第23話


 楽しんでおいで、という母親の許可が出て、この日は叶の家に初めて泊まることに。


 仮にも付き合っている二人だというのに、自分の親ながら本当に甘いと思う。


 お弁当を食べ終えてしまえば、時刻はもう22時を回っていた。明日も学校なため、もうそろそろ眠らなければいけないのだ。

 

 「叶ちゃんお風呂入らないの?」

 「……今日はいいです」

 「怖いなら一緒に入ってあげるから」

 「そ、それはもっとダメ!」


 いつまで経っても入らなさそうな雰囲気。

 一緒に入ってあげると言っても、拒否をする理由が分からなかった。


 「私とお風呂入るの嫌なの?」

 「……嫌じゃないですけど…」

 「早くしないと私一人で入っちゃうよ?」


 彼女を置いて1人で洗面所へ向かえば、トコトコとあとをついてくる。

 その姿が雛鳥みたいで、つい頬が緩んでいた。


 服を脱いでから、先に体を洗って湯船に浸かる。

 その間に叶は頭を洗っていたが、シャンプーをしている間も彼女は不安そうだった。


 「夢実さん」

 「なに?」

 「ちゃんとそこにいますよね?」

 「はい、ここにいますよ」

 「怖いからお話ししながらでも……うぇ、苦っ」


 シャンプーの最中に口を開くものだから、口内に入ってしまったようだ。

 目を瞑りながら眉間に皺を寄せていて、相当苦かったのかもしれない。


 「大丈夫?」

 「……はい」


 入浴剤の入った湯船に浸かりながら、凝った体を癒していた。

 ぼんやりとしていれば、ふとあることに気づく。


 「叶ちゃん、背中にほくろあるんだ」

 「……ッ人の体ジロジロみないでください!」


 いくら同性とはいえ、彼女の言う通りマナー違反だったかもしれない。


 「けどさ、これ動画でも使えそうじゃない?」

 「というと…?」

 「お互いだけが知っていること、とか」

 「確かにそうですね……」


 ようやくリンスまで終えた彼女が、こちらに視線を寄越す。

 前髪が斜めに流されていて、普段よりも大人っぽく見えた。


 「夢実さんは、恋人しか知らないような場所にほくろないんですか」


 言われてみると、考えたことがない。

 そもそも、自分の体をマジマジと見たことが殆どないのだ。


 目線を下ろして自分の体をみる。


 「あ、左胸の下にある。今まで気づかなかったや」

 

 ここ、と指を指しても叶はこちらを見ようとしない。


 「……よく恥ずかしくないですね」

 「え、そりゃあ恥ずかしいけど……でも叶ちゃんになら見られても平気だよ」


 何気ない言葉を渡せば、代わりに叶の手が伸びてくる。


 トンと彼女の人差し指が触れたのは、夢実の左胸下。

 ほくろがあるところだった。


 「少し上に手をあげたら、どこに当たるか分かっていってます?」


 言わんとしていることを察して、顔が一気に赤くなる。


 だけど叶も顔が赤くて、2人ともきっとのぼせてしまっているのだ。


 「も、もう分かったから!」


 湯船から上がって、今度は夢実がシャンプーをする。

 

 どうして女の子に体を触れられただけで、こんなに恥ずかしくて仕方ないのだろう。

 撫子には裸を見られても、触れられても何とも思わなかった。


 叶相手だとこんなにドキドキするのかと、その違いが分からないのだ。




 あのシトラスの香りがする部屋。

 ルームフレグランスの香りが充満した部屋にて、叶と同じベッドで眠りについていた。


 怖いから一緒に寝て欲しいと言われて、断ることが出来なかったのだ。


 「夢実さんもう寝ました?」

 「まだ起きてるよ」

 「怖いから私より先に寝ないでください」

 「無茶言わないでよ」


 暗闇でよく見えないけれど、彼女がピタリと正面から抱きついてくる。

 お化けが怖いのだろうと、安心させるために背中に腕を回した。

 

 華奢だけど、鍛えているのか筋肉がついている。


 この小さな背中。

 芸能界で生き抜く大変さは尋常じゃない。

 今までこの小さな背中に、いろんなものを背負わされてきたのだ。


 「……いい香りだね」

 「好きなんです、爽やかで……」


 うとうとしているのか、口調がゆったりとし始める。

 新品の下着を借りて、パジャマは叶のものだ。

 丈が少し短くて、足元がスースーする。


 「……いい香りだもんね」


 この香りを纏っていた、あの男の姿が脳裏にチラつく。

 胸がチクリと痛んで、その痛みに気づかないふりをした。

 

 「……ねえ、夢実さん」

 「どうしたの?」

 「……私、ほんとうに嬉しいんです」

 「なにが?」

 「……ずっと憧れだったから」


 それ以上先の言葉は、彼女の声で紡がれなかった。

 心地良さそうな寝息が聞こえてきて、眠ってしまったのだと理解する。


 一体何が憧れだったのかと戸惑うが、すぐに一つの答えに辿り着いた。


 「あ、動画配信者になることか……」


 てっきり夢実に対して憧れているのかと思ったが、まさかそんなはずない。


 天才若手女優が芽が出ずに引退したアイドルの練習生相手に、憧れを抱くはずがないのだ。

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