第15話


 続いて訪れたのは、落ち着いた雰囲気の雑貨屋だった。

 アンティークものからシンプルなお着物、手作りなアクセサリーなど可愛らしい品物が並んでいる。


 アクセサリーが飾られた棚の前で立ち止まって、叶がこちらに質問をしてくる。


 「どういうのが好きなんですか」

 「えー……これとか?」

 「アクセサリーはシルバー派なんですね。じゃあ、犬と猫はどっち派?」

 「猫ちゃん。可愛いし」

 「私は犬派です」


 てっきり元気な犬よりも、物静かな猫を好むのかと思っていた。


 「叶ちゃんって落ち着いてるから猫派かと思った」

 「自分のことが大好きってわかりやすく尻尾振ってくれる子の方が可愛いです」

 「言い方が可愛くないな」


 色々と店内を見渡してから、ふとある商品をジッと見つめる。

 少女漫画や恋愛ドラマで、ヒロインが恋人からプレゼントされるような素敵なアクセサリー。


 「どうしたんですか?」

 「こういうの憧れるよね、可愛い」


 一つ何十万円もするアクセサリーなんて、どんな人が買うのだろうと衝撃を受ける。

 高校生の夢実からすれば、何年も掛かってようやく手にすることが出来る値段だ。


 「いつか好きな人と手繋いでさ、イルミネーション見ながらこういうの貰ったりしたいなあ」

 「結構ベタですね」

 「しょうがないじゃん。恋愛なんてしたことないから……憧れくらい叶ちゃんもあるでしょ」

 「え、夢実さん恋愛したことないんですか!?」


 大きな声で復唱されて、じんわりと羞恥心が込み上げる。

 決して後ろめたく思っているわけではないが、改めて言われると気恥ずかしいのだ。


 「だってアイドルの練習生としてずっとレッスンしてたし……そもそも恋愛なんてご法度だよ」

 「言われてみればそうですね……」

 「高校生にもなってって分かってるよ。叶ちゃんだってあるんでしょ?恋愛経験」

 「え、ありませんけど」


 当然のように即答されて、今度は夢実が驚く番だった。


 「こんなに可愛いのに!?」

 「仕事が忙しくてそんな暇なかったので。友達だってろくにいませんからね」

 「恋愛経験のない二人でカップルチャンネルなんて出来るのかな……?」


 叶にしては珍しく、言葉を詰まらせていた。

 暫くの沈黙が続いた後、彼女が溢れさせた言葉は何とも頼りない。


 「………物は試しようです」

 「え、本当に大丈夫!?一気に不安になってきたけど」

 「平気ですって、私に任せてください」


 恋愛経験のない二人の、偽物のカップルチャンネル。

 大丈夫だろうかと不安もあるけれど、彼女がいれば本当になんとかなるような気がするのだから不思議だ。





 建物の影から盗み聞きをするなんて、まるでスパイ映画のようだとはしゃいでいる弟と共に、ジッと息を潜めていた。


 休憩室にて、母親と向かい合って座っている年上の男性を品定めするように見つめている。


 「そう、アメフトをやっているの」

 「はい、なので試合期間中はシフトに入りづらくなってしまうと思います」

 「大丈夫よ。アメフトってラグビーとは違うの?」

 「うっす。わかりやすくいうと……」


 早速面接から世間話へと移り変わっているが、母親はどうやら面接に来た青山一という青年を気に入った様子だ。


 恐らく彼を採用する方向で考えているのだろうと、弟の大翔と一緒にリビングへ。


 「本当にバイトの子雇うんだね」

 「だな。けどはじめくん良い人そうじゃん。サッカー一緒にやってくんないかな」

 「何言ってんの。仕事で来てくれるんだから無理だって」

 「いっかいお願いしてみる」


 まだ採用すると決まったわけではないと言いたいところだが、あの様子だと内定を貰ったも同然だ。


 2人でこっそりとお菓子を食べてから、店番をするために再び一階へ降りる。


 お昼時は終わっているため、今やってくるのは夜ご飯を買いに来た主婦か、休み時間が特殊な会社員くらいだ。


 お客様のいない店内で2人で話していれば、友人である撫子が買い物へとやってくる。


 「いらっしゃい、今日どうする?」

 「お惣菜で、揚げ出し豆腐とサバの味噌煮」


 彼女の母親の好物で、おそらく買い物にやってきたのだ。

 お弁当の他にも、お惣菜を販売しているためこうして夕飯のおかずを目的に来店する人も多い。


 「ごめん、サバの味噌に裏にあるから取ってくるね」


 キッチンにある冷蔵庫にストックがあったはずだと、夢実はその場から離れる。

 そのため小学生の弟と、撫子が2人きりで話していたことなんて、当然耳に入るはずがなかった。


 「ねえ、撫子ちゃん」

 「なに?どうしたの」

 「ねえちゃんの恋人ってどんな人?」

 「……は?」


 酷く戸惑ったような声色に、いくら小学生であっても大翔は色々と察していた。


 「撫子ちゃんも知らない?」

 「知らないっていうか……恋人ってどういうこと?」

 「この前デートするってねえちゃんが言ってたから」


 今まで一番近いところにいて、親友だと思っていたあの子に恋人ができた。

 衝撃な事実に目眩を起こしそうになる。

 一体相手は誰なのだと、下唇を噛み締めながら撫子は必死に思考を張り巡らせていた。





 真っ白な壁を可愛く飾り付けして、叶とお揃いのトップスを身につける。


 場所は叶の家のリビングにて、目の前にはスマートフォンのレンズがこちらを見つめていた。


 本当は夢実の家で撮影することになっていたが、万が一を考えて防犯上のセキュリティがしっかりした彼女の家で行うことになったのだ。


 お揃いのトップスは半袖のニット素材。

 ラベンダーとベージュの色違いだ。


 「チャンネルはすでに作り終えてます。宣伝用のSNSも3つ開設済みです」

 「何から何までごめんね……」

 「誘ったのは私ですし、楽しいのでお気になさらず」


 携帯の機種も叶の物の方が新しく画質が良いため、スタンドに固定されているのは彼女のものだ。


 照明は過去にリモート取材が行われた際に貸し出されたものだという。


 「夢実さん今日ってメイクしてますか?」

 「してないよ」

 「それでこれだから凄いんですよね……」


 彼女がメイクポーチを取り出して、問答無用で前髪をクリップで止められる。


 優しい手つきでメイクを施されながら、練習生だった頃にステージに上がらせてもらった日を思い出していた。


 こんな風に、プロからメイクをしてもらいながら、酷く緊張していた。

 たとえバックダンサーだとしても、ステージに立つことが嬉しかったのだ。


 「目瞑ってください」

 「化粧する必要ある?」

 「あります。画面映えを意識してください」


 唇に色を乗せられて、まつ毛をぱっちりとカールしてもらう。


 可愛くしてもらう魔法を掛けてもらって、少しだけ自信を持ってステージに立てた記憶が蘇る。


 「今日は紹介動画なので短めです。じゃあ、回しますよ」


 コクリと頷けば、叶がスタートボタンをクリックする。

 一度深呼吸をしてから、練習した通りに画面に向かって挨拶した。

 

 「みなさんこんにちは!ユメです」

 「カナです」」

 「「ユメカナ♡ちゃんねるです」」


 コテンと小首を傾げてから、満面の笑み。

 キラキラと輝くステージではなくて、画面の向こうにいる誰かのためへ向けた言葉。


 人生何が起こるか分からない。

 あれほど叶えたかった夢は、結局叶わずじまいだったけれど。

 だけど少しだけ、新しい挑戦にワクワクしている自分がいた。

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