第20話
高校生のお昼休みの時間なんて、いつも一緒にいる相手は固定される。
あの子のデビューが決まるまで、夢実は撫子と食べるのが当たり前で、きっと周囲にとってもそれが日常だっただろう。
その相手が休みとなれば、一人で食べようと思っていたというのに。
夢実の前の席に座って、ご飯を食べているのは撫子ではない。
彼女ということになっている、誰もが見惚れる美人なあの子だった。
「ユメちゃん、それ一口ちょうだい」
ひどく可愛らしい笑みを浮かべてから、叶がこちらに向けて口を開く。
側から見たら、バカップルのじゃれあい。
しかし無言の圧を感じた夢実は、小さくきった卵焼きをそっと口に運んであげた。
「美味しい〜」
カップルのアピールをしなければいけないのだから黙ってやれと、彼女の目が物語っていたのだ。
演技とはいえ、嬉しそうに微笑んでいる叶は素直に可愛いと思った。
普段しっかりしている分、垣間見える甘えん坊なところが母性をくすぐるのだろうか。
「……叶ちゃん、あのさ」
「怪しまれちゃうので、少しだけ我慢してください」
「で、でも……」
「ここにいるやつらなんて皆んな週刊誌と繋がりあるんですから、校内でもイチャイチャしてるって情報を売られた方が得です」
顔を近づけられて、耳元で囁かれる。
ひどく小さいボリュームなため、二人にしか聞こえない。
側から見たら、イチャイチャするカップルのように見えているのだろうか。
頷いてから、再びお弁当のおかずを頬張っていれば、ピコンと着信音がスマートフォンから鳴り響く。
「……っ」
もしかしたらと期待しながら画面を見れば、ただのメールマガジン。
着信は他になく、友人であるあの子からの連絡はなかった。
もう記事は見たのだろうか。
眞原叶と付き合っていることを知らされなかったことに、拗ねていないだろうかと不安になる。
あの子は夢実が隠し事をすることをひどく嫌うのだ。
連絡がない方が不気味で、それが少し怖い。
「どうしたの?」
「撫子から連絡ないなって…」
「今は私とご飯食べてるんだよ?」
悲しげな瞳に、拗ねたような表情。
これは天才女優の作り出された表情なのか、素の表情なのか。
間違いなく前者だろうに、あまりにも自然すぎて境目が分からなくなる。
「私と一緒にいるんだから、私だけ見てよ」
「……ッ」
可愛い。
どうして眞原叶はこんなに可愛いのだと、感情が掻き乱される。
最近彼女のふりをする叶を見ていると勘違いしそうになる。
この子は本当に夢実のことが好きで、自分の彼女ではないかと。
「今日の放課後さ、私の家来てよ」
「どうして?」
「ユメちゃんと一緒にいたいから」
これは全部嘘だ。
本当はただ、ユメカナ♡ちゃんねるにアップロードする動画を撮影するだけ。
分かりきっているというのに、天才女優の演技力のせいで、それが彼女の本音であるのではないかと勘繰ってしまうのだ。
こんなに誰かと顔を近づけた経験は生まれて初めてかもしれないと、目の前にある美人の顔に心音を早めていた。
あまりにも近くて、吐息が触れないように意味もなく呼吸を浅くする。
だからこのドキドキは酸素が足りていないせいだと、くっついてしまいそうな唇を見つめながら考えていた。
「この角度……あ、こっちの方がいいか。撮りますよ」
今にもキスをしてしまいそうな二人。
次の動画のサムネイルに使うもので、そっと瞼を閉じる。
「……ッ」
一瞬だけ触れた、ふわりと柔らかい感触。
驚いて瞼を開いてから、慌てて顔を背けた。
「い、いま口つかなかった!?」
「私の顎です」
「びっくりした……」
「もう撮れましたから、離れて大丈夫ですよ」
そそくさと叶から距離をとって、ソファに座り込む。
自分ばっかり感情を乱されて、恥ずかしくて仕方なかった。
どうせ彼女はたいしたことないと思っているのだろう。
「あれ……」
叶の耳が、じんわりと赤くなっている。
そんなはずないと思いながらも、もしやとある可能性に気づいた。
「ねえ叶ちゃん」
「なんですか」
「耳赤いよ」
指摘をすれば、慌てたように両手で耳を覆っている。赤らんでいるのが、バレないようにするように。
「赤くないです」
「赤い、真っ赤だよ!なんだ叶ちゃんも恥ずかしかったんじゃん」
「叶ちゃんも、ということは夢実さんも恥ずかしかったんですね」
墓穴を掘ってしまったと、自分の発言を後悔する。
「……そんなことない」
「直接キスしたわけでもないのに」
「す、するわけないじゃん!そこまでしない」
「さっき勘違いしてましたよね」
「あれは叶ちゃんの顎が柔らかいのが悪いの」
それ以上深掘りされないように、ノートパソコンへと視線を向ける。
先ほど撮影した画像をパソコンへと転送してから、加工を施していた。
サムネイル用に文字を入れて、少しだけ肌が明るくみえるように修正する。
「……こんなものでいい?」
「ありがとうございます」
まだ下手くそだけど、夢実も少しずつ編集も出来るようになっていた。
教えてもらいながら、出来ることから始めることにしたのだ。
「次の動画はいつあげるんだっけ」
「明日です。金曜の夜なのでぴったりかと」
「流石だな……」
年下とは思えないくらいしっかりしてて、引っ張ってもらってばかりいる。
彼女がいなければ、夢実はとっくに諦めていた。
手を取って、色んなところに連れて行ってくれる。
もう一度彼女が、夢実に夢を見せてくれたのだ。
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