第33話


 坂道を登りながら、額に滲む汗を拭う。

 季節は夏のため、歩くたびに熱い息を吐いていた。

 

 4人で横並びだと迷惑なため、2人ずつになって歩く。

 当然隣は叶で、手は握られている。それにすら慣れて来たのだから人間の適応能力に驚かされる。


 「ちょっとお手洗い行っていい?」


 いってらっしゃいと手を振れば、叶がお手洗いへ入っていく。


 「私は待ってるね。2人は?」

 「……じゃあ入っとこうかな。夢実ちゃんと撫子ちゃんは先に行ってて」


 コクリと頷いてから、撫子と2人で石階段を登っていた。


 島のてっぺんを目指していて、途中で神社などもあって歩くだけで十分楽しかった。

 夏休みなため混んでいると思ったが、意外と人数も落ち着いている。


 「……撫子とこうやってどこかに行くの久しぶりだね」

 「最近はレッスンだ撮影だって忙しかったから……それに彼女持ちを連れ回せないって」

 「そっか」

 「今度ね、デビュー曲のMVが配信されるの」

 「すごい!絶対可愛いんだろうな……撫子」


 叶にされるみたいに、自然に手を握られていた。

 恋人繋ぎではなくて、手をギュッと握りしめるような手繋ぎ。


 こういうスキンシップはよくあるため、されるがまま。


 「服可愛くなったね」

 「みんなダサいっていうから」

 「……ダサくないし、さっきの眞原叶の言葉、私だって言いたかった。そのままでも可愛いって」


 なぜ急にそんなことを言い出したのか。


 「撫子……?」


 腕を引っ張られて、そのまま力強く抱きしめられる。

 驚きのあまり、跳ね除けることもできずに体は硬直していた。


 スキンシップは多かったけれど、こんなふうに力強く抱きしめられたことはない。


 「……なんで夢実はアイドルになってないの?」

 「え……」

 「どうして私の隣で踊ってないんだろうって、撮影しながら思ったの」


 やるせなさで、唇を噛み締める。

 撫子にそう思わせていることが、情けなくて仕方なかった。


 一緒にデビューしようと約束したのに、約束は叶わなかった。

 罪悪感を抱くのと同時に、そんなにまっすぐぶつけてこなくてもいいじゃないか、と言いようのない感情が込み上げてくる。


 「……私に魅力がなかったから。才能がなかったから……ただ、それだけのことだよ」

 「そんなことない!私聞いたの、うちの事務所今後アイドルグループはデビューさせるつもりないって……夢実を辞めさせたのも、可愛くて歌もダンスも上手い夢実を辞めさせたらみんな諦めがつくから…」

 「そんなのただの噂でしょ」

 「本当だって!」


 身を捩ってみても、彼女は離してくれなかった。


 抱きしめられながら、ぼんやりと考える。


 「私と夢実が似てるから、偶然私が選ばれただけ。私さえいなければ夢実は……」

 「偶然じゃない。私よりも撫子が魅力的だった。だから私が落ちて、撫子が選ばれたの。それが現実だよ」

 「……他の事務所からだったら絶対デビュー出来る!今からでもオーディション受けなよ、勿体無いよ」


 なぜそんなことを今さら、と。

 夢実だって考えなかったわけではないけれど、無理だろうとそれ以上夢を見ることをやめた。


 代わりに、いま夢中にできることを見つけたのだ。


 「……でも、私は」

 「あんなカップルチャンネルなんてやめなよ。将来何になるの?」


 グサリと胸にナイフが刺さったようだった。

 ショックで、悲しくて。

 今の活動が本当に楽しくて、やりがいを感じているからこそ、大切な人からそんな風に言われたことがショックだったのだ。


 「絶対にオーディション受けて、アイドルになったほうがいい。動画配信者なんて……」

 「バカにしないで!」


 自分でも驚くほど、大きな声が出ていた。

 力を込めて、彼女の腕を振り解く。

 

 「……動画配信者なんてとか、失礼すぎる!私は真剣にやってるの。撫子にとってはくだらないって思うかもしれないけど……応援してくれる人がいる」


 涙が溢れる瞳で、撫子を睨みつける。

 バカにされたことよりも、親友にそんな風に思われていたことがショックだった。


 「……嬉しかったの、すごく……」


 動画のコメント欄を思い出す。

 こんな2人が好きだ、と夢実と叶の関係を応援してくれる人もいれば、夢実のダンス動画を褒めてくれた人もいる。


 すごく可愛い。

 応援したくなる。

 ずっと活動してほしい。


 あんなに温かい言葉は、全部この活動を通してもらったものだ。


 「私と叶ちゃんの努力をバカにしないで!」


 これ以上冷たい言葉をぶつけたくなくて、撫子を置いて1人でその場から立ち去る。

 残されたあの子が蹲って、泣いていたことなんて当然夢実は知らない。


 「……なんで、あんな風にしか言えなかったんだろう」


 夕暮れ時の山頂へ向かう道中。

 夢中になっていた2人は、当然シャッターが切られていたことにも気づいていなかった。

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