第43話


 スタイルの良い彼女は遠目でも誰か分かってしまうため、思わずぴたりと足を止めてしまっていた。

 

 このまま角を曲がって避けることもできたけれど、それでは何も変わらない。


 勇気を出して声を掛けるつもりでいれば、あちらのほうから先に挨拶をされてしまう。


 「おはよう」

 「あ、おはよ……」

 「少し話せる?」


 あんな騒動があった手前、堂々と話をする気はお互いなかった。

 朝ということもあって、人気の少ない廊下にて立ち話をする。


 ますます人気を獲得している撫子は、最近ほとんど学校へ来ていなかったため、顔を合わせるのは久しぶりだ。


 「……私決めたから」

 「なにを?」

 「アイドルとしてトップを目指す。私のグループが国民的アイドルになるくらい……絶対に上り詰めてみせる」


 真剣な声色に、強い覚悟を感じる。


 「……お互い自分の好きなことをして……満足のいく人生を送ろう?だから…これからも友達でいてくれる?」


 願ってもない申し出に、何度も首を縦に振っていた。

 夢実にとって撫子は大切な友人で、ライバルだった存在。

 人生においてなくてはならない、掛け替えのない親友なのだ。


 「……本当、夢実はバカ素直なんだから」

 「なにそれ」

 「褒めてるの」


 もし親友に戻れなかったらどうしようと不安もあったため、ほっと胸を撫で下ろす。


 「……撫子さ、この前言ってたでしょ?大切な人のためだったら、全てを捨てられるかって」

 「そうだったね……」

 「叶ちゃんのためなら、他の大切なものを全部捨てることが出来る。それくらい叶ちゃんが好きだよ」

 「……そんな顔されちゃったら、諦めるしかないよね」

 「なにをあきらめるの?」

 「夢実をアイドルにするって夢!」


 二人で顔を見合わせて、笑い合う。

 確かに夢実はずっとアイドルになりたくて、そのために沢山のものを犠牲にしてきた。


 もちろん夢が実らなくてショックだったけれど、今はもう、未練はどこにもない。


 夢実にとっていま一番大切なのは、あの子に振り向いてもらうことだから。




 二人で並んでキッチンに立っていると、まるで同棲しているカップルのようだと考える。

 夢実が洗ったものを叶が拭いた後、食器棚に仕舞ってくれているのだ。


 エプロンを付けている叶が可愛くて、最後の一枚を洗い終えてから、背後からギュッと抱きついていた。


 「……何ですか」

 「意識してもらおうと思って」

 「近いです」

 「近づかないと意識してくれないでしょ?」


 図星だったのか、叶が頬を赤らめる。


 恥ずかしそうにする姿が可愛くて、肩に額をグリグリと押し付けた。


 「……夢実さんって本当犬みたい」

 「叶ちゃんは猫だもんね」

 「私はネコじゃないです」

 「猫じゃん。ツンってしてるけど意外と甘えん坊」

 「…そっちの猫ですか」

 「違うの?」

 「もういいです。ほら、次は洗濯物するんですから邪魔ですよ」


 離れてと言われて、名残惜しく思いながら腕を解いた。


 一体どうやったら振り向いてもらえるのか。

 いや、振り向いてもらえてるいるけれど、あと一歩、なにかが足りないのだ。




 

 撮影をした動画を自身のスマートフォンで確認して、SNSにアップロードする。


 動画サイトではなく、SNSに度々ダンス動画をあげているのだ。叶も見るのを楽しみにしていると言ってくれて、フォロワーからの評判も悪くない。


 喜んでくれる声が嬉しくて、度々踊ってみたの動画をあげていた。


 「……そうだ」


 カメラアプリを開いて、インカメラ設定にする。普段はメッセージのやり取りばかりで、自撮りの動画をあの子に送ったことは初めてかもしれない。


 『叶ちゃん今何してるの〜?』


 少しおどけた口調で、短い動画。

 長すぎると見てもらえないかもしれないため、シンプルに完結させていた。


 あの子に送れば、5分ほどして返事が返ってくる。

 返信はメッセージではなくて、動画がひとつ。


 どうやらお風呂上りらしく、髪は濡れていて肩にはタオルが掛けられている。


 『…夢実さんのこと考えてました』


 それだけ言って、動画は終了してしまう。

 

 あまりにも可愛いくて、すぐにでも会いたい衝動を必死に堪えていた。

 叶が可愛くて仕方ない。

 口元を緩ませながら、画面をタップしてもう一度動画を再生させていた。





 以前にもまして夢実からスキンシップが多いのは、なにも日常生活だけの話ではない。動画内でもそれは変わらないため、最近解放したコメント欄は高評価ばかりだ。


 『最近2人とも前より仲良い気がする!』

 『イチャイチャ多くて最高』


 などと、喜ぶ声で溢れているのだ。

 夢実が構って欲しいと甘えて、叶が嗜めてばかりいるけれど、恐らく視聴者はそれを求めているのだ。


 次はどんな動画を撮ろうかと考えながら、移動教室へ向かっている最中。

 一つ年上のココナと遭遇して、小走りで駆け寄る。


 「あれ、ココナさん!お久しぶりです」

 「あ……夢実ちゃん」

 「最近全然見かけないから、何してるのかなって気になってました」

 「……実はね、高校を卒業したら留学をしようと思ってるの。芸能活動は休止して……向こうで色々やってみようかなって」


 つまりあと半年後、ココナは旅立ってしまうのだ。グラビアアイドルとして人気のある彼女だから、きっと惜しむ声が多いだろう。


 「そうだったんですね」

 「……本当にごめんね」


 一体何に謝っているのか、分からずに眉間に皺を寄せる。


 「え……」

 「応援してるから、頑張って!」


 それだけ言い残して、ココナは背中を向けてしまう。

 なぜ彼女が申し訳なそうだったのか、わからないけど、きっと深い意味はないだろうと楽観的に考えていた。


 だってココナは撫子と3人で、研修生として切磋琢磨してきた仲なのだから。

 辛いことも一緒に乗り越えた仲だから、離れていてもいつかまた、会える日がくるはずだ。

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