第32話


 一つ年上とは思えない大人っぽさは目を引いて、マスクをしているというのにすぐに彼女がいることに気づいた。


 現地集合の予定だったが、偶然大崎ココナに会って一緒に行くことになったのだ。


 江ノ島は幼い頃に夢実とも来たことがあって、撫子は懐かしさを感じていた。


 「……まさか本当に約束を取り付けちゃうなんて」

 「当たり前でしょう?モタモタしてたら本当に夢実ちゃんは手の届かない所へいっちゃうかもしれないんだから」


 彼女の言う通りで、撫子は何も言うことが出来なかった。


 もうすぐ、デビュー曲のミュージックビデオが公開される。

 それに向けたプロモーションがあるため、最近は忙しくてちっとも夢実に会えていない。


 学校も夏休みに入ってしまったため、顔を合わせることすらできていないのだ。


 「けど4人で出掛けたところで何になるの……」

 「まあまあ。良いじゃないですか?2人きりで遊ぶよりは余程ハードルが下がる」

 「ココナさんはそうかもしれないけど、私は2人でも遊べます!親友なので」

 「親友だから、そこから発展しなかったんでしょう?」


 痛いところをつかれて、黙り込んでしまう。

 一番近くにいると、そう思い込んだせいでこんなことになってしまったのだ。

 

 「……一番近くにいられたら良いって、親友のポジションに甘んじてたせいでいま後悔してるくせに」


 全てを見透かされているのが悔しいけれど、いまは彼女と喧嘩をしている場合ではない。


 撫子はいま、手段を選べる立場ではないのだ。


 「……分かってますよ」

 「撫子ちゃんって夢実ちゃんのためならアイドル辞めちゃいそう」

 「……否定はできないです」

 「重いなあ」

 「……夢実が自分のものになるなら」


 心の底から彼女が好きだ。

 好きで、大好きで堪らないからこそ、眞原叶からあの子を奪いたかった。





 電車から降りた夢実は、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 邪魔にならない壁際にスタイルの良い女性二人組が並んでいて、すぐにお目当ての彼女たちを見つける。


 マスクをつけていたとしても、2人のスタイルの良さは人目を引くのだ。

 

 「ココナさん!撫子」


 名前を呼べば、2人がこちらに視線を送ってくる。

 夢実を見てすぐに、撫子は驚いたような表情を浮かべていた。


 「夢実……?どうしたのその服」

 「なんかお母さんも大翔もダサいっていうから……叶ちゃんとお揃いの服にした」

 「夢実ちゃん、独特なセンスしてるもんね」


 ココナはフォローをしているつもりだろうが、あまり気は晴れなかった。

 たとえダサかったとしても、自分が良いと思っているものを肯定されたかったのかもしれない。

 

 「すみません、お待たせしてしまって…あれ、夢実さんどうしてその服……」

 「みんながダサいって言うから」

 「そのままでも可愛いのに」


 ストンとその言葉が胸に落ちて、口元が緩んでしまう。何となくだけど、叶ならそう言うような気がした。

 

 彼女からその言葉を貰いたかったのだ。


 「せっかくだからまずは海鮮丼でも食べましょうか」


 江ノ島なら定番の海鮮だろうと、叶は夢実の手を握りしめて歩き出す。

 彼女の歩幅に合わせながら、耳元で小さな声で抗議の声を上げた。


 「ね、ねえ2人もいるのに……!」

 「私たちは私生活で恋人らしさは皆無です。これは撮影だと思ってください」

 「でも……」

 「彼女たちも芸能関係者です。身内だろうとちゃんと注意して」


 それが正論であることは分かるけれど、これでは本当にデートのようで気恥ずかしいのだ。

 知り合いに見られているということもあって、いつにも増して頬が赤らんでしまいそうだった。


 4人でまず最初にやってきたのは、商店街の中にある海鮮丼がウリの食堂だった。


 4人掛けのテーブルにて、夢実と叶が隣同士で並んで座る。


 「叶ちゃんワサビ抜きにしてもらったら?」

 「当然です」


 注文の品を待っている間に何気ない会話を交わしていれば、向かいに座っている2人が顔を合わせる。


 「どうかした?」

 「いや、やっぱり恋人同士はそういうこと当然に知ってるんだなと思って」


 ココナはそう言うけれど、恋人同士だからじゃない。


 ただ、近くにいただけ。

 放課後はいつも入り浸って、夢実がご飯を振る舞う機会も多いから、自然と彼女の好みを把握してしまった。


 動画の撮影という名目があるから、一緒にいられるだけだ。


 運ばれてきた海鮮丼を頬張りながら、美味しさで頬を緩める。


 「けどびっくりしたよ。叶ちゃんが芸能界引退したと思ったら、夢実ちゃんと付き合ったなんて」

 「やっぱり事務所がうるさいので黙ってたんです。イメージ商売ですからね」

 「もう演技の仕事はしないの?叶ちゃんの演技本当に上手で感情移入させられるから」


 嫌味のない真っ直ぐなココナからの言葉に、叶は少しだけ考え込む様子を見せた。


 「……そこまで考えてなかったけど、演技自体は嫌いじゃないんです」

 「へえ」

 「全く別の誰かになるのはワクワクするし……自分でも一番向いている仕事だと思うから」


 なんでも器用にこなす眞原叶。

 やはり世間からしたら天才女優の引退は惜しいのだろう。


 幼い頃から芸能界で大人に囲まれてきたからか、叶は会話が上手くココナや撫子とも楽しげに話していた。


 「……っ」

  

 当然なことなのに。

 当たり前のことなのに、自分以外とも簡単に仲良くなれる叶に寂しさを感じてしまう。

 チクンと傷んだこの感情が、何なのかちっとも分からなかった。

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