第21話


 1本目ほどではないけれど、その後にあげた動画も再生数は回っていた。

 新人の動画配信者にしては、考えられないほどの再生回数。


 これもすべては叶のおかげだろう。

 知名度があるということにあぐらをかかず、どうすれば動画を見てもらえるか、内容から細かく考えている。


 彼女が提案した、キスをしてしまいそうなくらい顔が近いサムネイルの動画は特に再生数が伸びていた。


 「登録者、もう7万人……」

 「一気に増えましたね。私、小さい頃から大きなお友達が多かったので」

 「芸能関連の友達ってこと…?」

 「皮肉ですよ」


 大きなお友達というワードがどうして皮肉になるのかと、意味がわからず小首を傾げる。


 「どういうこと?」

 「なんでもないです。昔から人気があったと思ってもらえれば」

 「叶ちゃん昔から引っ張りだこだったもんね。朝の番組のさ、体操してるやつとか可愛かったなあ」 

 「私の大きなお友達もその視聴者が多かったです。成長したら劣化したとか色々うるさかったですけど……」


 芸能人として活躍していく中で、きっと夢実が想像するよりも多くの苦労があったのかもしれない。


 遠い目をしている叶にはそれ以上深掘りせずに、最近気になっていた映画の予告を彼女に見せた。


 「そういえばさ、これ知ってる?最近公開されたやつなんだけど気になってるんだ」

 「……ッ」


 大人気ホラー映画の新作映像で、いきなり画面にはお化けが登場していた。

 ゾクゾクするけれど、それが癖になる。


 叶も一緒に観に行こうと誘うつもりだったのだけど、彼女は声にならない悲鳴をあげていた。


 「叶ちゃん……?」

 「早く消してください!」

 「もしかして怖いのダメなの?」

 「ダメじゃないけど好きじゃないんです!ほら、そろそろ帰るんでしょう」


 涙目になりながら、さっさと消せと急かされる。

 ホラー映画が苦手だったのだと、知らずに見せたことを後悔した。


 夢実に揶揄われたくないのか、早く帰れと荷物を押し付けられる。


 「……叶ちゃん」


 時刻は16時でそろそろお店が混み合うため、帰ろうとは思っていた。

 名前を呼んでも振り返ってくれず、自分の無神経さに後悔が込み上げていた。





 預かったエコバッグにビニールを巻いたお弁当箱を詰めてから、小さな子供連れのお母さんに渡してあげる。


 「お待たせしました」

 「ありがとう、ほらお姉ちゃんにありがとうって言って?」

 「ありがと!」


 可愛らしい親子を見送った次は、常連のおばちゃんがお惣菜をいくつか持ってレジへやってくる。


 「お待たせしました」

 「夢実ちゃん、あの動画見たわよ!まさか眞原叶ちゃんと付き合ってたなんてねえ」


 普段は一言二言会話をする程度の関係の、近所のおばちゃん。

 そういえば、以前叶が主演の映画が大好きだと語っていたことを思い出す。


 「青春って感じでおばちゃん、きゅんきゅんしちゃうわあ。頑張ってね」

 「ありかとうございます」


 お店を出るのを見送ってから、隣にいた一に声をかけられる。

 最近は彼がバイトに入ってくれるおかげで、母親がキッチンに専念できて効率が良いのだ。


 「すごいっすね。天口さんめっちゃ有名人じゃないっすか」

 「これも叶ちゃん効果ですよ」

 「いやー……まじすげえ。そういえば、元アイドルの練習生だったって記事で見たんですけど本当なんですか」


 それも知られているのかと驚きながら、正直に答える。これで否定をする必要もないし、後ろめたい過去でもないのだ。


 どんどんいろんなことが世に広まって、当然のように皆が夢実のことを知っていて。


 それが嬉しいようで、少しだけ怖かった。


 「元々はアイドルになりたかったってことですよね?」

 「そうですよ」

 「いまはもう、なりたくないんですか?」


 何気ない質問に、すぐに返事ができなかった。

 最近はあまり考えないようにしていた質問。


 芸能科に残るために、ユメカナ♡ちゃんねるとして配信者になった。

 順調ですごく楽しいけれど、アイドルに対する憧れがなくなったわけではない。


 7年間も夢を見たのだ。

 夢が実ると信じたけれど、現実はそう甘くはなかった。


 だけど、たった1ヶ月と数週間ですべてをなかったことにできるほど、ちっぽけな夢ではなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る