第28話


 ふかふかなマットレスの上で、すんなりと寝付くことが出来ずにいた。

 スマートフォンをぼんやりと眺めながら、自分の行動を後悔する。


 登録者は一万人増えていた。

 SNSにて、2人のキスシーンが切り抜かれた動画が話題になったのだ。

 

 そこから動画の配信サイトまで人が流れ込んできて、登録者数が増加したのだ。


 夢実の作戦はうまく行ったのだろう。

 話題に上がって、今までノータッチだった層にまで届いたのだ。


 だけど素直に喜べないのは、叶の顔が過ぎるから。

 なんてことをしてしまったのだろう、とそればかり考えている。

 勝手にキスをして、登録者のためとはいえ浅はかすぎた。


 「叶ちゃん怒ってたよな……」


 もっと他に方法はあっただろうに、咄嗟にあんなことをしてしまった。

 好きでもない相手からキスをされて、彼女はどれだけショックだったろう。





 次の日の朝、登録者を確認すれば、98000人にまて伸びていた。

 たった一晩でこれだけ伸びたけれど、あと二千人足りない。


 どうするかと叶に相談したいけれど、あんなことがあった手前気軽に話しかけることが出来なかった。


 学校へ行けば、いつにも増してチラチラと見られている気がした。


 「昨日の配信見た?」

 「すごかったよね。キスしてて」

 「ビジネスじゃなかったんだってビックリした〜ユメちゃん可愛い!」


 恥ずかしくて、早歩きで教室まで向かっていた。

 あれは決して褒められる行為ではなく、寧ろ咎められなければいけないもの。


 教室にはすでに友人である撫子の姿があって、室内に入るやすぐに声を掛けられる。


 「……昨日の配信すごかったね」

 「撫子だって…この前のデビュー会見見たよ。撫子が一番可愛かった」

 「そう?けど…やっぱり勿体無いなって思うよ」


 何のことかと、不思議に思いながら小首を傾げる。


 「だって練習生で一番アイドルらしく踊るのは夢実だったから」

 「なにそれ」

 「キラキラして、可愛くて…しなやかで華がある。オーディションに受からなかったことが不思議で仕方ないもん」


 そんな風にいうのは撫子くらいだ。

 「ありがとう」とさらりと流したけれど、内心嬉しかった。

 ライバルからこんな風に褒められて、認められたような気がしたのだ。





  何もしなければ、当然登録者が伸びるはずもない。

 登録者数は相変わらず98000人のままで、ため息を吐いてからエプロンを付けていた。


 お店を手伝うために一階へと降りれば、母親の姿が。

 

 「今日はお客さん少ないから、手伝わなくてもいいよ」

 「じゃあ家事しとくよ」

 「いいから。叶ちゃんのところには今日いかないの?」


 ここ最近、放課後は叶の家へ行くことが多かった。しかしあんなことがあった手前、どんな顔をして会えばいいのか分からないのだ。


 「……喧嘩じゃないけど、今は少し会いづらいの」

 「恋人同士ならそんなときもあるわよ」

 「……そういうものかなあ」


 いまいちピンとこないのは、夢実がまだまともに人と付き合ったことがないからなのだろうか。

 

 「なんか私って中途半端だなって、思うんだよね」


 ぽつりと溢れる弱音。

 他の人には簡単に見せられないけれど、気心知れている母親にだからこぼしてしまった。


 「アイドルの練習生もやめて、動画の配信も結局は叶ちゃん頼りで…勉強も出来ないし、ろくに友達もいない」


 ため息が溢れてしまいそうになる。


 「……何のために生きればいいのかもいまいちよくわからないし、私の今までって何だったんだろう」

 「何のために生きるかなんて、思いがけないときに見つかるものよ。探そうと思って見つかるものじゃないから、流れに身を任せない」


 きっと自分でもわかっていたのだ。

 母親は絶対に夢実が欲しい言葉をくれると。

 だから話してしまったのかもしれない。


 「それに夢実に出来ることは沢山あるじゃない。料理が上手で家事が得意なのも、今までずっとお母さんを支えてくれたから。最近は動画の編集も出来るようになってきたって話してたじゃない」

 「……ッ」

 「上ばかり見ていたら、首が疲れちゃうよ?それに、お母さんは夢実みたいに踊れないし歌えないよ」


 どうして母親というのは、いま一番欲しい言葉をくれるのだろうか。


 「……たくさん頑張ってきたんだから、ちゃんと自分を褒めてあげなさい」


 これで良いのかと、自分でも悩んでいた。

 アイドルになれなかった自分を、褒めてあげても良いのだろうかと。


 夢を叶えられなかった自分を肯定していいのかずっと分からなかったけれど、もっと自分に優しくしてあげても良いのかもしれないと、今なら思える気がした。




 


 以前は毎日のように着回していたレッスン着の中で、特に気に入っていたものを身につけていた。


 普段は画質が良いからと叶のスマートフォンを使用していたけれど、今はそんなこと気にしていられない。


 自身のスマートフォンを三脚に立てて、自由に使用することができるフリー音源を再生させた。


 何度も、何度も踊ってきたからこそ、自然と体は動いていく。


 今自分に何が出来るのか。考えた結果、夢実にはこれしかないと思ったのだ。


 




 スマートフォンで呼び出された通りに屋上へと向かえば、そこにはすでにあの子の姿があった。

 

 名前を呼べばくるりと振り返って、その顔に怒りは滲んでいない。

 近づけば、こちらに向かってスマートフォンの画面を見せつけてくる。


 そこに映し出されているのは、ユメカナ♡ちゃんねるのアカウント。

 登録者は10万2千人だ。


 「……見ましたよ、動画」

 「ごめん、勝手にあげて」

 「そのおかげで10万人突破したじゃないですか」

 「…まだ怒ってる?」

 「あんな形でファーストキスを奪われたら、そりゃあ怒ります……けど、登録者数のために焦っていた夢実さんの気持ちも分かるから」


 昨日アップロードしたのは、練習生時代によく踊っていたダンス動画だ。


 再生回数はかなり良く、コメント欄は好意的なものばかりだった。


 夢実が元アイドル練習生ということもあってか、応援コメントまで貰えたのだ。


 可愛い、上手だという言葉を見て、ひそかに喜びで胸を震わせていた。


 「ごめんね、本当に」

 「……踊ってみたの動画ですけど」


 恐る恐る顔をあげれば、満面の笑みを浮かべている叶の姿があった。


 「すごく上手でした、キラキラしてて可愛くて…引き込まれた。夢実さんはあんな風に言ってたけど……あなたがどれだけ今まで我慢張ってきたのか、その全てが詰まっていると思った」


 こんなにも自分は涙腺が脆かっただろうかと、ぼやける視界の中で考えていた。


 「人生において、きっと無駄なことなんて一つもないと私は思います……ねえ、夢実さん」


 頬に手を添えられて、そっと彼女が背伸びをする。

 ふわりと触れた柔らかい感触は、以前味わったものと同じだった。


 キスをされたのだと理解したのは、すでに彼女が離れた後だ。


 「これでおあいこです」


 いま心が震えているのは、恥ずかしいだけが理由じゃない。

 許可も取らずに、今度は夢実の方から彼女に口付けた。


 「なんでだろう…叶ちゃんからほめられるのが一番嬉しいの」

 「……ッ」

 「……ありがとう」


 抱きしめられて、温もりを感じられることが嬉しかった。


 無駄じゃないと、褒めてもらえた。

 夢は叶わなかったけれど、今まで頑張ってきた自分が報われたような気がしたのだ。

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