第41話
いつも通りの時間に登校してくれば、周囲の反応にどこか違和感を覚えていた。
二股記事が出たばかりあの頃みたいに、多くの生徒が夢実に視線を送ってくる。
ヒソヒソとなにかを言われていて、居心地が悪くて仕方ないのだ。
一体何なのだろうと戸惑っていれば、一人の女子生徒の声が鼓膜を震わせた。
「やっぱりあの2人釣り合ってないもんね」
たった一晩で何があったのか。
恐る恐るスマートフォンでユメカナ♡ちゃんねるについて調べれば、とあるWEBニュースを見つける。
その見出しを見て、全てを察した。
『父親は大企業の社長の娘と、小さな惣菜屋の娘〜現代のロミオとジュリエット(笑)』
一体誰がこんなことをしたのか。
そこには夢実のことを小馬鹿にした記事が掲載されていて、震える指でスクロールをして続きを読んでいた。
『天口夢実はシングルマザー家庭の娘で、父親は死去。借金から逃れるためか』
『所詮はアイドルになれなかった落ちこぼれのなり損ない』
『あの天才女優にどうやっても釣り合っていない』
有る事無い事を書かれた記事。
あの子の父親は確かに亡くなっているけれど、借金があったわけではない。
あまりにひどい言葉の羅列にめまいを起こしながら、撫子は屋上にあの人を呼び出していた。
「………これやったの、あなたじゃないですよね?」
悪びれる様子もなく、目の前にいる大崎ココナは頷いてみせる。
ずっと、この前の言葉が気になっていた。
涙を流す撫子にたいして、『私がなんとかするから』と言っていたのだ。
最初は信じたくなかったけれど、あの子の父親が亡くなっていることまでは世間に知られていなかった。
身近な人間が週刊誌に情報を売ったことは確実なのだ。
「そうだけど」
「……ッなんでこんなことしたんですか!」
「少し嘘も混ざってるけど、殆ど事実だから」
「だって大崎さん、夢実が好きなのに…なんで夢実が傷つくこと……ッ」
夢実は一体、どんな気持ちであの記事を読んだのだろう。
何も悪いことをしていないのに、悪意に満ち溢れた記事を世にばら撒かれた。
「眞原叶とあの子が別れるためなら何でもするって言ったじゃない……これで夢実ちゃんが離れる選択をすれば、一件落着じゃない?」
ゆっくりと首を横に振る。
彼女の真意は掴めないままだったけれど、撫子はぽつりぽつりと言葉を溢した。
「確かに私は夢実が好きで……あの子が手に入るならどんな手でも使う覚悟でした。けど……」
教室の入り口で見た、あの子の泣きそうな顔。
スマートフォンの画面をジッと見つめていて、その姿が痛々しくてみてられなかった。
中に入ることが出来ず、堪らずに飛び出してきたのだ。
「夢実が傷つくことはしたくない」
「甘いね」
「そうだよ、だから何年も親友のポジションに甘んじて……あっさりと夢実を奪われた!」
怖かったのだ。
大切だったからこそ、想いを告げて一番近くにいられなくなることが怖かった。
撫子にとって夢実は好きな人だけど、同時に大切な親友だったから。
そうして、結局何もしなかった様がこれだ。
「…………好きだから付き合えるんじゃない。何年経ってもダメなものはダメで……きっとこれから先何年経っても、私は夢実の恋人にはなれない」
そういうものなのだ。
月日を重ねれば付き合える話ではない。
夢実と撫子の関係は、友達以上にはならない。あの子にとって撫子は友達でしかなくて、恋人として、恋愛対象に入っていないのだ。
それはきっと、いつまで経っても変わらない。
ポロポロと涙を流していれば、優しく頬に手を添えられる。
同時に触れた、柔らかい感触。唇にキスを落とされたのだと理解して、撫子は目を見開いた。
「……なにしてるんですか」
「何年経ってもダメなものはダメって……そんな残酷なこと言わないでよ。私は希望が見たいの」
笑っているのに、泣きそうな顔だった。
彼女とは親しいつもりでいたけれど、初めて見る表情だ。
「絶対無理な状況でも思いが成熟する様を見たい……それが私にとっての希望になる。頑張ろうって……私にもチャンスがあるかもしれないって思えるから」
「何の話してるんですか……?」
「私は諦めたいの。だけどこの思いを……同じくらい成熟させたくて仕方ない。けど、私の好きな人はちっとも振り向いてくれないなら」
「そりゃあ夢実は眞原叶と付き合ってるんだから……」
ゆっくりと、ココナが首を横に振る。
そして、こちらに向かって人差し指を向けて来た。
「あなただよ」
「……ッ」
「……撫子ちゃんが夢実ちゃんと付き合えば諦めもつくと思った。それと同じくらい、付き合わないで欲しい…撫子ちゃんの思いは届かないで欲しいって思ってたの」
彼女の体が離れていって、咄嗟に腕を伸ばす。
しかし引き止めようとした手は、振り払われてしまった。
「……もう十分だから。撫子ちゃんとキスできたし……本当にありがとね」
さっぱりとした表情だった。
何も望んでいないとでも言いたげに、はなから自分の恋が実らないと悟っているようだった。
彼女の背中を見つめながら、やるせなさで下唇を噛み締める。
その姿に自分を重ねてしまう。
好きで堪らない相手から、ちっとも振り向いてもらえない歯痒さを痛いほど知っている。
「……何なのよ、もう」
胸がはち切れそうなくらいに苦しくて、相手のことを考えると自然と涙が出そうになる。
手を伸ばして、同じ気持ちを返してもらいたくて仕方ない。
その気持ちが痛いほど分かるから、大崎ココナに対する罪悪感で胸がヒリヒリと痛むのだ。
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