第12話


 スポンジで汚れを落としながら、ふぅと一息を吐く。頑固にこびりついているため、一度つけ置きをした方が良いかもしれない。


 細かいものは食洗機で洗っている最中なため、あとはもう一つフライパンを洗えば終了だ。

 

 「夢実、お母さんがやるからいいのに」

 「いいから!ほら、その分大翔に構ってあげて」


 まだ小学生の弟はちょうど反抗期に入ろうとしているが、まだ甘えたい盛りだ。

 いらないと手で追い払う仕草をして見せれば、「もう」と言いながら2階へと上がっていく。


 「……どうしよっかなあ」


 黙々と作業ができる家事の最中は、色々と空想が膨らんでいく。

 どういったジャンルの動画配信者として活躍していくか、グルグルと考えていた。


 企画ものや、友情もの。

 そしてふと思い浮かんだ一つのワード。

 

 「カップルもの……」

 

 カップルモノの動画配信者は大体、視聴率や登録者数の伸びが良い。

 ネタは尽きず、付き合っている限り固定ファンも付きやすいだろう。


 「でも、二人とも女の子だし……」


 残念だが、この手は使えない。どうしたものかと悩みながら、ようやく汚れを落とし終えた夢実は2階へと上がっていた。


 お風呂から上がった小学生の弟は、楽しそうにサッカーアニメを見ている。


 「夜更かし」

 「ねえちゃんも起きてるじゃん」

 「おねえちゃんは高校生だから良いんです」

 「意味わかんね」


 最近は口答えが多くて腹が立つけど、母親いわくこの年頃は当たり前なのだそう。


 「……今日は練習どうだった?」

 「よゆう、上手いってコーチに褒められたし」

 「生意気。女の子からもモテる?」

 「そんなんじゃねえし!」


 恥ずかしそうに耳が赤くなっていて、恐らく図星なのだろう。

 この前も体育着袋の中にラブレターが入っていて、見て見ぬ振りをしたと母親が話していた。

  

 母親はすごく綺麗で、弟の大翔はその血を濃く受け継いでいるのだ。


 男の子が母親に似るというのは本当らしい。


 「大翔、明日寝坊するわよ?そろそろ寝なさい」

 「これ終わったら寝る!」

 「夢実も宿題やったの?」

 「もう終わってるよ」


 家族団欒の時間は居心地が良くて、この空間が愛おしい。

 ホッと癒されながら、絶対にこの温もりを守ろうと胸に刻んでいた。





 クマさんのアートが施されたカプチーノは飲むのが勿体いなくて、何枚も写真に収めていた。


 可愛いねと2人で言い合いながら、運ばれてから数分してようやく口をつける。


 放課後になって、学校近くのカフェテリアへ撫子と共にやってきていた。

 たまたま彼女のレッスンがお休みで、せっかくだからと足を運んだのだ。


 「やっぱり美味しい」

 「撫子本当好きだよね、ここのカフェ」


 おしゃれな彼女は、こういった落ち着いてセンスの良いお店を好むのだ。

 おすすめだというカプチーノは、今日初めて飲んだ。

 いつも紅茶ばかりだったため、珍しい行動に撫子も意外そうにしていたのだ。


 「夢実がカプチーノって珍しいね」

 「この前飲んで美味しかったから」

 「夢実が?いつも紅茶なのに」

 「叶ちゃんの家で飲んだの。コーヒーメーカーって凄いね。家であんなにモコモコの泡が出来るんだ」


 いずれ社会人になってお金を稼げるようになったら、自分でも購入しようかと考えるほど気に入っていた。

 母親はコーヒーが好きだから、きっと喜ぶだろう。


 もう一口飲もうとカップを掴んだ手を、撫子がギュッと包み込んでくる。


 「……また、叶ちゃん。最近私とはあんまり遊んでくれないのに」

 「仕方ないじゃん。撫子はレッスンとか色々あるでしょ?」


 事務所を辞めてから、以前よりも会う時間は減った。

 前は学校でも、放課後になればレッスン室でも一緒だったから。


 「そうだね……今日はお家の手伝い平気なの?」

 「大丈夫。しかもお母さんさ、バイトを雇うとか言い出して……」

 「良いことじゃん。そしたら夢実も放課後時間が作れるんじゃない?」

 「でもそんな余裕……」

 「お母さんが大丈夫って判断したんだったら、夢実がそこまで気にする必要ないよ。まだ高校生なのに」


 その通りで、返す言葉がなかった。

 高校生なのだから甘えろと言われても、頑張っている母親の背中を見ているとどうにかして支えたいと思ってしまうのだ。


 気を取り直して、鞄の中から小さな袋を取り出す。ずっと渡そうと思っていたが、タイミングをつかめなかったのだ。


 「これ、プレゼント」

 「いいの?嬉しい」


 両手で小さな袋を開けて見せれば、中にはゴールドピンクの小花のチャームが散りばめられたブレスレット。


 「可愛い!」

 「これね、お揃いなの」


 そう言ってシャツを捲って、撫子に見せる。

 こっそりと放課後になって付けたシルバーのブレスレット。


 「え、そうなの?めちゃくちゃ可愛いんだけど」

 「撫子、お揃い好きだもんね」

 「大切にする。本当にありがとう」


 そっとブレスレットを撫でてから、愛おしそうに撫子が声を漏らす。


 「なんだか恋人みたいだね」


 予想外の発言に、飲んでいたカプチーノをむせこんでしまう。ケホケホと呼吸を整えていれば、慌てたように撫子が訂正し始めた。


 「ちが、そういう意味じなくて!なんだろう、こう……お揃いのアクセサリーとかあんまり友達で持たないし」

 「嫌だった?」

 「そうじゃない……夢実はその…引いたりする?」


 一体何を引くのかと小首を傾げて見せれば、ゴニョゴニョと声を小さくさせながら撫子が言葉を紡いでいく。


 「……女の子同士で付き合うの」

 「想像したことないや……別に引いたりはしないけど」

 「本当?そうだよね、いまって女の子同士で付き合うのなんて普通だし!」

 「そうなの?」

 「そ、そうそう!別に変なことじゃないよ。愛があれば性別なんて関係ない〜的な?」


 あまり考えたことはなかったが、言われてみればその通りだろう。

 恋愛において大切なのは誰を好きになるかであって、性別で区切るのはおかしな話だ。


 「やっぱり撫子は視野が広いね」

 「そんなことないよ……だから、その…」


 どんどん声が小さくなって、何を言っているのかちっとも分からない。

 聞き返そうと顔を近づければ、見たことがないくらい顔が真っ赤に。


 「撫子?」

 「ッなんでもない……!ほら、早く飲みなよ」


 中々見られない撫子の恥じらう姿。

 カプチーノは確かに美味しいけれど、叶の家で飲んだものの方が美味しかった。


 最近の技術に感心しながら、また訪れた際に飲ませてもらおうとこっそりと考えていた。

 

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