第17話
スーパーまでの通り道だからと、夜の道を叶と共に歩いていた。
お腹いっぱいの状態で、心地良さを感じながら夜風を浴びる。
片手にエコバッグをぶらさげながら、ぼんやりと思ったままに言葉を連ねる。
「なんかさ、びっくりしたんだよね」
「というと?」
「もっと驚かれると思った。女の子同士だし」
「まあ、そうですよね……私も申し訳なくなりました」
少しばかり低い声色は、どこか寂しさを滲ませていた。
人工的な灯りに照らされた横顔は、息を呑むほど綺麗だ。
「あんなに嬉しそうに喜んでくれたのに、所詮は偽物の関係だから」
「……そうだね」
「未来の恋人にも、ご家族にも申し訳ないですれ
「未来の恋人って」
「いずれは出来るかもしれないじゃないですか」
「えーどうなんだろう。想像つかない」
遠い未来。
夢実も誰かに恋に落ちて、愛おしくて堪らなくなる時がくるのだろうか。
その人のためなら何でも捨てられると、そう思えるくらい大切な存在。
「その人とイルミネーションに行って、アクセサリーをプレゼントしてもらってください」
「なんか他人事だね。もしかしたらその相手が叶ちゃんかもしれないよ?」
ほとんど冗談だった言葉を聞いて、叶がピタリと立ち止まる。
不思議に思って夢実も足を止めれば、ちょうどバス停に到着していた。
大した距離ではないけれど、夜遅いため乗った方が安全だろう。
「……変なこと言わないでください」
ちょうど到着したバスに乗り込んだ彼女を見送ってから、夢実も1人でスーパーへと向かっていた。
別れ際に見た、彼女の顔をふと思い出す。
「……顔赤かった?気のせいか」
相手はあの眞原叶だ。
冗談を言われたとしても、夢実ごときに頬を赤らめるはずがない。
スーパーでは母親に頼まれた通りの品物を購入した。試作メニューとして色々作りたいらしく、帰り道は重たい荷物を持つことに。
「……重いなあ」
あまりの重さに道中で立ち止まっていれば、突然荷物を奪われる。
驚いてそちらを見やれば、そこにいたのは友人の桃山撫子だった。
「うわ、びっくりした」
「買い出し?」
長い髪をポニーテールに結っていて、制汗剤の香りがする。
お気に入りだったピーチの香りを、今も好んで使っているようだ。
レッスン中、いつも撫子は髪の毛をポニーテールに結うのだ。
「撫子はレッスン?」
「そう……もうすぐ公式で発表されるから、結構忙しくて。MVの配信とかはもう少し先だけど」
「すごい、いよいよアイドルになるって感じだね」
「あのさ」
少しだけ、緊張感のある声だった。
勇気を振り絞ったかのように、いつになく声は震えている。
「……夢実、最近何してるの?」
「え……」
「レッスンはないのに放課後も休日も、どこかへ行ってるでしょ?」
こんなことなら、何か言い訳を考えておけば良かったと後悔する。
日曜日に動画が公開されるまで、叶との関係は内緒にする約束なのだ。
撫子にまで内緒にする必要はあるのだろうかと、一瞬だけ心が揺らぐ。
「……ッ」
脳裏に浮かんだ叶の顔。
あの子との約束を破るわけにはいかないと、すぐに思い直す。
これから一緒に活動していくパートナーとの約束を、破ることなんて出来ない。
「……わたしにも色々あるの……もう少ししたら教えるから」
「なにそれ」
「……いまはまだ、言えない」
悲しげな表情に、胸がチクチクと傷んだ。
だけどこれは撫子であっても言えないことなのだ。彼女がアイドルとしての道を歩み始めたのと同じで、夢実も新たな夢に進み始めた。
もう別々の方向を向いているからこそ、秘密を共有することはできないのだ。
「私これから2週間学校を休むことになった」
「どうして?」
「合宿とMV撮影」
「すごい…頑張ってね」
「……夢実にも、こんな風に私にはなんでも話して欲しいのに」
もし、2人で同じグループに所属していればこんな風に隠し事をする必要なんてなかった。
今度は撮影だね、ジャケ写はどんな感じなんだろうね、と2人でこそこそと話し合ったのだろう。
寂しそうに立ち去る撫子の背中を見つめる。
もう、仕方ない。
夢実はアイドルにはなれなかったのだから。
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