第27話
イチャイチャシーンの詰まったデート動画は中々に好評で、再生回数もいつもより良かった。
しかし伸びたのは5千人で、まだ条件である10万人には届いていない。
どんどんタイムリミットが迫っていて、夢実が焦ってしまうのも無理はないはずだ。
「撫子はすごいね」
隣を歩く彼女に声を掛ける。
レッスンがないため、珍しく一緒に帰ることが出来ているのだ。
撫子のデビューするアイドルグループは皆可愛いため、メディアでも取り上げられている。
期待の新人グループだと、雑誌やメディアでも絶賛されていた。
「撫子が一番可愛かったけど」
「なにそれ。夢実、この後空いてる?」
「ごめん、叶ちゃんの家に行く約束があって……」
「そっか」
またねと手を振ってから、すっかり道順を覚えてしまった叶の家へ。
最初は驚いていた高層階のタワーマンションに、慣れ始めている自分がいる。
インターホンを押してから、部屋へ入れば仮の恋人である彼女からとある提案をされた。
「夢実さん、突然なんですけど今夜ライブ配信しませんか?」
あと期限まで2週間しかないため、登録者を増やすために手段は選んでいられない。
それはお互いの総意だったため、すぐに二つ返事をする。
お揃いで購入したドット柄ワンピースを纏ってから、夢実が作ったナポリタンを2人で頬張っていた。
「夢実さんの料理は美味しいです」
「本当?」
「優しくてホッとするんです。なんだか懐かしくて」
お口にあって良かったと、素直にお礼の言葉を口にする。これもすべて、母親の手伝いをしたおかげだろう。
それから甘いチョコレートを食べて、甘みに癒された後、スマートホンのカメラを三脚に立てて撮影を始めた。
SNSのライブ配信機能を用いているため、すぐ横にコメントが流れている。
「こんばんは、ユメです」
「カナです」
「ユメカナ♡ちゃんねるへようこそ〜」
お決まりの挨拶とポーズを取ってから、叶が明るい口調で話し始める。
「きょうはね、ユメちゃんが晩御飯にナポリタン作ってくれたんだ〜、同棲じゃないよ?けどよく泊まりに来てくれる」
コメント欄は一気に盛り上がって、ラブラブだね、など2人の仲の良さに言及するものが多かった。
「え、手繋いでだって。どうする?」
「もちろん。いつもしてるもんね」
決して嘘はついておらず、デートをする時のように恋人繋ぎにする。
さらに増えるコメントに、視聴者数も伸び始める。
もしかしたら、と夢実はあることに気づいていた。
試しにくっついてみたら、さらにコメント欄は盛り上がっている。
「ユメちゃんは甘えん坊だね、だって」
やはり、気のせいではない。
同時に思い出したのは、アルバイトスタッフである青山一の言葉。
『カップルチャンネルに求めているのは仲の良さ』
皆、恋人同士には仲の良さを求めていて、いまの反応が全てを物語っている。
そんな時にコメント欄を見てしまえば、さらに欲が出るのは当然だろう。
ゴクリと生唾を飲んでから、勇気を出す。
恋人同士のフリをしているのだから、これくらい我慢しろといつも言われている。
登録者が10万人を越えなければ、芸能科にはいられない。その期限まで、あと2週間しかないのだ。
「……ッ」
彼女の頬に手を添えて、そっと唇を近づける。
唇同士が触れ合ったのは一瞬。本当に僅かな時間。
夢実が目にしたコメント。
それは「キスをしているところが見たい」だった。
当然、叶は驚いた顔を浮かべている。
「ユ、ユメちゃん!?」
「……カナちゃんが画面ばっかり見るからしたくなった」
「……って彼女が可愛いこと言ってるので今日はここまでで!動画配信サイトで二人のイチャイチャはたくさん見れるので良かったら覗きに来てください!」
早口でそう捲し立てて、叶が慌てたように動画配信を終える。
真っ暗になったスマートフォンの画面。
室内には暫く沈黙が立ち込めていた。
驚くくらい叶の頬は赤いけれど、夢実も、きっと同じくらい赤らんでいるだろう。
生まれて初めてキスをしたのだ。
「何考えてるんですか!」
「ご、ごめんって……でも登録者のためには仕方ないと思って……」
「夢実さんは登録者を増やすためならなんだってするんですか!?」
「それは……」
超えてはいけない一線に、夢実は触れてしまったのだ。
許可もなくキスをしたのだから、怒って当然だろう。
「だったら、そのためだったら…キスとかそれ以上のこともしちゃうんですか!」
「そんなことしたらアカウントが凍結されちゃうよ」
「なんでそこだけ真面目なんですか腹立つ!信じられない……」
「叶ちゃ……」
「もう、夢実さんの顔見たくない!」
頬は真っ赤に染まっていて、きっと叶は照れている。
同時に怒りに震えていて、そして、悲しんでいるのだ。
好きでもない相手から、ファーストキスを奪われて。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。
目標達成のためとはいえ、許可もなくなんてことをしてしまったのだろう、と凄まじい後悔に襲われていた。
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