第19話


 きっとこれは気のせいではないと、周囲から送られる視線に居心地の悪さを感じていた。

 有名人が集まるこの学園にて、デビューもしていない夢実なんて今まで注目されたこともなかった。


 ヒソヒソと聞こえてくる声から逃れようと、下駄箱にてさっさと下履きに履き替える。


 「あの人だよね?」

 「そうそう。やっぱり可愛いね。眞原叶の彼女」


 眞原叶の彼女。

 どうしてこんなにも注目をされているのか、その理由にようやく気づく。

 あの映像は国内どころか、全世界中どこでも閲覧することが出来るのだ。


 恋人役はあの元天才女優、眞原叶となれば注目度は夢実の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。


 教室内には頼りになる友人の姿はなく、1人で身を縮こまらせていた。

 こんな日に限って撫子はしばらくの間MV撮影で学校に来ないのだ。


 ぼんやりと携帯を弄っていれば、苦手な女子の声が聞こえてくる。

 

 「ねえ、眞原叶と付き合ってるって本当なの?」


 女優としてデビューしたばかりの彼女は、気が強くてあまり得意な性格ではなかった。


 ユメカナ♡ちゃんねるを見て、色々と聞きたいことがあるのだろう。

 彼女は芸能デビューしていない生徒に対して、ひどく冷たかった。


 「なんで?だって接点なくない?それに眞原叶と天口さんって……ねえ」


 隣にいる女子生徒と目配せをして、クスクスと楽しそうに話している。


 「え、実はビジネスっしょ?」

 「お金もらう代わりに引き立て役やってるみたいな」


 こんな風に言われて、泣いてしまうほどメンタルは弱くない。散々オーディションでデビューの機会を逃すたびに、胸が引き裂かれるような思いだった。


 同い年の女の子にバカにされたくらいで、はいはいと聞き流すことはできる。


 今までこんなふうに表立って彼女から悪口を言われたことはなかった。


 この子達は注目をされて、目立つことを仕事にしている。


 だから芸能科を追い出される寸前だった、いわば落ちこぼれが急に注目を浴びることが気に食わないのだ。


 「……本当ですよ」


 凛とした声が、誰のものであるは見なくてもわかる。

 突然声のした方へ振り返った女子生徒2人組は、あの子の登場にバツの悪そうな表情を浮かべていた。


 「……私の彼女に色々と好き勝手言うのやめてもらっていいですか」

 「眞原さん……」

 「赤城さんお久しぶりですね。ドラマの撮影以来じゃないですか」

 「そ、そうですね……じゃあ、もう席に戻るので」


 あれほど夢実に対して強気だった彼女は、叶の登場にそそくさと立ち去っていく。

 女優を志すもの、女優として活動しているものにとって、眞原叶はどれだけ手を伸ばしても届かない存在。


 若き天才にモノを言えるはずがないのだ。


 「……ちょっと良い?」


 彼女たちに冷めた目を向けていた叶は、夢実を見るや優しげに微笑んで見せる。

 席を立ち上がれば手を繋がれて、教室中がザワザワとし始めた。


 「か、叶ちゃん?」

 「静かにしてください」


 彼女の後を続いて歩く。

 廊下でもいろんな人に見られているというのに、叶はまっすぐと前を見据えていた。


 夢実よりも5センチほど背は低い彼女の背中が、ひどく頼もしかった。


 今日もボブが綺麗に内巻きにカールされていて、それがとても可愛い。


 到着した屋上には誰もおらず、そっと手を離される。偽物の恋人の2人は、人目がないところで手を繋ぐ理由がないのだ。


 「赤城さんと知り合いなの?」

 「昔学園ドラマの主演を務めた時、クラスメイト役として共演しました。会話はなかったですが」


 主演なんて凄いと思うけれど、叶にとっては珍しいことではないのだろう。

 数々の賞を受賞してきた彼女は、ドラマの主演なんてたいしたことないのだ。


 「……すみません。反響があまりにも大きくて想定外でした」


 渡されたスマートフォンの画面には、ユメカナ♡ちゃんねるのアカウントが表示されていた。

 そこに書かれている登録者数の文字に目を見開く。


 「ろ、6万人!?」


 つまりあと4万人増えれば、芸能科に所属する条件はクリアしてしまう。

 始めて僅かにも関わらず、もうクリア条件まで間近なのだ。


 「すごい……」

 「ネットニュースやまとめサイトでも取り上げられていて……夢実さんがアイドルの練習生だったことも突き止められてます」

 「やっぱり叶ちゃんって凄いんだね…」

 

 眉間に皺を寄せて、意味がわからないと言ったような顔をしている。


 美人は怒っても美人だった。


 「何言ってるんですか?夢実さんが可愛いから当然です」

 「違うよ。叶ちゃんのおかげじゃん」

 「私の隣にいて、見劣りしないのはめちゃくちゃ可愛いってことですよ。元天才若手女優はこんなに可愛い女の子と付き合っているのかって衝撃を受けてるんですよ」


 叶は頻繁に夢実を可愛いと言ってくれるのだ。気恥ずかしいけれど、純粋に喜んでしまう夢実は単純だ。


 「……叶ちゃんって優しいよね」

 「どうしてですか」

 「こんな私のことすごく褒めてくれるから」


 いつもあの子と一緒にいて、褒められるのは撫子だった。

 ダンスも歌も優秀で、ルックスだってスタイルだってあの子の方が上。


 比べられて、結果としてアイドルに夢実はなれず、撫子は夢を叶えた。


 それが全てを物語っている


 憧れていたアイドルグループ、ラブミルのセンターであった五十鈴南。

 彼女たちのように夢実はピンク色を纏うことは出来なかったのだ。


 「……だって可愛いから」


 真剣な表情で、決して揶揄っているわけではない。

 純粋に、思ったままを口にしているようだった。


 「今まで知り合った女の子で、夢実さんが一番可愛いですよ」


 丁度予鈴のチャイムが鳴って、叶がその場から立ち上がる。隣に座っていた夢実は、体育座りの状態で顔を埋めていた。


 「授業に行きますか」

 「……お腹痛いから少し休んでから行く」

 「大丈夫ですか!?保健室とか…」

 「平気だから」


 お願いだから、夢実のことなんて置いてさっさと行ってほしい。今顔を見られたら、絶対に驚かれる。


 真っ赤に熟れたトマトのように、頬を赤らめていることが彼女にバレてしまう。

 

 気づくな。見るな。

 年下の女の子相手に口元が緩んでしまいそうなくらい、照れていることなんて知られたくないのだ。

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