第31話


 好評だったこともあって、あれ以来生配信は度々行っていた。視聴者とリアルに意見を交わしあえて、彼らが何を求めているかよく分かる。


 また、純粋に楽しいというのがいちばんの理由だった。


 「……そう、お弁当も一緒に食べてるよ」


 お昼ご飯も一緒に食べているの?という質問に叶が答える。

 それから話題を広げてひと段落したところで、話題を拾うために夢実もコメント欄へ視線を移した。


 そして、ふと目に入ったコメントが気になってしまう。

 『2人はどっちがネコなの?』というのはどういう意味なのだろうか。


 どちらかといえは、猫っぽいのは叶だろう。


 滅多に弱味を見せず、1人でも生きていけそう

だけどふとしたときに甘えてきて、それが可愛いらしい。


 夢実が犬だとしたら、叶は猫だろう。


 「猫はカナちゃんだよ」


 隣に座る叶が、驚いたような表情を浮かべてみせる。コメント欄も一気に盛り上がりを見せて、一体何があったのか分からなかった。


 「ユメちゃんは天然だからね」


 と、叶が話題を流してしまう。

 配信を無事に終えてから、叶はげんなりとした表情でこちらを睨んできた。


 「……夢実さん意味わかってないですよね、絶対」

 「なにが?」

 「どっちがネコなのかって」

 「動物に例えた話でしょ?」

 「……1人の時にでも自分で調べてください。ネコとタチって」


 呆れられているのを肌で感じるから、迷惑をかけた申し訳なさと寂しさが込み上げてくる。


 スマートフォンの画面に視線をやれば、配信中にいくつか連絡が入っていたことに気づいた。

 そのうちの一つはココナからで、「4人でご飯行く話よろしくね」とのこと。


 「……今度ココナさんとご飯行こうって誘われてるんだけど、叶ちゃんも来ない?」

 「まあ、いいですけど……」

 「ありがとう」


 『了解です』と返事をする。

 撫子にはココナが伝えてくれるとのことで、最近は彼女とも遊んでいなかったため、会うのが楽しみだった。


 「4人でご飯行くの楽しみだね」

 「4人?あと1人は……」

 「撫子だよ」


 露骨に嫌な顔をしていて、もしやとある可能性を思い浮かべる。

 夢実にとって彼女たちは大切な存在だからこそ、その2人の関係性を意識したことがなかった。


 「撫子のこと嫌いなの……?」

 「いえ、嫌いというか……関わりづらいだけです」

 「大丈夫だよ、すぐ仲良くなれるって」

 「……私はそのメンバーだと夢実さんしか知り合いがいないです。だから、夢実さんが一番に構ってくださいね」


 もちろんだと、力強く頷いてみせる。

 不安がる年下の女の子を夢実が守ってあげるのだ。


 「もちろん!任せてよ」

 「それに友達の前で恋人のフリしなきゃなんですから。頑張ってください」


 言われてみれば、たしかにその通りだ。

 彼女たちは夢実と叶が本当に付き合っていると思っているから、必死に恋人のふりをしなければいけない。


 今更ながらに大丈夫だろうかと不安が込み上げてきていた。





 叶からもらった色付きのリップクリームに日焼け止めを塗っただけのシンプルな化粧。

 肌色がワントーン明るく見えるため、夢実のお気に入りだ。

 

 4人で遊びに行く当日の朝。


 お気に入りの洋服を纏って、履いていく靴を選ぶために下駄箱で吟味していれば、小学生の弟から失礼な言葉をぶつけられる。


 「ねえちゃんまたダサい服着てる!」

 「ダサくないって失礼だな」

 「叶ちゃんが選んでくれた服着た方が絶対良いって。着替えてきなよ」


 バタバタと足音をさせながら去っていく弟。

 小学生だからこその純粋な意見に、目線を下げて自分の格好を見つめていた。


 「そんなにダサいかな……?」


 小首を傾げていれば、ちょうど玄関前を通った母親に声をかける。


 「ねえ、お母さん。これダサいかな?」


 つま先からてっぺんまで見つめた後、母親は困ったように笑みを浮かべる。


 「夢実が着たい服を着るのが一番だと思うけど……あ、この前叶ちゃんとデートの時に着てた服可愛かったなあ」


 そう言い残して去った母親の姿に、さすがの夢実もある可能性を思い浮かべた。


 「……もしかして私って本当にダサい…?」


 決して自分では気づけなかったが、周囲の反応から流石に察してしまう。


 少し凹みながら、結局叶とお揃いで買ったワンピースを着ることにしていた。





 電車の窓から見える景色は段々と落ち着いたものに変わり始める。

 現地集合なため、1人でガタゴトと鳴る電車に揺られていた。


 スマートフォンをいじりながら、ふとあることを思い出す。


 「そういえば叶ちゃん、ネコだとかなんとか言ってたな……」


 せっかく夏休みなのだからと、今日はココナの提案で江ノ島へ行くことになったのだ。


 叶と顔を合わせる前に、どうして彼女が呆れていたのかその理由が知りたくなった。


 「ネコと、チタだっけ?」


 検索欄に打ち込んで調べてみるが、出てくるのは猫の画像ばかり。

 

 関連検索欄の「ネコとタチ」というワードをクリックしてみれば、目に入った文面に言葉を失った。


 同時にジワジワと頬が赤くなりはじめる。

 

 「そりゃあ叶ちゃん怒るよね……」


 いくら無知だったとはいえ、怒られて当然だ。


 女性同士の行為に、役割があることを知らなかったのだ。


 ネコとタチという、聞き馴染みのないワード。

 夢実のせいで叶は前者だと全世界に勘違いされているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る