第16話


 液晶画面に映る自分の顔を見つめながら、こんなにも自身の顔をマジマジと眺めるのは初めてかもしれないと考える。


 鏡で見る以外、私生活でここまで直視する機会は中々訪れない。


 だからこそ、すぐに前髪を触る癖があることにもはじめて気づいた。


 放課後になれば、最近はいつも叶の家へ。

 効果音をつけて、字幕まで付け終えた動画を再生させる。


 パソコンの画面に映る、ユメカナ♡ちゃんねるの1本目の動画だ。

 動画配信サイトにアップロードする前に、2人で確認をするために今日は集まっていた。


 『みなさんこんにちは、ユメです』

 『カナです』

 『ユメカナ♡ちゃんねるです』


 両手のひらを合わせて、それを頬にぴたりとくっつけてから、コテンと首を傾げる。


 叶が考案したポーズだけど、画面で見ると中々に可愛らしい。

 色々と研究してくれたのだ。


 挨拶の後、まず最初は自己紹介から。


 『ユメちゃんは私の恋人です。もうすぐ付き合って一年になります』


 偽物の恋人としてやっていくにあたって、二人で考えた設定。

 中学3年生の頃、高校の学校説明会に訪れた際、手伝いで受付をしていた夢実に叶が一目惚れ。

 もうアプローチの末に、付き合いに発展したというもの。


 『じゃあユメちゃん自己紹介して』


 カップルなら敬語はおかしいということで、タメ口で話かけられる。


 一つしか年は変わらないのだから普段も敬語は使わなくて良いと言っても、礼儀正しい彼女はくだけた口調で話してくれない。


 『ユメです、17歳で…カナちゃんの彼女です』


 可愛らしい効果音を付けられて、客観的に見ると気恥ずかしかった。


 「いまのはにかみ可愛いですよね」

 「普通に笑ってるようにしかみえないけど…」

 「恥じらってるのが良いです」


 自分ではよくわからないが、叶はとくに今の場面が気に入ったようだ。

 何度か繰り返し見た後、続きを再生している。


 これからよろしくお願いします、と改めて挨拶をしてから、恋人らしい話題を繰り広げた。


 『これから二人でこんなところにデートに行ったよ〜とか、そういうカナちゃんとのお話を皆さんにお届けしたいです』

 『デート動画とかもあげたいよね』

 『あげたい!』


 すでに動画をアップすることは決まっているけれど、たったいま思いついたような口調。


 それから一言二言挨拶をして、動画は終了した。


 本来はもっと撮影時たどたどしかったが、叶の編集のおかげで見れるものになっている。


 「さすが叶ちゃん」

 「任せてください」

 「けどこんなにシンプルで良いのかな」


 特に何も企画はせずに、最初ということもあって自己紹介のみ。見る人によってはつまらないと言われないか心配になってしまう。


 「あまり長すぎると見てもらえませんから。最初は私たちの顔と名前を覚えてもらうことが目的ですし」

 「なるほど……」

 「それじゃあ、この動画は今週の日曜にアップしますね」


 てっきりたったいまアップロードすると思っていたため、不思議に思いながら小首を傾げる。


 「なんで?いまあげるのはダメなの?」

 「日曜の夜であれば家でゆっくりしている人が多いです。もし見逃しても、次の日の通勤、通学中に見てもらえる可能性もあります」

 「さすが……色々考えてるんだね」

 「知り合いから色々聞いたので」


 つまり明後日にはこの動画が全国にアップロードされるのだ。

 見知らぬ人や、かつての知り合いにまで、ネットの世界を通じて広まっていく。


 緊張するけれど、それを楽しみに感じている自分がいた。


 「夜ご飯どうする?食べにくる?」

 「行きます!」


 返事の速さにクスリと笑ってから、出かけるための準備を始める。


 叶は本当に夢実の母親が作る手料理が好きなようで、美味しいと言いながら食べる姿はなんとも可愛いらしいのだ。




 テレビでいつも見ていた、天才若手女優が自分の家でご飯を食べている。

 ピンク色のお茶碗を持ちながら白米を頬張る叶をみて、母親も弟の大翔も緊張した様子だった。


 以前も来たことはあるが、そう簡単に慣れるものでもないだろう。

 ただでさえ、叶は周囲が驚くほどの美人なのだ。そこに天才女優という肩書きが加われば、緊張するのも無理はない。


 「叶ちゃんたくさん食べてね」

 「ありがとうございます」


 美味しいと言いながら食べる姿に、母親も嬉しそうに微笑んでいる。

 人の喜ぶ姿を見るたびに、料理を作って良かったと思うものだ。


 「……ねえちゃんと叶ちゃんってなんで仲良いの?」


 弟からの素朴な疑問に、なんと返事をしようか悩む。


 友達だと言ったとしても、いずれ動画がアップされたら家族の耳に入るのも時間の問題だ。


 おまけに大翔は小学生なのだから、偽物の恋人を演じていると言っても意味が理解出来ないかもしれない。


 「叶ちゃん、家族にはいってもいい?」

 「もちろん」

 「ありがとう。あのね、叶ちゃんと付き合ってる」


 驚いたように口元を押さえる母親と、箸で掴んだエビフライをお皿の上に落としてしまう大翔。


 「まじで!?」

 「そう。今度カップルチャンネルも作るから、普通科にはいかなくてすみそう。お金のことも心配しなくていいからね」


 なるべく自然な流れで、さらりと言うことができた。


 温かい緑茶をゴクンと飲み込んでから、母はそっと笑みを浮かべていた。


 「あらあら。夢実も彼女が出来たのね」


 嬉しそうな笑みに、改めて母親の優しさを感じていた。同性と付き合っていることをすんなりと受け入れて、当たり前のこととして受け流してくれる。


 「じゃあこの前デートするって言ってたのも叶ちゃん?」

 「そう。けどまだ内緒だからね。日曜になったら言ってもいいけど」

 「なんで日曜?」

 「日曜に最初の動画アップするの」


 楽しみだと2人は言っているけれど、家族にカップルチャンネルを見られるのは恥ずかしく感じてしまう。


 しかしそれも覚悟の上で、動画配信者になることを決めたのだ。


 「いいなー、おれも動画配信やりたい!」

 「もうちょっと大人になったらね。いまはサッカーやってな」


 叶も楽しそうに笑っていて、この空間が居心地が良い。


 家族にも嘘をついてしまったけれど、不思議と家族と一緒にいる叶に違和感がなくて、むしろ馴染んでいて。

 

 彼女がまるで本当の家族になったような気がするのだ。

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