第38話


 可愛らしいボブヘアの後ろ姿を見かけて、歩幅を大きくして長い廊下を歩いていた。

 トントンと肩を叩けば、あの子がくるりと振り返る。


 「叶ちゃん!今日も放課後に家行っていい?」

 「良いですけど……撮影は今日やる予定ないですよね」

 「新しく作ったお惣菜が美味しくできたから、今日持っていく」

 「楽しみにしてます」


 ついでに何かお菓子でも買おうか、と考える。本当は甘いお菓子も作れたら良いのだろうけど、まだそこまで技術はない。


 叶と別れて再び1人で廊下を歩いていれば、ふとあることを思い出した。


 「……そういえば、今日だよね」


 スマートフォンで撫子が所属するグループ名を検索すれば、幾つもネット記事が上がっていた。


 可愛い!とたくさんのコメントが付いていて、夢実もどこか誇らしい。

 今朝の生放送番組にて、撫子が所属するグループがデビュー曲を披露したのだ。


 MVが公開されて以来、ファンの熱も上がっているよう。


 羨ましいけれど、以前よりもそう思わないのは、きっと一番に夢実を見つめてくれる人がいると思えるから。


 「私も撮影頑張ろう!」


 今度はどんな動画を撮ろう。

 叶とどんなところへ行こうか、一緒に何を食べようか。


 そう考えるだけで、ワクワクして仕方ないのだ。





 母親の作ったお惣菜をタッパに詰めようか悩んだけれど、結局一から夢実が調理をしていた。

 エプロンをつけて、早く叶の家に行きたいあまり時短レシピをチョイスする。


 彼女には夢実が作った手料理を食べてもらいたかったのだ。


 キッチンでいそいそと調理をしていれば、アルバイトスタッフである青山一が慌てたように駆け込んでくる。


 「夢実さん、SNS見ましたか!?」

 「え?見てないですけど……」

 「やばいことになってますよ!」


 そう言いながら、スマートフォンの画面を見せつけられる。

 目元を細めながら視線をやれば、そこき映し出されている文字に言葉を失った。


 「え……?」


 禁断の三角関係!?という見出しで、面白おかしく書かれたネット記事。


 そこには撫子と夢実が抱き合っている写真まで掲載されているのだ。

 もちろん深い意味はない抱擁だけど、何も知らない人が見ればどう思うのか。


 「なにこれ……」


 いつの間に撮られたのか。

 同時に、叶の言葉を思い出す。

 誰に見られているか分からないのだから、もっとしっかりしろ。


 おまけに、撫子のブログに写っている写真まで掲示されていて、そこに写っているブレスレットと、夢実が動画内で付けていたものがお揃いとまで特定されていた。


 『眞原叶は二股をかけられている?』と何も知らない第三者の玩具にされているのだ。


 手が震えて、頭が真っ白になる。


 デビュー直後のアイドルと、かつての天才女優と付き合っている元アイドル練習生。

 そんな3人の三角関係をネットは面白おかしく報じていた。





 震える指でインターホンを押せば、すぐに叶が迎え入れてくれる。

 彼女の表情も険しくて、きっとこの騒動についてすでに把握しているのだろう。


 「叶ちゃん……」

 「その顔は……もう夢実さんもあの記事を見たんですね?」


 コクリと頷きながら、ぎゅっとランチバックの紐を握りしめる。


 お惣菜をすぐに渡したいのに、そんな空気ではない。2人ともきっと、食欲はないだろう。


 「……本当にごめん。せっかく軌道に乗ってきたところなのに、私の不注意で……」

 「分かってますから」

 「撫子とは本当になんともないからね。あの日は撫子のデビューMVが公開される日程が決まって、それでなんて言うか……」

 「……真実がどうであろうと、いまはこれからどうするかを考えましょう。まずは夢実さんはSNSなどで弁解してください。2人で動画も撮りますよ」


 冷静でテキパキとした態度。

 そんな彼女に、必死に言い訳のような言葉をぶつけているのはどうしてだろう。


 「わかった……でも、本当になんともないから」

 「……前から思っていましたけど、夢実さんと桃山さんは少し距離が近いと思います」


 目が合わないことが、不安でたまらない。

 叶に呆れられていないかと、嫌な予感に胸がざわつくのだ。


 「……本当に桃山さんのことはなんとも思っていないんですか?」

 「当たり前だよ」

 「………余計な詮索をしてしまって、すみませんでした。向こうの事務所がどう出るかも知りたいので、桃山さんと連絡を取ってください」


 コクリと頷きながら、自分の軽率な行動で叶に迷惑をかけた罪悪感でいっぱいになっていた。


 この出来事で、叶が夢実に呆れて嫌いになったりしないだろうか。

 どうでも良いと一瞥されたりしないだろうかと、足元がおぼつかない感覚に襲われていた。

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