第11話
最近、放課後は時間を持て余すことが多い。
今まではレッスンに明け暮れていた分、学校が終われば眠りにつくまであっという間だった。
そのため授業の予習はもちろん、復習だって出来ない状況。当たり前と言われてきたけれど、それが正しいかどうかは子供の夢実には到底分からない。
放課後になって、たまには勉強をしようと教科書をカバンに詰め込んでいれば、ボブヘアの小柄な女の子に声を掛けられる。
「夢実さん」
上級生のクラスということは、元天才女優には関係ないことなのだろう。
数々の大舞台に立ってきた彼女からすれば、一つ年上の集団なんて恐れるに足りないのだ。
「あれ眞原叶じゃん」
「夢実って天口さんのこと?」
「なんであそこが仲良いわけ」
ヒソヒソと聞こえてくる噂の声。
居心地の悪さから逃れようと、さっさと荷物をまとめて立ち上がる。
「じゃあ、また明日ね撫子」
友人を置いてから、小走りで眞原叶の元まで。
「本当に迎えに来てくれたんだ」
「約束したじゃないですか。ほら、行きますよ」
ギュッと手を握り込まれて、先をいく彼女の後をついていく。
身長差はあるけれど、手の大きさは同じくらいかもしれない。
綺麗なベージュブラウンの髪色は、子役自体から変わらないため地毛だろう。
そんなことを考えながら足を進めていれば、到着したのはかなり大きなタワーマンションだった。
一体何階建なのだろうと、一生懸命に見上げる。
「これ100階建?」
「夢実さんって面白いですね」
決してウケを狙ったわけではないが、眞原叶のツボに入ったようでおかしそうにカラカラと笑っている。
高級感漂うエントランスに、厳重なセキュリティ。
オートロックを解除して、センサーにキーをかざせばようやくエレベーターが動き出す。
「耳さ、キーンってなったりする?」
「平気ですって」
飛行機などで耳がキンと痛むのが苦手なのだ。
咄嗟に両耳を押さえていれば、叶は相変わらずクスクスと笑っていた。
子供扱いされているようで恥ずかしいけれど、笑っている姿が可愛らしいのだから本当に美少女というのは狡い。
到着したのは28階で、窓のない廊下を進んで三つ目の部屋の前で叶が足を止めた。
ルームキーで解除をして、室内に招き入れられる。部屋は広いけれど、家族で住むには少しだけ手狭のように感じる。
「ゆっくりしてください。私以外いないので」
「そうなの?」
「事務所からあてがわれてた部屋、そのまま買い取ったんです。住み心地良いし、セキュリティも万全なので」
「ここ買ったの!?すごい高そうだけど……」
「数億くらいですから、たいしたことないですよ」
数億という金額なんて、当然見たことも想像したこともない。
自分より一つ年下の女の子が到底手にできる金額ではないが、相手はあの眞原叶だ。
引っ張りだこだった彼女にとって、それくらい端金なのかもしれない。
また、セキュリティ面を考えても実家より安全なのだろう。
手を洗ってから、促されるままソファに座る。
「ブラックコーヒーとカプチーノどっちが良いですか?」
「カプチーノって家で作れるの?」
「コーヒーメーカーがあるので」
簡単に出来るらしく、叶に作り方を教えてもらう。
色の異なる小さなカプセルを機械にセットして、規定通りの水分量でスタートボタンを押した。
「すごい!ふわふわだ」
モコモコな泡に夢中になっていれば、叶はまたクスクスと笑っていた。
年下相手に笑われてばかりで恥ずかしいけれど、決してバカにされているわけではないのだろう。
「眞原さん笑いすぎ」
「……その眞原さんってやめてくださいよ。これから配信者として活動していくんですよ?いわば一心同体なんだから」
「なんかそれ、重くない?」
少しだけお砂糖を入れて、くるくるとかき混ぜればふわふわな泡が消えてしまう。
「それくらい覚悟を持って欲しいから」
渡されたマグカップを両手で受け取ってから、コクリと頷いて見せる。
無名の夢実と違って、彼女は元大人気若手女優。半端なものを世に出した際、世間から非難されるのはきっと彼女だ。
だからこそ、やるならば本気でやらないといけない。
天才女優の名誉を守るためにも。
「……叶ちゃんはどうして動画配信者が好きなの?応援している人とかいるの」
考え込むように目を瞑ってから、そっと彼女の口が開かれる。
「動画配信者にこれといって推しはいません。元々色んな動画配信者は見てきましたけど……芸能人でも最近は配信サイトで動画を公開しているじゃないですか」
「そうだね」
芸人からモデル、他にも元アイドルと動画を公開している人は多い。
もちろん事務所からの制約はあるだろうが、テレビのバラエティよりは彼らの素を見ることが出来る。
「好きなものについて語ったり、素の自分で話せているのが羨ましかった。楽しそうで、イキイキしていて……契約とかスポンサーだとか、そういうのに忖度せずに喋れるなんて最高じゃないですか」
芸能人として第一線で活躍した彼女だからこそ、出てくる言葉。
きっと見える景色が違うのだ。
「あいつらの手の届かない世界で、好き勝手してみたいんです」
きっとそれが、一番本心に近いのだろう。
復讐だとか、報復だなんてそういったものじゃなくて。
ずっと縛られ続けた彼女だからこそ、自分の意思で何かを発言して世に認められたいのかもしれない。
「じゃあ頑張らないとね」
「はい……少し気は早いですけど、撮影用のカメラをどうするか考えたくて。良いものなら早いうちに揃えたいですし」
もちろん高額な一眼レフなどを使用した方が、高画質な動画を視聴者に届けることが出来るだろう。
だけどいま、一番拘るべきはそこなのだろうか。
「私たちって現役の高校生をウリにするんだよね?」
「はい、その予定です」
「背伸びをせず、ほどほどに子供らしいほうがいいんじゃないかな。最初から画質にこだわる必要はないんじゃない?スマホも結構画質良いし、登録者が伸びて収益化されたら考えれば良いと思う」
確かにそうだと、叶が納得したように頷いている。
「さすが夢実さん。ご褒美にチョコレートあげます」
口元にチョコレートを持ってこられて、無意識に口を開いて当然のように食べさせてもらう。
中にベリーソースが入っていて、酸味が甘いチョコレートに絡んで美味しかった。
「これ美味しい」
「本当ですか?また買ってきますよ。ベルチィーのチョコ」
「ベルチィーって一粒500円するじゃん!やっぱり返す」
「何言ってるんですか……それより、あーんされるの慣れてませんか?」
「撫子がよくしてくるから」
「は?」
あまりの声の低さに驚いてしまう。
通常よりも何オクターブ低いのかと、戸惑ってしまうほどだ。
「な、なに」
「……夢実さんって桃山撫子さんと仲良いですよね」
「そりゃあ元同じ練習生だし……あれ、撫子のこと知ってるの?」
「有名でしたから。2年生の綺麗な先輩って」
たしかに撫子はスタイルが良く、華があるルックスなため人目を引く。
下級生の間で話題になったとしても何ら不思議ではない。
「今度話してみなよ。すごく良い子だから」
「撫子さんのこと大好きなんですね」
「すごくね」
正直に答えれば、ぷいと顔を背けられてしまう。
「別に良いですけど」
「え、なんか変なこと言った?」
「私もまだまだこれからなんで」
言っている意味が分からず、困ってしまう。
尋ねようと口を開けば、またチョコレートを口に入れられた。
今度はピスタチオクリームが入っていて、1日で1000円分のチョコレートを食べてしまった。
モグモクと頬張ってから、味わった後カプチーノで流し込む。
天才の考えることは分からないと思いながら、温かいカプチーノに癒されていた。
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