第24話

 廊下を歩けばチラチラと見られるなんて、以前だったらありえなかった。

 デビューをしていなかったアイドルの練習生だった頃より、よほど注目を浴びている。


 眞原叶の恋人として、視線を送られるのだ。

 本当に人生なんて何が起こるか分からないものだ。


 教室に入れば、最近いつも空っぽだった友人の席が埋まっている。

 長いロングヘアの背中を間違えるはずがなく、驚きながら彼女の元へ。


 結局あれから一度も連絡は来なかった。


 「おはよう、撫子。今日来るんだったら連絡くれたらよかったのに」

 「昨日急遽決まったことなの。撮影が順調だったから帰ってこれて」

 「へえ……そっか」


 怒っているのか、怒っていないのか。

 よく分からずに対応に困っていれば、先に核心をついてきたのはあちらだった。


 「……恋人いるなら教えてくれてもよかったのに」

 「ッ本当にごめん!秘密にしようって叶ちゃんと話してて……」

 「分かってるよ。お互い立場があることくらい」


 優しく笑みを浮かべてくれる撫子は本当に大人だ。

 仲の良い友人から恋人がいることを隠されていたなんて、人によっては面白くないだろうに。


 「ただ、ちょっと寂しかっただけ」

 「そうだよね……」

 「もうこう言うの無しね?」


 コクコクと頷きながら、ほっと胸を撫で下ろす。 

 夢実にとって撫子は大切な友人で、絶対に失いたくない存在。

 彼女の代わりなんておらず、これから先もずっと友人として仲良くしていきたいのだ。






 最悪、最悪、最悪。

 真っ黒に荒んだ心で、桃山撫子は1人屋上にやって来ていた。

 お弁当は恋人と食べるから、と断られてしまったのだ。


 本当に最悪過ぎる。

 7年も片思いをした初恋の女の子を、あっさりと別の女に取られたのだ。


 「まじありえないんだけど!」


 こんなことならさっさと告白すれば良かった。

 大事な友達という言葉に甘えて、手を出すことが出来なかったのだ。

 

 思い出すあの子の屈託のない笑み。


 こちらをただの友達としか思っていない、純粋な目。

 だからずっと、何もできなかった。

 

 その結果がこれだ。


 一緒にアイドルになるためにここまで頑張ってきたのに、結局同じグループに所属することもできなかった。


 「……桃山撫子ちゃん?」


 フルネームで名前を呼ばれて、驚いて顔を上げる。

 てっきり誰もいないと思っていたため、息が止まりそうになる。


 そこにいたのは、見覚えのある顔だった。


 「あ……」


 同じ事務所に所属している彼女は、以前まで元練習生として一緒にレッスンに励んでいた。


 一つ年上で、確か今はグラビアアイドルとして活躍していたはず。


 「大崎おおさきさん……」

 「ひさしぶりだね」


 抜群なスタイルの彼女は大崎ココナ。

 以前も雑誌の表紙を飾っていた有名人が何のようだろうかと戸惑う。


 この人は昔から苦手だった。

 苦手というか嫌いだった。


 夢実に対して同じ感情を抱いていると気づいていたから。


 今は連絡は取っていないようだけど、昨年まで彼女も練習生として同じレッスンスタジオにいたのだ。その時、頻繁に夢実に声を掛けていた。


 「ユメカナ♡ちゃんねる見た?腹立つよねえ、あれ」

 「腹立つって……」

 「協力してほしいんだけど」


 一体何言い出すのかと、警戒しながら彼女の言葉に耳を傾ける。


 「私も撫子ちゃんも、夢実ちゃんが好きでしょう?けど今のままだったらどうやっても夢実ちゃんは眞原叶のもの」

 「はあ……」

 「だからせめて、クリーンな状態にしようよ」

 

 この女の最悪な提案に、軽蔑しながら否定はしなかった。

 きっと自分でも考えていたことだから。


 「本気で言ってます?」

 「夢実ちゃん鈍感だから全然私の好意に気づかないし。私も撮影が忙しいから中々遊び誘えなくてさ……その間にこんなことになるなんて本当、最悪」

 「それは同意です」

 「まずは誰のものでもない状態に戻そうよ。それからはお互いよーいドンでアプローチしよ?」

 「……前半は同意します。けど、後半はちょっと」


 小首を傾げる姿は、小動物のようで可愛らしい。

 しかし裏ではこんなに強かなのだから、人は見かけによらない。


 「抜け駆けはアリの状態にしましょう。まだ付き合っていたとしても、チャンスがあれば私はモノにしますんで」

 「本当、いい性格してるよね。夢実ちゃんは鈍感だから気づいてなさそうだけど」

 「あの子を自分のものにできるなら、なんだってする」


 手を出されて、握手を求められる。


 「じゃあ、契約成立ってことで」


 彼女の手を取って、強く握り返す。

 絶対に夢実を自分のものにする、と決心しながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る