第42話
当該のネット記事はすぐに消されていた。
一体誰がリークしたのか気になるけれど、それよりももっと、夢実の心を締めていること。
眞原叶と天口夢実は釣り合っていない。
反響と世間の声が全てを物語っている。
側から見ると、二人は釣り合っていないのだ。
分かっているのだ、それくらい。
大人気女優として皆から愛されてきた叶と、アイドルとしてデビューも出来なかった夢実。
記事で知ったことだけど、おまけに叶は大企業の社長の娘で、生まれ育ってきた環境も、見てきた景色も違う2人。
叶は夢実のことを「推し」だと言ってくれた。
女優を辞めても良いくらい、応援したい相手であったと真相を教えてくれたけど。
だけど本当に夢実が彼女の隣にいてもいいのだろうかと、2人で帰っている途中、そんな思いに駆られていた。
気づけば季節も移ろい始め、日中でも少し肌寒い。
「どうかしたんですか?」
普段よりも元気のない夢実をみて、心配そうに覗き込んでくる。
華奢なところが可愛くて、ぱっちりとした目も、自分に真っ直ぐなところも。
見た目だけじゃなくて、最近は彼女の内面が愛おしい。
夢実のことを、真剣に考えてくれている。
「……もしかしてこの間の記事気にしてます?」
嘘をつく気になれなず、正直に頷いていた。
「そりゃあ気にするよ……」
「あんなガセネタ気にしても意味ないです」
「……ガセネタじゃないし、本当のことじゃん」
ちょうどマンションに到着して、二人でエレベーターに乗り込んだ。
立派なマンションで、セキュリティが頑丈なためルームキーをかざさなければエレベーターは動かない。
過去に稼いだお金で購入して、住んでいると言っていた。
夢実よりも年下の女の子が、このマンションを買えるくらいの大金を持っているのだ。
「……ガセじゃないよ」
部屋に到着して、室内に足を踏み入れたらシトラスの香りがする。
そこでもやはり差を感じて、劣等感のような、何とも言えない気持ちにさせられる。
この子は自分が手を伸ばしても届かないところにいる。
それがひどくもどかしくて、息苦しくて。
「……叶ちゃんには私より相応しい人がたくさんいる」
泣きたくないのに、泣きたくなる。
自分が惨めなのではない。
彼女に自分は釣り合わないという事実が、やるせなくて仕方ないのだ。
「……だって、叶ちゃんこんなに可愛いのに性格めちゃくちゃ良くて…かと思ったら格好いいし、そんな叶ちゃんのこと好きになる人なんて、これから何人も現れる」
「……そんな分かりもしない話」
「分かるよ!もしそうなった時…私は捨てられるんじゃないかって怖い」
無意識に溢れ出した言葉にハッとさせられる。
ずっとこの気持ちが何なのか、どう表せば良いのか分からなかったけれど。
そうか。
怖かったんだ。
叶の隣にいられなくなることが。
眞原叶の隣に当たり前にいられなくなることが怖くて仕方なかった。
「そんなことするはずないじゃないですか」
何を言っているのだと、安心させるように微笑む姿。
彼女と向き合って、気付かされる。
夢実よりも背が低いため、いつも軽く上目遣をするこの子のことが愛おしい。
胸がキュッと締め付けられて、かと思えばキュンと甘酸っぱくて。
ああ、そうか。
いつのまにか、彼女に恋に落ちていたのだ。
「あなたは私にとっての推し《 ピンク》なんだから」
きっと今までだったら嬉しくて仕方なかったであろう言葉が、物足りたく感じてしまう。
それだと嫌だ。
推しじゃなくて、それ以上になりたい。
手を伸ばして彼女の肩を抱き寄せる。
「……だったら私と釣り合ってやるって…それくらいの気持ちで来てくださいよ」
「迷惑じゃない?」
「当たり前ですよ」
許可もせず、彼女の唇を奪っていた。
驚いた顔の叶を見下ろしながら、そのまま噛みついてしまいたい衝動に駆られていた。
華奢だと思ったけど、肩幅は自分の方が薄いかもしれない。
手の大きさは、多分同じくらいだ。
「……じゃあ、これから遠慮しない」
「え……?」
「好き」
驚いたように、叶の目が見開かれる。
戸惑ったように、声を震わせていた。
「……好きってどの好きですか?」
「恋愛感情の好き。今自覚した」
「いまですか!?」
「だからこれから、叶ちゃんに好きになってもらえるように頑張る」
いくら恋愛経験が少ないとはいえ、いまの叶の反応を見ていると期待してしまいたくなる。
口角が緩んでいて、これでもかというくらい頬は赤らんでいる。
体温は平温よりも温かくて、気分が高揚しているのだろうか。
「……叶ちゃんは私のこと好きじゃない?」
「……い、今は言いたくないです」
「どうして?」
両手を顔で覆いながら、紡ぎ出された言葉はあまりにも可愛すぎるものだった。
「…だって、たった今好きになったって言われても…私の方が好きが大きくてずるいから」
つまり叶と夢実は同じ気持ちなのだ。
今目の前にいる、想いを寄せる女の子が、同じ思いを抱いてくれている。
「叶ちゃんも私のこと好きなの……?」
「一緒にしないでください。私の方が好きですから」
「え、いつから…?」
人差し指を口元へ持っていって、可愛らしく小首を傾げている。
「……悔しいから内緒です」
「なにそれ!ずるい」
「もっと、もっと私のこと好きになってください。同じくらい好きになったら…そしたらもう一度告白して?」
顔を近づければ、叶は背けなかった。
唇を触れさせても嫌がらなくて、普段よりも少しだけ長く口付ける。
一度離してから、もう一度唇を重ねても叶は受け入れてくれて、それどころか首に手を回して体を密着させてくる。
「ン…ッ、ん」
僅かに漏れる声が可愛くて、愛おしくて仕方ない。
こんなに愛らしい存在が同じように自分のことが好きで、受け入れようとしてくれている。
堪らなく嬉しくて、ひどく興奮してしまうのだ。
「……もう十分好きなのに」
顔を真っ赤にしながら、目はどこかトロンとしている。
早く自分のものにしたくて仕方ない。
もう偽物の恋人では満足できないのだ。
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