第29話
静かな職員室にて、誇らしい気持ちで書類を教師へ渡していた。
芸能科に所属する生徒だけが提出する書類。
芸能事務所に所属していることを示す書類か、SNSの登録者数を証明する公式動画サイトのURLが記された書類のどちらかを、提出しなければいけないのだ。
ユメカナ♡ちゃんねるとして活動している2人は、もちろん後者の書類を提出していた。
「二人ともすごい人気だよな。先生の娘も可愛いって言って見てるぞ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「けど本当にすごいな。登録者が30万人なんて」
2人で顔を見合わせてから、小首を傾げる。
一体何を言っているのか。
数字を書き間違えたのではないかと、不安に駆られてしまう。
「何言ってるんですか?10万2000人ですよ」
「いや、総フォロワー数は30万人だろ」
提出した書類には動画サイトと、運営しているSNSのアカウントも二つ書いている。
それを担任教師が検索して、10万人を超えていれば問題ないはずだった。
「お前たちもしかして、動画サイトだけの登録数だと思ってたのか?」
「違うんですか?」
「当たり前だろう?高校生が10万人なんて中々突破出来るものじゃない。色んなSNSの総フォロワー数が10万人超えていたら良いんだよ」
何を言っているのかと、おかしそうに笑っている。
釣られて引き攣った笑みを浮かべてから、叶と共に職員室を後にした。
ピシャリと扉を閉めてから、叶に尋ねられる。
「夢実さん知ってましたか?」
「……知ってたらキスしてないよ」
「……私たちのキスって…一体…」
つまりチャンネルを開設して1ヶ月ほどで、すでに条件はクリアしていたのだ。
そうとも知らず、二人とも焦ってキスまでしてしまった。
気まずい空気を払拭しようと、明るい声を上げてみせる。
「けど、まあ良かったじゃん!これで芸能科に所属する条件クリアだし」
「そうですけど…」
「次の動画どんな内容にしよっか」
「それ、前から考えてたんですけど…もうすぐ夏休みじゃないですか」
配信活動に必死で、月日はあっというまに過ぎていった。
気づけばもう、夏休みを目前に控えていたのだ。
「せっかくですし浴衣でも着て、縁日にでも行きませんか?」
もちろんと二つ返事をして、2人で廊下を歩いているときだ。
ピコンとスマートフォンから着信音が鳴って、叶が確認をする。
どうやらユメカナ♡ちゃんねるのアカウント宛にメッセージが送られてきたようだ。
「……夢実さん、コラボの依頼がきました」
「え、誰から?」
「大崎ココナって知ってますか?」
知っているも何も、散々お世話になった先輩の名前だった。
同じレッスン場で切磋琢磨した練習生仲間。
夢実よりも一年先にアイドルの夢を諦めた彼女は、確か今はグラビアアイドルとして活躍しているはずだった。
「知ってるも何も顔見知りだよ」
叶は知らなかったようで、彼女の名前を検索して調べている。
同じ高校で一つ年上の彼女とは、久しく顔を合わせていない。
「ココナさんも動画配信者やってたんだ」
「グラビアアイドルをやりながら動画配信者としても活躍しているようですね……まだ軌道に乗ったばかりですし、あまりにも系統が違うからお互いのファンが戸惑うと思います」
親しくしてもらった先輩だから二つ返事をしたかったところだが、叶はあんまり乗り気ではない様子だ。
彼女がユメカナ♡ちゃんねるのことをとても真剣に考えていることは分かっているから、ごねるつもりもない。
「申し訳ないですけど今回は断りましょう」
「そっか……分かった」
たしかに恋人のカップルチャンネルと、グラビアアイドルの動画配信者では系統が違いすぎる。
仕方ないけれど、たくさん可愛がってもらった手前、良い返事をしてあげたかった。
隣を歩く叶をチラリと見やる。
この前、キスをした。
叶から先にキスをして、夢実はどうして彼女にキスを返したのだろう。
どんな意図が込められていたのか、気になってしまうけれど、彼女が何も言わないのを良いことに夢実も知らぬフリをしているのだ。
お風呂から上がってすぐに、スマートフォンをぽちぽちと操作する。
連絡先のアプリを開いて、お世話になったあの人の名前を検索していた。
「あ、あった」
どうやらまだ、連絡先は変えていなかったようでホッとする。
せっかく誘ってくれたのにも関わらず、残念な返事をすることになって、一言謝りの言葉を入れようと思ったのだ。
『お久しぶりです。せっかく誘ってくれたのに断ってしまって本当にごめんなさい』
と送れば、すぐに返事がきた。
『大丈夫だよ!でも良かったら今度お茶にでもいきたいな』
と可愛らしい顔文字付き。
ジッと画面を見つめながら、ぼんやりと考える。
「お茶か……」
いくらユメカナ♡ちゃんねるで恋人同士を演じているといっても、お世話になっている先輩とお茶に行くくらい問題はないはずだ。
チラリと叶の顔が浮かびながら、悩んだ末に大崎ココナへ二つ返事を送っていた。
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