第26話
あくびを噛み殺しながら、以前撮影したデート動画を編集していた。
撮影時間がかなり長くなったため、どのシーンを抜粋するか決めるのに時間が掛かってしまったのだ。
時間は残されていないため、なるべく早くにアップロードするために今日は泊まり込みで作業することになっていた。
「そうだ、夢実さん用の歯ブラシとか洗面所に置いときましたよ。下着とか着替えも置いていて良いので」
「え、でも……」
脳裏に浮かんだ目白圭のことだった。
彼もこの家に出入りしているのだから、夢実の私物が置かれていたら邪魔ではないのだろうか。
「どうしました?」
「……なんでもない」
あえて知らないふりをした。
叶がそれで良いと言っているのなら、自分からその話題に触れる必要もない。
問い詰めるのも野暮だろうと、見て見ぬ振りをした。
それに彼女は夢実が勘づいていることを知らないのだから、ここはあえて、鈍感なふりをしておこう。
「夢実さんも動画の編集上手くなりましたよね」
「叶ちゃんに教えてもらったから。任せてよ」
「頼りにしてます」
アイスティーを出してもらって、お礼を言って受け取る。ミルクとガムシロップを入れたらミルクティーが完成して、ストローで飲み込んでいた。
「もうお化けは平気なの?」
「子供扱いしないでください」
あんなに怖がっていたくせに、どうやら時間とともに恐怖心も薄れたらしい。
「今日一緒に買ったマグカップも戸棚に入れているので、好きな時に使ってください」
「……あんまり私のもの置くのも悪いよ」
「どうしてですか?」
「もし、ほら……本当に大切な人が出来たりしたとき…」
「変な気使わないでくださいよ」
確かに、相手が何も言ってこないのであれば夢実があれこれ気にする必要はないのかもしれない。
再び編集をしようと、パソコンの画面に向き直った時だ。
「夢実さん、これって」
驚いたように叶がスマートフォンの画面を見せてきたのだ。
視線を移せば、そこには配信サイトが表示されていた。
緊急生放送と書かれたタイトルで、動画には撫子が映っている。
他にもデビューメンバーが並んでいて、たくさんの報道陣に囲まれていた。
『初めまして、この度デビューすることになりました……』
リーダーと名乗った女性が喋り出せば、一斉にフラッシュがたかれる。
そうだ、この子達はデビューするのだ。
夢実が憧れたアイドルとして、たったいまスタートを切ったばかり。
何ともいえない思いで、ジッと画面の向こうの友人を見つめていた。
「すごく可愛いね」
キラキラの衣装を着て、可愛い魔法をかけてもらっている。髪もいつにも増して綺麗に巻いてもらって、すごく可愛いらしい。
「……私、もうちょっと作業するから。叶ちゃんはそろそろ寝なよ」
「分かりました」
時刻はもう遅い。
やんわりと促せば、叶は1人でベッドルームへと向かっていった。
一人きりになったリビングにて編集作業はやる気が起きなくて、生配信を見ていた。
「…すごいな、撫子は」
夢実にとって、撫子は同じ練習生で、友達で。
そしてライバルだった。
夢実はライバルに負けたのだ。
その座を奪い取る魅力がなかった。
「……ッ」
椅子から立ち上がって、鼻歌を歌いながら、ゆっくりと踊る。
何度も踊ったからこそ、体に染み付いている。ダンスも、メロディーも。
夢実がアイドルになりたいと思ったきっかけの、憧れていたアイドルである五十鈴南。
彼女が所属していた、ラブミルというアイドルグループのデビュー曲だ。
好きで大好きだから、何度も踊った。
事務所が違ったためレッスンで踊ったことはなかったけれど、自宅で全身鏡を前に何度も踊ったのだ。
幼い頃から一番踊って、体に染み付いているのはこの歌だろう。
何も考えずに、ただ好きだからこそ踊っていた。
それで良かったはずなのに、気づけばデビューをするために必死だった。
好きだけではダメだということに、気づきたくなかった。
「夢実さんのダンス、私は好きですよ」
驚いて、バッと振り返る。
そこにはパジャマ姿の叶が立っていて、全てを見られていたのだと察する。
「なんで……」
「気になって眠れなかったんです。すみません」
ソファに座った彼女の手には、マグカップが二つ。香りからして、ホットココアだろうか。
「これは…未練があるとか、そういうのじゃ……」
「無理しないで。それくらい頑張ったことなんですから、簡単に踏ん切りがつかなくて当然です」
聞かれたわけでもないというのに、気づけば口が開いていた。
彼女の優しさに触れて、押さえていたものが溢れ出してしまったのかもしれない。
「ピンク色が私の憧れだったの」
五十鈴南に憧れていた。
アイドルの練習生オーディションを受けて、当時最年少で撫子とともに合格したのだ。
それからたくさんレッスンを受けた。
学校行事を休んでバックダンサーに務めたこともあったし、放課後はレッスンがあるから部活だって入れない。
もちろん休みもないため、友達とも遊べない。
それくらい、人生のほとんどをアイドルになるためだけに頑張ってきた。
「南ちゃんみたいになりたいって、頑張って……けど、その憧れもアイドルになって皆んなを笑顔に出来るような、そんな人になりたいって夢に変わって…」
自分がかつて元気づけられたように。
誰かを勇気づけられて、憧れたあの人みたいになりたかった。
「全部そのためだった……一緒に頑張った撫子は夢が叶ったのに、私は……何のために頑張ったんだろう」
力強く抱きしめられて、泣きそうなのを必死に堪える。
一度でも瞬きすれば、全てを溢れさせてしまいそうだった。
「……すごく素敵です」
「叶ちゃん……」
「だからそんなに悲しいこと……泣きそうになりながら言わないで」
頷いてから、彼女の背中に腕を回していた。
瞬きをしてしまえば、次々に雫が溢れ出ていく。
アイドルになる夢は叶わなかったけれど、人生どうなるかなんて分からないものだ。
今こうして元天才女優に抱きしめてもらいながら、涙を拭ってもらっているのだから。
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