い離れようとしない。


 「……私、重いですよ」

 「精神的にってこと?」

 「はい。めちゃくちゃ重いし、嫉妬深くて……あとたぶんストーカー気質です」

 「私、結構鈍感って言われるからそれくらいが丁度いいかも」

 「……本当、夢実さんらしい」


 キスされる、とすぐに分かった。

 目を瞑れば、想像通り唇に柔らかい感触が触れる。


 最近少しずつ慣れてきてはいるけれど、相変わらず胸が鳴るのは抑えられない。


 「……私も夢実さんのことが好きで仕方ないんですからね」


 その言葉に、彼女の想いが全て詰まっているような気がした。


 大切だと、大好きだと。

 最愛の人からそんな風に言ってもらえて、喜びのあまり涙が込み上げてきそうになる。


 絶対に大切にする。

 そう誓いながら、オレンジ色の光に包まれる中夢実のほうから彼女に口付けをした。

 

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